第十一話 天才
キラキラと光る一本道を抜けると、開けた空間に出た。かなり広大な空間に見える。天上も高く、二十メートルくらいはありそうだ。しかし、地面から柱のように突き出た岩や鉱石のせいで、あまり見通しはよくなかった。
空間が広く、天井が高いこともあり、届く光の量は一本道より少ない。ちょうど星夜のような明るさだ。そうは言えっても、杖に灯した火のおかげで、目視に困ることはない。
「こっからは魔物が出てくるから、前衛の俺たちより前に出るんじゃねえぞ」
ガストンはそう言って、背中に差していた手斧――私が持ったら両手斧になりそう――を構えた。右手に手斧、左手には大盾という出で立ちである。
レイドも剣を抜いた。いかにもレイドらしい装飾が華美な片手剣だ。左腕には小型の盾を装備している。
こうして見ると、二人とも熟練の冒険者の雰囲気を感じさせる何かがあった。さっきまでのような生ぬるい空気は感じられない。実に癪なことだが、冒険者二日目の自分にはないものだ。
「来るぞ」
「早速か」
私の後ろでアダンが言うと、ガストンが即座に反応した。
来るぞ、とは何が来ることを示しているのか。そんな疑問は、思い浮かんだ一秒後には氷解していた。
地面から突き出た岩の影から、それは現れた。それも二体。人のように二足で立っている。小さな体躯ではあるが、ゴツゴツした黒に近い灰色の肌が重厚な印象を抱かせる。顔は何と表現していいのかわからないけど、とにかく嫌悪感以外を掻き立てないものだった。
「グギャギャ!」
「ギュエーン!」
小さな魔物が鳴き、手分けして、自分たちのすぐ目の前にいるガストンとレイドに飛びかかった。
ガストンに飛びついた方は、大盾で弾き返される。ガキンと金属質の音がした。
もう片方はレイドに飛びつこうとした瞬間、どこからともなく飛んできた何かが肩に突き刺さり、地に落ちた。そこをレイドが地面ごと貫くかのように刺す。
片割れがやられ、後がなくなった魔物は、命懸けの突進を見せた。目覚ましい速度でガストンに再接近を試みるも、ガストンはそれを難なく盾で叩き潰した。
「こんなもんか」
ガストンが満足気に言った。肌寒い汗もかいていないだろうに、額を拭うような仕草を。自分の仕事が大変なものだったとアピールしたいのかもしれない。
「アダン、ありがとう」
「はいよー」
レイドは感謝の言葉とともに、アダンにナイフを手渡していた。おそらく、レイドに飛びかかろうとした魔物に対して、アダンがあれを投げたということなのだろう。
レネーはというと、何か石ころみたいなものを袋の中に入れている。石の収集が趣味なんだろうか。
四人はあまりにも平然としていた。私がこんなにも混乱しているのに、まるで私の方がおかしいと言わんばかりだ。そんな雰囲気で言い出しづらかったのだが、好奇心が上回り、さっきから気になっていることを口にした。
「さっきのやつらはどこに行っちゃったのよ」
「さっきのって、ゴブリンのことか?」
「ゴブリン?あれがゴブリンなの?」
ガストンはさっきの灰色の魔物は、ゴブリンだと言った。しかし、私が幼い日に図鑑で見たゴブリンとはだいぶ異なるものだった。
もちろん、絵が実物と異なるなんてことはよくあるのだけど、家にあった高級品――著名な学者であり冒険者が書いたものの原本らしい。何でも原本を集めるのは、お父様の趣味だった――が間違えているとも思えない。
「あれはゴブリンだぞ。とは言っても、【宝石喰らい】と呼ばれる変異種だけどな」
「へんいしゅ?」
「親戚みたいなもんだ」
「なるほどね。ゴブリンの親戚ってことは、雑魚ね!」
「それはいただけねえ発言だなァ。あれが雑魚なわけ――」
「そんなことより、あいつらはどこに消えちゃったのよ」
「倒したら、こうやって核である【魔結晶】だけを残して、消えちゃうのよ」
ガストンを遮って私の疑問に答えたのは、ガストンではなくレネーだった。さっき袋に入れていた石を取り出して見せてきた。
「それが【魔結晶】?」
「そうそう。色々な使い道があるのよ。金と同じくらいの値が付くんだから」
「へえ。でも、金ってそんなに高くないでしょ?」
「えええ……」
レネーはもともと白い顔をさらに白くさせて、黙ってしまった。そそくさと【魔結晶】を袋へと戻している。
そういえば、ガストンがまだ話を続けている。目を瞑って人差し指を立てながら、説教っぽく話している。まさに中年の男がやりそうな動きだ。
私は気にせず、レネーが地面に置きっぱなしだった袋の中から【魔結晶】を取り出して、しげしげと観察していた。
「おい、俺の話聞いてたか?」
「聞いてないわ」
「何だよ。実体験に基づいて、【宝石喰らい】の恐ろしさを語ってやったっていうのに。冒険者の先輩の話は聞いておいた方がいいぞ」
「そういうの、年寄り臭いから止めといたほうがいいわよ」
「年寄り……」
ガストンも焼けた肌が白く見えるほどに顔色を悪くしている。やっぱり朝食で何か悪いものが出ていたのかしら。だとすると、身体が繊細な私も危ないかも。
「また来るぞー」
不意に緊張感のないアダンの声が反響した。それを聞くと、数瞬前までの様子が嘘のようにガストンの目が輝き、どこからともなく湧き出てきた【宝石喰らい】へと立ち向かって行った。
♢♢♢
一本道を抜けてすぐのところでウロウロして、【宝石喰らい】を倒すのを見るだけの時間にはそろそろ飽きてきた。というか、最初の二戦を見たときにはもう飽きていたので、我慢の限界が来たと言った方がいいかもしれない。
「ねえ、そろそろ私にも戦わせなさいよ」
「さっきも言ったけど、あいつらは炎耐性が高いから、マリの魔法じゃ無理だって」
「そんなのやってみないとわからないじゃない!」
誰に言ったわけでもなかったけど、反応したのはガストンだった。
何度も同じ理由で参戦が却下され、別の魔物を求めて遠くに行こうという提案も危険だからと却下され続けて鬱憤が溜まっていた私は、思わず叫んで反論した。私の声がぐわんぐわんと奇妙に反響する。
「しーっ、そんなに叫んだら魔物が寄って来ちゃうだろ?」
「そのときは私に任せないさい。腰抜けジジイ」
「なんだと!?」
「あら、叫んだらダメなんじゃなかったかしら?」
「ぐっ……」
唇を噛んで悔しそうにするガストンを見られたことで、僅かばかり胸のすく思いがしたが、これではまだ足りない。あの【宝石喰らい】という魔物を私の手で倒さなければ、気が済まない。
「あ、まただ。二体、いや三体か」
何度目かのアダンの呼びかけ。数秒後には、その通りに【宝石喰らい】が現れた。
これはチャンスだ。ガストンは敵に対して背を向けている。
「あんたたちは引っ込んでなさい!」
「あ、おい!」
私は最前に飛び出した。背中ごしにガストンの言葉を聞きながら、杖から大きめの火の玉を飛ばす。三体は抵抗する間もなく、全員仲良く火の玉に飲み込まれた。
五秒ほどじっくり焼いてやると、あとには紫色の石が三つ残っただけだった。
「「「「え?」」」」
後ろにいる四人から間抜けな声が聞こえてきた。振り向くと、ガストンのキョトンとした顔が最初に目に入った。
それはそれで満足できるものだったのだが、そんなことより、私の魔法がダンジョンに通用したという事実の方が心躍った。冒険者としてやっていけると確信できた。
「ほら見なさい!私は天才なんだから!」
しばらくの間、四人の誰も私に応えることはなかった。
反論をしたいなら反論をすればいい。反論がないということは、それは肯定を意味する。沈黙は肯定なのだ。
「異論はないみたいね。――遅れるんじゃないわよ」
私はダンジョンの奥へと足を向けた。もちろん、四人の前に立って。




