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第十七話 マリ、目覚める

 「私はレネーと申します。助けていただいた、のですよね?」

 「そのつもりだけど」

 「本当にありがとうございました」

 

 レネーと名乗った緑色のローブの子は、深々と頭を下げた。流麗で育ちのよさを感じる所作だった。

 

 「そのとき、他に人はいませんでしたか?」

 

 顔を上げると、レネーは少し遠慮がちに言った。

 見ればわかる通り、この場には俺とレネー、黒いローブの少女しかいない。しかし、そんな事実はレネーの求めている答えではないだろう。

 

 「俺が駆けつけたときには、二人しかいなかったよ。――でも、赤髪の男が逃げていくところを見たし、逃げて行くいくつかの足音も聞いた。あと、通路の入口付近で血溜まりも見た」

 

 俺の言葉を聞いて、レネーは少し顔を険しくした。

 

 「血溜まりの原因になった方々は、その赤髪の男の仲間ですね。赤髪が仲間を見捨てた結果、残りの方々がああなってしまわれたのです」

 「その赤髪も死んじゃったけどね」

 「え、そうなのですか?」

 「ちょうど見ちゃったんだよね。――あ、もしかして赤髪の知り合いだったりする?」

 「いえ、全然。このダンジョンに入る前、この子が因縁をつけられていたくらいです」

 「そっか」

 

 「この子」と言いながら、レネーは自分の足元で寝ている黒いローブの少女を見た。因縁をつけた相手に殺されることになるとは、因果応報と言ったところか。

 にしても、あの赤髪がレネーの仲間じゃなくてよかったな。赤髪を助けられたのに助けなかったし、こんな軽薄に知り合いの死を伝えてしまったとなれば、ここを出た後に悪い噂を立てられかねないから。

 会話がなくなると、ガサゴソと衣擦れの音がした。そして、レネーのものではない女の子の声が聞こえてきた。もちろん、俺の声でもない。

 

 「レネーじゃない。あなたがいるってことは、やっぱり私も死んだのね」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 ひんやりとしている。だけど、何がひんやりしているのかはわからない。自分が冷たいのか、自分以外が冷たいのか。その境界が曖昧だ。

 私はどうしてしまったのだろう。思い出せる限りの記憶を手繰り寄せる。最も鮮明に残っているのは、あの黒い人型の魔物。あれが私の魔法をすり抜けてきたところで、身体に衝撃が走り、視界が暗くなったのだ。

 ということは、私はあいつに殺されてしまったのだろうか。だとしたら、猛烈に腹立たしい。せっかく自由になったというのに、それをこうも容易く破壊されてしまったなんて、絶対に許せない。あいつに復讐するまでは、死んでも死にきれない。

 もしかしたらもう死んでるのかもしれないけど、あの世から呪い殺すか、それができなければ生き返って殺してやる。

 まだ私が生きているのであれば、動けるようになり次第殺す。

 そうした復讐心が湧いてくると、力も湧いてくるようだった。

 その湧き出る力に身を任せると、急に視界が明るくなった。青い光が目に鮮やかだ。やや視界がぼやけていることもあり、幻想的な光景に映った。とてもこれが現世であるとは思えなかった。これは死後の世界に違いない。

 少しの間、ボーっとその光を眺めていた。そうしているうちに、身体の存在が感じられるようになってきた。死後の世界にも、肉体は存在するらしい。

 思い切って、その身体を起こしてみる。目に入ったのは、緑色のローブを着た女のうしろ姿。あれは――

 

 「レネーじゃない。あなたがいるってことは、やっぱり私も死んだのね」

 

 信じられないほどガサついた声が出た。喉が痛い。まだ死後の世界に慣れていないせいだろうか。

 

 「まあ、すごい声ね。すぐに治してあげる」

 

 レネーはしゃがみ込んで、私の方に手を向けた。それからごにょごにょと呟くと、レネーの手のひらが淡く発光した。途端、私の喉の痛みは消え去った。

 レネーの回復魔法を見るのはこれが初めてだ。【魔結晶】拾いしかしてないから、その実力を少し疑っていたけど、ちゃんと本物の回復術師らしい。

 

 「死後の世界でも魔法って使えるのね」

 「さっきから何を言ってるの?私たち死んでないわよ?」

 「え?」

 「死んだらお喋りできないでしょ?」

 「私もあなたも死んでるなら、死後の世界ということもありえるんじゃない?」

 「いや、俺が死んでないから、たぶんあんたも死んでないと思う」

 

 聞き覚えのない男の声がした。レネーの後ろから聞こえたように思うが、今の私の視界はほとんどレネーに塞がれてしまっているため、その姿は見えない。

 私はその姿の見えない男に問いかけた。

 

 「あなたは誰?」

 「俺はジャン。――あんたは?」

 「マリよ」

 

 どうやら、私は本当にまだ生きているみたいだ。自分が生きていると知ると、急に身体に重さを感じた。ぼやけていた視界も、はっきりとしてきた気がする。こんな現実的な感覚があるなんて、ここは現世に違いない。

 死んでしまったと思っていたから、生きているという事実は、とても幸運なことに思えた。なんと言っても、呪い殺したり、生き返ったりしなくても、あの黒い魔物に復讐できるのだから。

 

 「で、ここが死後の世界じゃないって言うなら、一体どこなの?」

 「ジュエルム大空洞の隠し通路だ」

 

 またもレネーの後ろから声が聞こえてきた。

 隠し通路。実に胸躍る言葉だ。

 

 「隠し通路なんて、探索しないとじゃない!」

 

 興奮のあまり、私は勢いよく立ち上がった。すると、レネーの肩越しに男の姿が見えることになる。

 私の視線は、上から下へと動いた。まず見えたのは、周りの青い光を薄く反射させる銀髪。それが無造作に後ろへ流されていた。肌は焼けていて、僅かに褐色を帯びている。

 そして、そこからほんの少しだけ視線を下ろすと、目が合った。特に造形が美しいわけではない。しかし、私の目を惹きつけるに足る造形美以外の美しさがそこにはあった。

吸い込まれそうな瞳という表現があるが、この男、ジャンの瞳はそうではない。むしろ、突き刺してくるような瞳だ。その瞳から放たれる光が、私の瞳を刺している。

 その光がどこからきたもので、何に向けられているものなのか、私にはわからない。それでも、私はジャンの瞳に深い感銘を受けた。

 そして皮肉にも、その瞳の輝きは、あの名も忘れた元婚約者の瞳を思い出させた。あの男の瞳こそ、ある意味で吸い込まれそうなという形容が似合うのではないだろうか。中身がなく、深く暗い穴に落ちていきそうなあの瞳に。

 

 「それで、これからどうしますか?」

 

 レネーの言葉で、私とジャンはどちらからともなく視線を切った。一息に俗世に戻ってきた感があった。

 レネーの口調は少し丁寧なものだったので、今のが私ではなく、ジャンに向けての言葉だとすぐにわかった。この私を差し置いて話を進めようなど、一体どういう了見か。

 気に食わなかったので、私は話を遮った。

 

 「これからどうするも何も、何がどうなってこの場所にこの三人が集まることになったのかという話を先にしてほしいのだけど」

 「ごめんね、マリちゃん。今はジャンさんと話しているから、ちょっと待ってて?」

 

 私はレネーの言葉に不意を突かれた。まさかレネーが私に反抗してくるとは思っていなかったのだ。

 

 「っ、何でよ。別にジャンは仲間じゃないでしょ。仲間の私を優先しなさい」

 「緊急事態なんだから、先輩二人に任せといて。――ジャンさん、ちょっといいですか?」

 「ああ、うん」

 

 レネーはジャンを連れて、私から少し距離を取ってしまった。会話をしていることが辛うじてわかるような距離と話し声だ。

 レネーのあまりの変わりように、私は言葉を失った。これがレネーであるなどとはとても信じられなかった。少し強引なところはあるけど、基本的には口下手で、気配りができて上品。それが私の抱いていたレネーに対する印象だったのだ。

 しかし、今はどうだろう。少しに留まらないほど強引で、ジャンとはベラベラ喋るし、下品にも男へしなだれかかっている。これまでのレネーとは正反対の印象を受けた。まるで別人だ。

 そして、そんなレネーを見て、名状しがたいざわめきに胸を支配されている自分に気づいたとき、私まで別人になってしまったかのように感じた。


無計画にストックを放出してしまいました。

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