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第十八話 逃亡と復讐

 荒い息。それを吐き出す口が三つ。三人の間に言葉はなかったが、二つの小空洞と二つの通路を走り抜けてきた彼らにとっては、それも無理からぬことだった。

 ガストン、レイド、アダンの三人は、ジュエルム大空洞を脱し、数時間ぶりに空の下にその身を晒している。町全体に差す真昼の陽光は、彼らの背中を地面に切り取っていた。

 

 「お兄ちゃん失格だなあ」


 春風に吹かれ、三人の額に滲んでいた汗が乾いた来たころ、アダンがぽつりと漏らした。普段の三人なら、ここから何かしらの話が展開される。しかし、二人は何も答えなかったし、アダンが話を続けることもなかった。

 アダンはもともと小さな体をさらに縮こませ、ガクガクと震え始めた。その背中をレイドがさすっているが、その手もまた小刻みな振動が止まらない様子だった。残るガストンは、【黒曜人】にやられたダメージのせいか、ただじっと天を仰いでいる。

 ダンジョンの入口付近で大の大人三人が何をするでもなく固まっていると、自然と注目の的になる。が、恐怖や焦燥に支配されていた彼らに、そんなことを気にする余裕はなかった。

 とはいえ、感情というのは長続きするものではない。時間は、無慈悲にも彼らを現実へと戻しつつあった。仲間とターゲットを置いて、逃亡してしまった現実に。

 

 「どうすればいいんだろうね、俺たち……」

 「国外逃亡しかないだろ。今ならまだ間に合う」

 

 しばらくぶりに口を開いたのはレイドだった。ガストンは顔を上に向けたまま、冷静というより、無感情に言った。

 

 「逃亡するんだったら、マリの安否を確かめてからでも――」

 「生きてても死んでても同じことだ。逃げるしかない。仮にあれが生きてれば、俺たちは公爵令嬢をダンジョンに置き去りにしたことになるし、死んでれば公爵令嬢殺しだ。どっちにせよ処刑される」

 「それは……そうかもしれないけど」

 

 ガストンは機械的に捲し立て、アダンを言いくるめた。緊急事態にもかかわらず、ここまで淀みなく話すことができるのは年の功なのだろうか。

 一方、アダンはガストンに同意を示したものの、納得はいっていないようだった。あそこからレイドとガストンを連れて逃げる、言い換えればレネーとマリを見捨てる判断をしたことに対する後悔が透けて見えた。


 「アダン、俺はお前に感謝してるんだ。あのとき、お前が閃光玉を使わなければ、俺は投げ飛ばされた先で【宝石喰らい】の餌食になってたに違いねえ。あの状況で【黒曜人】を倒すのは無理だったし、お前の判断は正しかったんだ。――俺はお前に助けられた。だから、今度は俺がお前を助けたいんだ。自分勝手かもしれないけど、お前に生きてほしいんだ」

 「でも……ジョゼ、妹のことはどうすれば」

 「お前の妹だ。しぶとく生きるに決まってる」

 「そう、かな。――そうだよな」

 

 (俺はズルい人間だ。逃亡するならアダンがいた方が便利だからと、アダンをこんな風に言いくるめて。レネーを見捨てたことも正当化して。だが、もうこれしか生きる道はない。俺は死ぬわけにはいかない。)

 

 雑念を払うように、ガストンは深く長く息を吐いた。それから立ち上がると、アダンとレイドを引き上げた。

 二人の顔をじっと見つめながら、ガストンは言った。

 

 「逃げるぞ」

 

 その言葉は、有無を言わさぬ迫力をもっていた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 「私たちはこの先まで進むことにするけど、マリちゃんはどうする?」

 

 五分ほどジャンと話していたレネーが、私に近づいてきて言った。ジャンもこっちに来ようとしていたのに、わざわざ手で制していた。

 どういう意図があるのか理解しかねるけど、今はそんなことよりも、先のレネーの言葉の方が重要だ。

 

 「私だって隠し通路の探索はしたいに決まってるじゃない」

 「そっか。ジャンさんはついて来てもいいって言ってたよ」

 「待って。なんでそんなに私をおまけ扱いするのよ。話だって二人で済ませちゃうし」

 「え、そんなつもりはなかったんだけどな。冒険者の先輩として、マリちゃんを守らない取って思っただけなの」

 「ここに来るまで石を拾ってるだけだったくせに、何が先輩よ。あの黒いのに一撃でやられて吹っ飛んでたし」

 「なっ……」

 

 レネーは顔を赤くして黙ってしまった。さすがの私でも、これが怒りを表すものだというのはわかる。だけど、何に対して怒っているのかまではわからない。

 直前の私の発言が癇に障ってしまったのだろうと推測し、それを思い起こしてみる。うーん、レネーが怒りそうなこと――

 

 「あ、わかった。あなたもあの黒いのに復讐したいのね!」

 「へ、あー、何の話?」

 「黒い魔物に殺されかけたのを思い出して、あいつに対して怒りが湧いてきたんでしょ?なら、一緒に復讐しましょ!」

 「え、いや……」

 

 レネーは真っ先にやられてしまったし、それを情けないと思っているのかもしれない。だから、こうやって言葉を濁しているのだ。そうに違いない。

 何と言ってレネーを復讐に巻き込もうか考えていると、ジャンが口を開いた。

 

 「あ、そいつなら俺がやっちゃったよ」

 「は?あのでっかいやつよ?」

 「そう、でっかいやつ。首を落とした」

 

 私の炎魔法を通さなかったあいつの首を落とすなんてことができるのだろうか。

 首を落とすと言えば剣なので、私は咄嗟にジャンが差している剣を見た。妙に派手で装飾の多い柄をしているけど、鞘は粗野な作りに見える。私がその不自然な取り合わせに目を奪われていると、ジャンが続けた。

 

 「ごめん。自分でやりたかった?」

 「変なことを聞くわね。結果が全てよ。あいつが死んでれば、別に私はそれでいいの」

 「え、そっちこそ変だろ。復讐って自分でやるからこそ意味があると思うんだけど」


 そう言ったジャンの瞳が、暗く輝くのを私は見逃さなかった。

 そして、私は直感的に理解した。私を惹きつけた瞳の美しさは、自らの手で何者かに復讐を果たしたいという欲望から生まれたものだったのだと。

 同時に、なぜジャンは何に対してそこまで強い復讐心に燃えているのが気になった。その復讐の行く末を見てみたいとも思った。

 

 「私もそう思いますぅ。復讐は自分で果たしてこそですよねっ!」

 

 私の思索は、レネーの気色悪い声で打ち切られた。私としては、レネーがここまで変わってしまった理由も気になるところだ。


 「レネーは、本当に復讐を望んだことがあるのか?」

 「えっ……」


 レネーの方に振り返って、ジャンが言った。ジャンがどんな顔をしていたかはわからないけど、底冷えするようなおぞましい響きを持った声を聞けば、その顔が美しかっただろうことは想像がついた。

 それからジャンは私の方に振り返った。このときには、ジャンの表情は平静そのものだった。しかし、一瞬のうちにそうして感情が抑制されたことが、私にはむしろ不気味に思えた。


 「――なんてね。じゃあ、マリもこの先まで行くってことでいいのか?」

 「いいわ。けど、さっきから言ってるように、何がどうなって今の状態になってるのか教えてほしいわね」

 「ああ、ずっと言ってたな。俺も見てたわけじゃないから推測になるけど、の仲間は逃げたんだよ。で、残されたあんたら二人がやられてたから、そこを助けたってわけ」

 「はあ、やっぱりね……」

 

 あのときよぎった嫌な予感は正しかったらしい。あの三人め、女二人を置いて逃げるとは何という腰抜けか。

 あの黒い魔物への復讐が必要ないとわかった今、私の復讐心は完全にあの三人に向いていた。

 

 「マリちゃん、気づいてたんだ」

 「急に光ったと思ったら、次の瞬間には三人が消えてたからね。そう思うのも当然でしょ」

 

 口ぶりからして、レネーも三人が逃げていたことに気づいていたらしい。もしかすると、ジャンに聞いただけかもしれないけど。

 

 「俺もその光は見たけど、あのとき逃げて行くような足音をいくつかきいたから、あれがそうだったんだろうな」

 「私はその光を見てませんけど、おそらくアダンの閃光玉でしょうね」

 「やられたわ。――仲間だと思ってたのに」

 

 少しの間、重苦しい空気が流れた。ここが神秘的な青い空間でなければ、葬儀場か何かだと間違われてもおかしくないほどだった。

 しかし当然のことながら、私はそんな空気が嫌いだ。空気を壊すべく、私は努めて明るい口調で言った。

 

 「レネー、ここを出たら、私たちを置いて逃げたことを後悔させてやりましょ!」

 「え、ええ……」

 

 レネーの答えからは、僅かな逡巡が見て取れた。

 何を迷うことがあるのかと思いもしたが、レネーからしてみれば、長く連れ添った仲間に対する復讐に気が向けづらいのだろう。それに、三人は「ヤバくなったら逃げる」という冒険者の掟に従っただけとも考えられるしね。

 かと言って、私は三人の裏切りに対する報復をしなければ気が済まない。レネーが止めようと、私はやりたいことをやるのだ。

 

 「まあいいわ。私一人でもやるから」

 「回復術師じゃ、石を拾うことくらいしかできないからね」

 「それもそうね」

 「ちょっと、ひどい!」

 

 いじけたような言葉と態度とは裏腹に、レネーにはいつも通りの微笑が戻っていた。

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