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第十六話 邂逅

 約三か月ぶりのジュエルム大空洞を難なく進み、あっという間に二番目の小空洞に辿り着いた。目当ての隠し通路は三番目の通路の中ほどに位置しているため、ゴールはもうすぐだ。

 ここまで数十体の【宝石喰らい】を倒してはいるものの、今回は金が目当てではないため、【魔結晶】は全て置き去りにしてきた。荷物があっては、進行速度が落ちてしまうからな。

 進行速度重視の今回は、最低限の装備で来てしまった。扉の奥に何が待ち受けているのかも知らないのに、早計かもしれないと思いもしたが、扉を開けるのが先決だ。開けてヤバければ、そのとき考えればいい。

 一切敵に遭遇することなく、小空洞のど真ん中まで来た。二番目の小空洞では、しつこいくらい【宝石喰らい】に出会うのが常だったんだが、今日は妙に静かだ。

 そこから少し進んだところで、地面が奇妙に窪んでいるのを発見した。綺麗な曲面をしていて、人工的に整えられたもののように見受けられる。この前来たときには、こんなものはなかったはずだ。


 「なんじゃ、こりゃ」


 急がねばならないと思いつつも、その窪みに誘われるように近づいた。

 近くで見ると、ボコボコと気泡ができたような跡が散見された。窪みの縁は、くぼみの内側へ流れるというか、垂れるような形をしている。


 「もしかして、溶けたとか?」


 広大な小空洞に、独り言が緩く反響した。


 「いやいやいや、まさかな」


 しかし、周りの岩々を見ても、もともと角張っていたであろう部分が丸みを帯び、部分的に溶けたような見た目をしている。


 「嘘だろ……?」

 

 そう言いながら、恐る恐る窪みに手を近づけていくと、手が触れる数十センチ手前で――

 

 「熱いわ、これ」

 

 その熱さに気づかされた。これはとんでもなく熱い。このことによって、この窪みは溶けて形作られたものであり、なおかつまだ出来立てホヤホヤということがわかった。

 こんな芸当をやってのける化け物が近くにいるというのは、俺の進行の邪魔になりそうな予感がする。

 

 「急いだ方がよさそうだな」

 

 自分にそう言い聞かせ、窪みを迂回して、その反対側に渡った。

 そのとき、前方から赤髪の男が走ってきた。顔面蒼白で息は荒く、どう見ても正常な様子ではない。彼は一心不乱に走り、俺の横を通り過ぎて、そのまま窪みに落ちて行った。肉が焼ける音に白い煙、おぞましい叫びが辺りに充満した。

 

 「マジか……」

 

 俺が止めていれば、助けられたかもしれない命。無視するわけにもいかず、窪みを覗きながら合掌して、哀れな青年の冥福を祈った。彼の声が聞こえなくなっても、ジューと何かが焼ける音と焦げ臭さは残った。

 その窪みから三番目の通路の入口はさほど遠くなかったため、急いで向かった。窪みを生み出した化け物に遭遇したくなかったということもあるし、あまり長くあの青年の死体を見ていたくなかったということもある。

 間もなく入口が見えてくるというとき、突如、脳まで貫くかのような光に襲われた。魔物の攻撃であることも考慮して、目が眩む中で身構える。目を閉じている分、鋭くなった聴覚がいくつかの足音を捉えた。しかし、聞こえてきたのはそれだけだった。

 光が消えた後、俺はすぐに入口へと駆け付けた。入口の手前には、大きな血溜まりとボロボロになった冒険者の装備。通路の入ってすぐの場所には、向かって右側に若い女が血を流して座り込んでいる。

 これだけでも異常な光景だったが、その奥に立つ黒い巨人は、その中でも特に異質な存在感を放っていた。そしてその巨人の奥には、燃え盛る炎の壁。誰が何のために作ったのかはわからない。

 情報量が多すぎて、目の前の光景を受け入れることができずにいた。そのとき、赤い光が煌めいたように見えた。それは、二、三回と続いた。

 

 「炎魔法?人がいるのか?」

 

 少し見る角度を変えると、黒い巨人と炎の壁の間に人らしき影が見えた。こっちも黒い。が、あれは黒いローブを着ているらしかった。

 よくわからないが、魔法使いがあの黒い巨人に追い詰められているらしい。面倒事に首を突っ込みたくはなかったが、さっき助けられなかった赤髪の男のことが頭をよぎった。

 

 「仕方ねえな」

 

 誰に聞かせるわけでもない言葉を吐き捨てた。剣を抜き、地面を蹴る。

 こんな木偶の坊、一撃で粉々に――


 「は?」

 

 剣を大上段に構えた瞬間、通路を塞ぐような形で明々とした球体が現れた。通路の入口に差し掛かったところだったが、思わず足を止めてしまった。ここからでも、あの球体がとんでもなく熱いことがわかってしまったのだ。

 しかし、黒い巨人はそれをものともせず、その中へと入って行く。このままでは、あの黒いローブの魔法使いが危ない。

 これ以上近づくことも憚られたため、俺はその場で全力の斬撃を繰り出した。放たれた風魔法を伴う斬撃が、まだ見えている黒い巨人の背中を正確に捉える。

 すると、急に球体が消滅した。魔法使いの後ろにあった炎の壁も消えている。魔法使いが気絶したことによって、その制御が途切れたのだろう。魔法使いが気絶したのは、炎で酸素がなくなったことによる酸欠と思われる。

 衝撃を背中に浴びて、こちらへ振り向こうとした黒い巨人へ肉薄し、首を落とした。首を落とす段に至って、ようやく俺はそれが【黒曜人】であったことに気づいた。こいつをジュエル大空洞で見るのは初めてだ。

 【黒曜人】は、子供の頭くらいの大きさの【魔結晶】へと姿を変えた。これほど巨大な【魔結晶】は、レベル五のダンジョンでもなかなか見られない代物だ。

 

 「これはもらっとくか」

 

 さすがに見過ごせない大きさだったため、ウエストポーチに無理矢理ねじ込む。

 それから、俺はここにいる二人の容態を確認した。

 血を流して座り込んでいる方は、ローブに血がついている部分を見ても、傷は見当たらなかった。おそらく、回復魔法で塞いだ後で気絶してしまったのだろう。

 もう一人の黒いローブの方は、顔の大部分が火傷していて痛々しい。しかし脈があることから、こちらも気絶しているだけだとわかった。あまりに痛々しかったので、俺は簡単な回復魔法で火傷を治療しておいた。

 

 「にしても、こいつだったのか……」

 

 僅かに溶けている地面を見て、さっきの窪みを作り出した張本人が、自分よりも幼いだろう魔法使いの少女であることを知った。

 

 「このままにはしておけないよなあ」

 

 いつ襲われてもおかしくない場所に、二人の女の子を放っておくわけにはいかない。かと言って、隠し通路には連れて行きたくないのが正直なところ。

 

 「でも、仕方ないか」

 

 二人の杖を剣のように腰に差し、というか無理矢理固定し、二人を両肩にそれぞれ担いだ。

 

 「意外と重いな。――装備のせいか?」

 

 こんな風に女の子を担いだことがなかったので、それが装備のせいなのか、そもそも二人が重いせいなのかはわからなかった。

 そのまま長い通路を進む。本当は壁に手を沿わせながら歩いて、隠し通路の入口を探りたかったんだが、両腕が塞がれているせいでそれはできない。とにかく、入口がある左側の壁を凝視しながら、ゆっくりと進んでいく。

 通常三分くらいで済むところを、十分くらい歩いただろうか。髪の毛くらいの細さの直線的な溝を発見した。その溝を目で追うと、それは縦に長い長方形を描いている。

 

 「これだ、これ」

 

 二人を降ろし、ちょっと伸びをした。腕と肩が痛い。

 周りに誰もいないことを確認してから、その長方形へと体当たりをした。これが正解の開け方かはわからないが、前はこれで開いたのだ。開けば何でもいい。

 少しすると、ガコンと壁の中から音がして、その長方形の部分だけが地面に沈んでいった。

 隠し通路の道幅は狭いため、二人を担ぐと真っ直ぐは進めない。が、横向きに歩けばどうにかなる。

 隠し通路内に入ると、すぐにその長方形が再び蓋をした。隠し通路は、最初の通路と同じように青っぽい光が多い道だ。

 肩に担ぐ二人を壁に擦りつけてしまっているのを自覚してはいるが、どうすることもできない。助けてやってるんだから我慢してくれ、と頭の中で頼みながら、狭い通路をカニ歩きで進んだ。

 

 「ここで休憩かな」

 

 広い空間に出たため、俺は二人をなるだけ丁寧に降ろした。

 

 「着きましたか?」

 「うわぁ!何だよ、気づいてたのか」

 

 俺が地面に腰を下ろそうとした瞬間、緑のローブの方が急に喋った。驚きすぎて、しゃがんだ状態から飛び上がってしまった。

 

 「ちょうど、あなたが壁に体当たりしているときに目覚めました」

 「だったら言ってくれればよかったのに。重かったんだけど」

 

 俺は言ってから、しまったと思った。冒険者稼業に明け暮れてきた俺でも、女の子に面と向かって「重い」と言うのが禁忌であることくらい理解している。

 

 「あ、いや、重いってのは、その……」

 

 なんとか取り繕わなければならないと思っても、いい言葉が見つからない。

 

 「装備を脱いだ状態で担いでいただければ、きっと軽いですよ?」

 

 焦る俺に対して、緑のローブの女の子はいたずらっぽく微笑んだ。


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