第十二話 じゃんじゃん行こうぜ
ジュエルム大空洞。王都から馬車で一時間の範囲では、最高のレベル四という格付けをされている高難易度ダンジョンである。地下に広がるダンジョンで、多くの特殊な鉱物が採掘できることが、その名の由来である。中の景色は幻想的で、星空のダンジョンと呼ばれることもある。星空のように見える光は、主に鉱石とコケ植物から発せられるものである。
王都からは街道一本でアクセスが容易なため、挑戦者の数は比較的多い。これはつまり、高難易度である割に、軽い気分で挑戦してしまう冒険者が多いということだ。そうした冒険者は往々にして、入り口付近に生息する【宝石喰らい】の群れに惨殺されるという最期を迎える。
【宝石喰らい】は、ゴブリンが長期間に渡ってダンジョン由来の鉱物を摂取することで、その姿や能力を変容させたものである。ゴブリン系統の最上位種であり、単独での討伐は金二級以上が推奨されている。しかも、それは相手が一体という想定のもとでの推奨だ。彼らの真の恐ろしさは、群れたときに発揮される。このダンジョンが発見された際、ミスリル三級六人パーティーが百を超える【宝石喰らい】の群れに襲われ、一人を残して全滅したという話がある。今でも冒険者の間では、語り草となっているとかいないとか。
♢♢♢
「なァ、まだ行くのか?」
「当たり前でしょ!」
「これ以上進むと、魔物の強さも上がってくるぞ?」
「なら、なおさら進まないとじゃない!」
「本気かよ……」
最初の小空洞――このダンジョンは、通路と小空洞が繰り返す構造になっていて、だんだん下に潜っていくような形らしい――を突破し、私たちは二回目の通路に差し掛かっていた。
ガストンの話では、通路を超えるたびに、環境が少しずつ変わるらしい。採れる鉱物の純度が上がったり、魔物の種類が変わったりするんだとか。
そんな話を聞いたら、ますます先に進みたくなってしまう。今まで抑圧されていた好奇心が解き放たれたような感覚があった。
再び一本道を行く。さっきの道は青色の光が多かったけど、今度は赤とかオレンジの光も見える。これを見るだけでも、環境が変わっているということが理解できた。
「私はこっちの方が好みね!」
「俺はさっきの方が好きだなあ」
私が光景に対する感想を漏らすと、レイドが口を挟んできた。こうして馴れ馴れしく横に並んでくるのが気に入らない。
「聞いてないわよ。独り言に反応しないで」
「独り言だったの!?声大きすぎでしょ」
「今のあんたの方がうるさいじゃない」
「確かに……」
レイドはそれから静かになった。レイドが食べた朝食にも、何か悪いものが入っていたのだろうか。とんでもない宿屋ね。まあでも、私は何ともないし、別にいいか。
今まで何ともなさそうだったけど、アダンはどうなんだろうと後ろを向くと、その顔は険しいものだった。隣にいるガストンとレネーも顔が険しい。三人とも、悪いものを食べたのだろう。
♢♢♢
四人は「計画」を練り直す必要に駆られていた。例のごとくレイドを囮として、三人は「計画」の話し合いを始めた。
「このままじゃまずいよなァ」
「言うまでもないね」
「でも、魔力には限界がありますから、まだ希望はありますよ」
ガストンとアダンの悲観的な台詞を聞いて、レネーが何とかフォローする。しかし、その顔は明るいものではなかった。
「どうしてこうなっちまったんだろうなァ」
「マリが化け物すぎるんだよ。【宝石喰らい】を一撃で葬る炎魔法なんて聞いたことないし」
「それでいて魔力が切れそうな感じもありませんしね……」
レネーの口から、数秒前の自分の発言を否定するような台詞が飛び出したが、そこにツッコむ者はいなかった。それに気づかないくらい余裕がないのか、もうツッコむ気力もないのか。どちらにせよ、彼らが追い詰められているのは間違いないだろう。
ガストンは深く息を吸って、吐いた。意識的に自分を落ち着かせようとするような仕草だ。それが功を奏したのかはわからないが、ガストンは話を前に進めようという姿勢を取り戻すことに成功した。
「どうすればいい?中断するわけにはいかねえんだからよ」
「レネーが言ってるみたいに、魔力切れを待つしかないと思う」
「私もそれしかないと思います」
「それにしたって、ここら辺をウロウロしてただけじゃ、あのわがままなお嬢様を満足させられないだろ?」
「となると、奥に進むしかないことになるけど」
アダンの言葉は、三人の間に再び暗い雰囲気を呼び込んだ。このレベル四のダンジョンの奥に進むということが、どれほど難儀なものかを三人とも理解しているからだ。
「なるべくゆっくりだ。ゆっくり奥へ進む。それしかない」
「マリの様子、特に魔力の残りを気にしないといけないね。レネー、同じ魔術師として、そこら辺は頼んだよ」
「わかりました。任せてください」
そうして話し合いがまとまってきたとき、マリは小空洞へと到着した。彼女の手招きによって、三人は会話の中断を余儀なくされた。
♢♢♢
通路には特に魔物が現れることもなく、すぐに二番目の小空洞に辿り着いた。
途中、急に元気を取り戻したレイドにあーだこーだ話しかけられたけど、何を話していたかはもう覚えていない。
「早速お出ましだぞ」
アダンの言葉を聞き、私は杖を構えた。アダンは生まれつき様々な感覚が鋭敏で、接敵の察知が人一倍早いらしい。さっきから一度も間違えることなく、敵の到来を伝えてくれている。
「何よ。また【宝石喰らい】じゃない」
二体セットで現れた【宝石喰らい】。性懲りもなく、正面からこちらに向かってくる。
今までは火の玉で丸焼きにしていたけど、ずっと同じ構図が続いていたので、気分転換に火柱で炙った。
火柱が落ち着くと、そこには果たして【魔結晶】が二つ落ちていた。でも、今までのものより少し大きめな気がする。拾い上げて、レネーに渡した。
「マジかよ……」
ガストンはゲッソリした様子で呟いた。何に対して「マジかよ」と言ったのかはわからないけど、いいことではなさそうだ。
ガストンはすっかり弱っている。張り切って戦闘を歩いていたときの元気はない。よほど悪いものに当たったと見える。さすがの私でも、かわいそうになってくるほどだ。
「体調が悪いの?大丈夫?」
「……大丈夫だ。こうなりゃ、もっと進もうぜ」
「え、うん。そのつもりだけど」
さっきまで散々行きたくないとか、進みたくたくないとか喚いていたのに、急な方針転換に戸惑ってしまった。体調も悪そうだけど、進んでも大丈夫なのかしら。
少し考えても、なぜ気が変わったのかはわからなかった。でも、そんなことはわからなくてもいい。だって、私の意向を酌んで、先へ進もうとしているに違いないのだから。
見直したわ、ガストン!
「任せておきなさい、ガストン。私がこのダンジョンを攻略して見せるわ!」
「ははは、そりゃァ頼もしいこった」
ガストンは力なく笑った。
それを見て、ガストンの笑いが止まらないくらい、どデカい功績を打ち立てようと決めた。
♢♢♢
二番目の小空洞の真ん中辺りまで進んだ。相変わらず【宝石喰らい】しか出てこない。
アダンの接敵報告と同時に魔法を準備して、敵が見えた瞬間に発動させて終わり。こんなのが一時間弱続いている。一回当たりの戦闘は十秒ちょっとで、もう合計で百体くらいは倒したんじゃなかろうか。
さすがに飽きてきたなあ、とため息が出てしまった。すると、後ろからササッとレネーが駆け寄ってきた。
「あれ、疲れてきた?魔力切れ?」
少し嬉しそうに見える。私が疲れたら、回復魔法を使って私の役に立てると思っているのだろう。健気なことだ。
でも、残念ながら私はちっとも疲れてなんかいない。馬車の中でぐっすり寝たしね。
「全然疲れてないわよ。魔力切れは起こしたことがないから、そう聞かれてもわからないわね」
「え、なんか疲れてきたとか感じないの?」
「だからないんだって。飽きなら感じてるけどね」
「そ、そっかー……」
露骨に残念がるレネー。そんなに私の役に立とうとしてくれているとは、嬉しいことだ。気持ちだけ受け取っておこう。
「さ、じゃんじゃん進むわよ」
「「「「おー……」」」」
四人の返事が、広大な小空洞に響いた。




