第十話 ダンジョンへ
大通りを真っ直ぐ進めばいいと言う話だったので、私が先頭に立ってダンジョンを目指した。
ダンジョンが近いと思うと、自然と足が急いた。ほんの少し行くだけで、見知らぬ街を一人で歩いているような感覚になってくる。王都を一人で歩いていたときには少し心細かったけど、今は体中から湧き出る自信が身体を衝き動かす。
「何よあれ」
途中、突然視界に入った仄暗い穴に、率直な感想が漏れた。
その穴は綺麗な長方形であり、人工的に整えられたものだと思われる。一歩前に踏み出すと、奥には階段が続いているのがわかった。かなり深くまで続いていて、その終着点を見通すことはできない。
私がその場に立ち尽くしていると、レイドが横に並んで来て、さっきの私の問いに答えた。
「これがダンジョンの入り口だよ」
「思ってた感じじゃないわね」
「どんなのを想像していたかはわからないけど、洞窟型とかも大体こんな感じだよ。遺跡型だと話は変わってくるけど」
「風情がないわ、風情が」
「風情って。急に貴族感出さないでよ」
「あら、いつも出てるでしょ?」
「……まあ、うん」
レイドにも、私の高貴さを感じることができるくらいの品性はあるらしい。
「何だ、お前ら。入らねえのか?」
ちょうど会話が途切れたときだった。急に背後から聞き覚えのない声がした。
振り向くと、赤髪を短く整えた男。軽そうな鎧を身に付け、腰の左右に剣を差している。いかにも冒険者といった風体だ。後ろにも同じように、冒険者らしい恰好の者たちが控えていた。
「ここはデートスポットじゃねえんだぞ」
男の言ったことがどういう意味なのかわからなかった。
声を低くして凄んだつもりだと思われるが、疑問で頭がいっぱいの私には大した効果を持たなかった。
「デートってどういう意味?何の話をしているの?」
「男女二人で入り口に突っ立ってて邪魔だから皮肉ってやったんだ。――こういうこと説明させるなよ」
「強制した覚えはないわ。あなたが勝手に説明し出したんじゃない」
「……お前、ムカつくな」
男はワナワナと肩を震わせ、典型的な怒りの表現をした。錯覚かもしれないけど、赤い髪と相まって、顔がすごく赤く見えた。
「すみませんでした!――ささ、お先にどうぞ」
男の様子を見かねてか、いやにへりくだってレイドがその男の一行を先に行かせた。
私はレイドのその態度にイラッとしたものの、何とか自制した。何で自分を抑えられたのかはわからないけど、ゆったりとしたローブが寛容さをもたらしてくれたのかもしれない。
「お先にどうぞって、お前らもこのダンジョンに挑戦するのか。心中でもする気かよ」
そんな捨て台詞とともに、男とその連れたちは闇の中へと消えていった。
「最後までムカつくやつだったわね!私があんなに礼儀正しく接してあげたのに」
「そ、それはどうかなあ……」
「どういう意味よ、レネー?」
レイドと反対側の隣に並んできたレネーに問う。
あはは、と曖昧に笑うことで誤魔化されてしまったけど、追及するのも面倒なので放っておいた。
「さァ、ダンジョンデビューと行くかい?」
ガバッと頭が何かに覆われる。頭の上に感じる温度と背後の気配からして、おそらくガストンの手だろう。
「ちょっと、頭の上に手を置くの止めなさいよ」
「悪い悪い。ちょうどいいところにあるから、ついな」
頭を覆っていたものは、返答と同時に取り除かれた。私の推測は正しかったらしい。頭に手をやると、髪がグシャっと潰されて崩れてしまっていたので、それを整える。
その間、数秒前のガストンの言葉を考えた。ダンジョンデビューという言葉だ。
冒険者稼業、とりわけダンジョン攻略というものにずっと憧れてきた。何がきっかけだったかは覚えていない。きっかけなどなくて、自由のない公爵令嬢という立場が、つまり生まれながらにしての不自由さが、そうさせたのかもしれない。いずれにせよ、自分の力でここまで辿り着いたことが感慨深かった。
もう名前も忘れたしまったけど、あんな変な男との婚約が勝手に結ばれたと聞いたときには、さしもの私も動揺と怒りに支配されてしまった。しかし、それがここに導いてくれたのだと考えれば、悪い記憶ではなくなる気がした。
頭を軽く左右に振って、整った髪を確かめる。そうすると、らしくもない感傷が頭から零れ落ちていくように消えた。
「行くわよ」
思ったよりも落ち着いた雰囲気の声が出て、逆に自分が緊張していることを思い知らされた。
無機質な階段を一段降りた。これでダンジョンに踏み入れたということになるのだろうが、特に何かが起きることもない。
そのまま数段降りたところで、ガストンが私の前に出てきた。
「ここから先は俺が先頭だ。魔法使いを前に出すわけには行かないからな。――そうだ、明かりだけ点けてくれ」
「命令しないで」
口ではそうは言いつつ、自分でも暗いと思っていたので、杖を持っていない方の手のひらに拳よりやや大きな火の玉を作った。
いつもよりも簡単に作れた気がした。専用の装備を整えたおかげなのだろうか。
「うわ、詠唱なしでそんなに素早く魔法が使えるなんて、マリちゃんって本当に天才だったりする?」
「何回も言ってるでしょ、私は天才だって」
後ろから聞こえてきたレネーの声に、前を向いたまま答えた。
詠唱とかよくわからない言葉も聞こえてきたけど、私は天才だから気にする必要もないだろう。
「でも、せっかくだから杖を使ってみたら?ずっと手をそうしているのも疲れるでしょう?」
「杖を使う?」
「ほら見て、こんな風に」
レネーの方を向くと、その手に握られた杖の先端が白く輝いていた。あんな風に道具を介して魔法を使ったことはないし、見たこともない。
レネーにできて私にできないはずはないけど、どうすればいいのかわからなかった。
「どうやるのよ、それ」
「杖を手だと思って魔法を使ってみて?それだけよ」
言われた通り、杖を身体の一部のようなイメージで同じ魔法を使った。すると、顔のすぐそばで火が点いた。
「熱っ!」
思わず杖の先端を顔から離す。落ち着いてよく見ると、杖の上に火の玉が浮いていた。両手が塞がっていては不便なので、左手の方の火は消した。
「杖を使った方が魔力を節約できるし、威力も強化されるから、基本は杖を通して魔法を使った方がいいわよ」
「へえ、そうなのね」
「そういう感覚があったでしょ?」
「なかったわ」
「え、そんなはずはないんだけど……」
レネーは何か戸惑っている様子だけど、ないものはない。レネーより私の方が鈍感みたいな感じがして少し不愉快だけど、本当にわからなかった。
「もういいわよ、どうでも。ガストン、早く進んで」
「おいおい、お前のことを待っててやったんだろうが」
「そう。それは悪かったわね」
ガストンを先頭にし、真っ直ぐ続く階段を一分ほど下って行くと、数段下に柔らかな明かりが見えた。
「明かり?」
「行ってみればわかるぜ」
「じゃ、先に行くわよ」
「あっ、おい!」
ガストンと壁の間をすり抜け、十段弱を駆け下りた。
目に飛び込んできた光景に、喉の奥がキュッと詰まった。息を呑むという言葉を、初めて理解できた気がした。
目の前に広がるのは、青や黄色、緑、ピンクといったカラフルな光が散りばめられた壁と地面。視線を上げると、天井も同様であることがわかる。地下に潜っていったはずなのに、いつの間に星空に迷い込んだのだろうか、と本気で考えてしまうほどの光景だった。
それぞれの光は微弱だが、それらが寄り合うことで光量はかなりのものになっている。杖の先に灯した火がなくとも、十分周りを視認できるだけの明るさはあった。
横で何かごちゃごちゃ言われている気がするけど、そんなのはどうでもよかった。それだけ視覚に集中していた。
でも、この光景に頭が追いついてくると、耳元でいまだ続くごちゃごちゃのことがさすがに気になってくる。
「うるっさいわね!」
「わあぁっ!急に怒鳴らないでよ!」
そう言って飛び退いたのはレイドだった。
「邪魔してくるあんたが悪いのよ」
「もしかして聞いてなかった?」
「何を?」
「どうしてこう壁や地面が光っているのかを解説していたんだけど」
「そんなの聞こえてなかったわよ。――あのねえ、理屈なんてどうだっていいの。本当に風情ってものがわからないのね」
レイドは言い返すことなく、ただ肩を落とした。
ガストンがレイドの肩を叩きながら、私を見下ろす。そして、どこか挑発的に言った。
「まさか、こんなところで満足しましたなんて言わねえだろうな?」
ムッとしたので、私も負けじと言い返す。
「言ってないことを勝手に想像しないでくれるかしら?――ほら、さっさと進みなさい」
「困ったお嬢さんだよ、まったく。遅れんなよ」
言い終わる前に、ガストンは歩き始めていた。すぐ後ろにレイドが付き、私はさらにその後ろだ。
予め決めていた順番ではあったけど、やはり一番前を行きたい。いずれ前に出てやろうと心に決めた。




