第十三話 じゃんじゃん行こうぜⅡ
「【宝石喰らい】じゃないな。一体だけだけど、大きいのが来る」
いままでと違うアダンの報告を聞いて、パーティーには緊張が走った。生物は、大体が大きければ大きいほど強い。つまり大きい魔物は、その大きさだけで脅威なのだ。
その全容が明らかになる前、岩陰からテカテカした暗緑色の鱗らしきものが覗いた。あれが鱗なら、一枚一枚の大きさによって、その全体の大きさも想像できる。いつからそうだったのかはわからないが、自分の脚が震えているのに気がついた。
突然岩が砕け散り、身体の上半分が見えるようになった。どう見てもトカゲだ。ただし、胴体の長さは馬車二つ分、尻尾もそれと同じくらいありそうだった。
「【ジュエルリザード】の緑だ!ガストン!」
「わかってる!」
アダンが叫ぶと、ガストンが私の前に飛び出した。
刹那、巨大トカゲの尻尾がガストンに迫った。それを盾で受け止めるガストン。鈍い音がしたかと思うと、髪の毛が引きちぎれるのではないかというほどの風が吹き抜ける。それに飛ばされてきた細かい石片が顔に当たったので、腕で顔を隠した。
しかしその痛みによって、私を戦闘への気持ちを高められていく。小石が飛んでこなくなったのを見計らって、顔を上げた。
巨大トカゲを見ると、両目から出血している。ガストンは盾役でレネーは回復役だから、やったのはレイドかアダンだろう。傷の痛みゆえか、巨大トカゲはのたうち回っていた。それによって小石が何度か飛んできたが、もう気にならなくなっていた。
相手の注意がこちらに向いていない今がチャンスだ。そんなことだけが頭を支配していた。
「ふっ!」
気合を入れて魔法を発動させると、つい息が漏れた。
繰り出したのは、特大の火の塊。どういう原理になっているのかは知らないけど、それは私が思い描いた通りの軌道で、巨大トカゲを脳天から襲い掛かった。頭から首にかけてが激しく燃える。
その様子を見て、ガストンが振り返って叫んだ。
「おい!そんなデカい魔法を使うときには一声かけろ!危ないだろ!」
「危なくないわよ!私が使った魔法なんだから!」
「理由になってねえ……」
失礼な話だ。私がそんな危ない魔法を使うわけがないというのに――。
ダメだ、嫌なことを思い出してしまった。記憶とは厄介なもので、要らないものほど鮮明に残る。
「まだ終わってないぞ!」
アダンの絶叫にも近い声で、現実に引き戻された。焼け焦げて変形した鱗から薄く灰色の煙を上げてはいるが、巨大トカゲはまだ四本の脚で立っていた。しぶといやつだ。
「仕留めるから退きなさい!」
さっき言われた通り、魔法を使うことを知らせた。返事は聞こえなかったけど、魔法を発動させた。
そして、爆炎。トカゲの全身を炎が包む。図体がデカいおかげで、息絶える瞬間がよくわかった。倒したときには、核である【魔結晶】だけを残してその姿がなくなるからだ。
葬るのに二発もの魔法を要するとは、本当に不覚だった。最初に使う魔法の選択を間違えたかもしれない。
「ちょっと反省しないといけないわね……」
「そうだ、反省しろ!魔法使うときは一声かけろって言っただろうが!」
おかしい。私はなぜ怒鳴られているのだろうか。さっき同じように怒鳴られたのは、幻聴だったのだろうか。それを確認したくなった。
「あら、声はかけたと思うけど」
「普通は返事を待つもんだろ!」
「返事をしろとは言われなかったわ」
「それは、そうだな……」
ガストンは急激にしぼんでいった。
自分の言葉足らずを私の責任にしてくるとは、いただけない。せっかくさっき見直したんだから、見直しの見直しをさせないでほしいものだ。
やれやれ、と首を振る。そのとき、レネーが【魔結晶】を回収しようとしているのが目に入った。レネーの手にどうにか収まるくらいの大きさの【魔結晶】だった。今までのものは、親指と人差し指でつまめるくらいのものだったので、思わず二度見してしまった。
「【宝石喰らい】のと比べると、随分大きいみたいね」
「強力な魔物ほど大きくなるのよ」
「仕留めるのに二発も必要だったし、確かに強力だったのかもしれないわね」
私が抜かったのかと思ったけど、相手が強かったというのも事実なのだろう。でも私がもっと集中していれば、一撃で仕留められた気もする。
また遭遇することがあれば、そのときは私の全力をもって相手をしてやろう。
一人でそう意気込んでいると、レネーとの会話を聞いていたらしいレイドが、いつものように私の横にちょこんとやって来た。
「いやいや、【ジュエルリザード】を炎魔法二発で仕留めるなんて聞いたことないよ。普通は目を潰したり、舌を切り落としたりしてからジワジワ行くのが定石なんだから」
「ふーん、面倒なことするのね」
「単独討伐するなら、ミスリル二級相当の実力が必要とされるくらいの強敵なんだから、当たり前でしょ」
「じゃあ、あんた一人で倒せないとおかしいじゃない。あんたはミスリル二級なんでしょ?」
「時間をかければ倒せるさ。でも、そうしている間に別の魔物に襲われないとも限らないし、安全を期すならやっぱりパーティーを頼らないと」
「そういうことね」
言われてみれば、今のところ戦闘に時間がかかっていないおかげか、別の魔物に乱入されるなんてことはなかった。だけど、魔物はこっちの事情なんか気にしていない。いつどこから襲われてもおかしくないのだ。そんな冒険者なら当たり前に持っているだろう感覚が、私には欠如していることを思い知らされた。
「マリちゃん、ちょっと顔が険しいけど、疲れてきた?」
「いいえ、考え事をしていただけよ」
「あー、そう……」
事あるごとに私の体調を心配してくるレネー。ありがたけど、ちょっと鬱陶しい。あと、私が大丈夫だと言うと、残念がるのもやめてほしい。
「さァて、まだまだ先は長い。休んでる暇はないぞ」
みんなが一段落したのを見て、ガストンは出発の合図を出した。
♢♢♢
何度か【宝石喰らい】との戦闘を繰り広げた後、そのときは来た。
「【ジュエルリザード】だ!」
まだ姿は見えていないが、アダンは断言した。
そして、アダンの言葉が間違っているはずもなく、数秒後にはまた巨大なトカゲが姿を見せた。しかし、今度は色が違う。燃えるような赤だ。
「マリ、下がれ!こいつに炎魔法は効かねえ!」
再び先頭に立つようになったガストンが叫んだ。
しかし炎魔法が効かないなんて、にわかには信じられない。生物である以上、熱が効かないとは思えなかった。それに何と言ったって、私は天才なのだから。
「一回試すから退いて!」
「うぐっ!――無理なもんは無理だって!」
ガストンは赤い【ジュエルリザード】の爪を盾で受け止めながら、私の要求を拒んだ。そんな器用なことをする余裕があるのなら、一度でいいから退けばいいものを。
「どうなっても知らないわよ!」
私は杖を一振りして、今までとは異なる魔法を使った。見た目は火の玉に近い魔法だけど、そんな生ぬるいものではない。
言うなれば、小さな太陽を生み出す魔法だ。その小さな太陽で、【ジュエルリザード】を包み込んだ。そして圧倒的高温をもって、燃やすのではなく、溶かす。
なぜ今までこれを使ってこなかったかと言うと、私の方まで燃えそうなほど熱くなるからだ。
「あっつ!」
「うわあああああ!」
近くにいたガストンとレイドは、一目散に走ってこっちへ逃げてきた。敵に背中を向けての全力逃走だ。【ジュエルリザード】より、私の魔法の方が怖いらしい。
二人がそうしているほんの数瞬の間に、あの赤い【ジュエルリザード】は姿を消していた。それを確認して、魔法を解除する。
「「殺す気か!」」
一言一句、タイミングまで完璧に揃えて抗議してくる二人。
だけど、私は自分に非があるとは思っていない。私は予め退けと言っておいたのだから。
「あんたたちがさっさと距離を取らないのが悪いんでしょ」
「俺が攻撃を受け止めなかったら、他に誰が止めるんだよ!」
「別に攻撃を止めてもらわなくても、あのデカブツがこっちに来る前に仕留められてたわよ」
「仕留められない可能性もあっただろ!」
「でも見てみなさいよ。もう跡形もないでしょ?」
私に言われて振り返ったガストンは、しばらく固まっていた。私もその光景を見て、自分でやったことなのに、唖然としてしまった。
地面が球面を描いて、溶けていたのだ。ちょうどスプーンで抉られたような形だった。あまりの高熱に、地面すらも耐えられなくなったのだろう。
建付けの悪いドアのように、ギギギと音を立てそうな動きでガストンが私の方を見て言った。
「もしかして、マジで殺す気だった?」
「……これに関しては私が悪かったわ。ちょっとばかりやりすぎたみたいね」
「どこがちょっとなんだよ!」
年甲斐もなく、ガストンは顔を赤くして叫んだ。




