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2-2.用意をしてから

 ツヅキという女、会ったことのない人物だがその輪郭は掴めた。仲間を守る意識が過剰に強く、仲間の危機を救うためなら何をしても良心が痛まない、その様な人物なのだろう。だとすると俺達は、カノはただの取り調べくらいにしか思ってない様だが、殺されると考えておいた方がいいだろうな。俺の話には聞く耳も持たない筈だ。


 ならば、俺は自分の身を守るためにどうするべきか。仲間のためなら何でもする女、そいつの動きを封じるために必要なことは何か。


「腹減ったなあ」

「お前いつも言ってんな」

「腹減ったんだもん」

「寿司だったら何食べたい」

「そうだなあ、牛カルビ」

「馬鹿かよ、お前。話にならねえな」

「何で、じゃあお前は」

「おれは小鯛だよ」

「何だ、小鯛って。初めて聞いた。鯛に小が付いてんじゃん。ウケる」


 こいつらを利用するしか俺の助かる道はない。話を聞く限りこいつらは馬鹿だ。こいつらの馬鹿さに賭けるしかない。俺の思惑に嵌まってくれることに賭けるしか・・・。


 車が停まった。二人の女が車から降りたのが分かる。そして、急にリアシートのドアが開けられた。視界が遮られていて他の感覚が鋭くなっているため、ドアの開閉で生じる車内の気圧差を感じ取れた。


「おら、降りろ」


 俺に被せられていた黒い袋が取り除かれた。ああ、空気が新鮮に感じられる。先に降りたカノに続いて俺も降りた。そこは木々の多い田舎の住宅街の様だった。住宅街と言っても家は数十メートル置きにあるくらい少ない。


「こっちだ、歩け」


 女の指差す方にある緑色の建物、不必要に大きな二階建てのトラップだ。先ず、道路に面した壁には一階部分だけでも八箇所の窓がある。門から玄関までは近く、庭も広くないが、その分建物の奥行きがかなりある。一体何LDKなのだろうか。緑の壁が気持ち悪い。


 俺とカノは玄関まで背中を押された。玄関に着いて俺は思い出したかの様な演技をし、計画を開始する。


「あ、飲み物を忘れた。取りに行っていいか」


 俺の発言に対し、女二人が顔を見合わせる。


「どうする」

「無視していいよ。早く行こうぜ」

「そうだな」


 俺は眉間に力が入った。ここで引き下がる訳にはいかない。


「いいだろ、取りに戻るだけなんだから。じゃあ、お宅らのうちのどっちかだけ付いて来てくれ。一人が監視すれば十分だろ」


 そう言って俺は車の方に許可なく戻った、頼む、行かせてくれ、と祈りながら。そして、一人だけが付いて来てくれ。


「しょーがねえな。じゃあ、おれが車の鍵持ってるから。お前はここで待ってて」

「えー、もう早く帰りてえよ」

「分かった。じゃあ先行け」

「了解」


 こうしてカノと女のうちの一人がトラップに入り、もう一人が小走りで俺に追い付いた。よし、ここまでは順調だ。あとはこの女次第。何も考えずに俺の言葉を受け入れてくれれば俺はほぼ確実に助かる。それを信じるしかない。


「ドアを開けてくれ」


 女がリアシートのドアを開けた。奥のシートと奥のドアの間に例の飲み物が挟まっている。


「悪いな、取ってくれ」


 そして、俺は車から離れた。女はやれやれといった感じだ。女が車に入ったことを確認すると俺は大声で制した。


「あ、待ってくれ」


 女がドアから顔を出す。


「何だよ」


 俺は鋭い目付きで自分が本気であることをアピールして言った。


「それは俺のだからな、絶対に飲むなよ」

「飲まねえよ」

「そう言って皆飲むんだよ。いいか、絶対に飲むんじゃねえぞ。俺が楽しみにして俺が手に入れたんだから、お宅に飲む権利はねえ」

「そんなに思い入れが強えのか」


 女が顔を引っ込めた。これでどうだ。飲むか。いや、足りないか。もっと情報を与えなければ。


「おい、待て」


 女が再び顔を出した。


「何だよ」

「飲もうとしたな」

「してねえ」

「嘘吐け。あー、そんじゃあ分かった。分かったよ。飲んでいい。その代わり俺の拘束を解いてくれ」

「そんなことできる訳ねえだろ」

「頼む、解いてくれ。じゃあ一口飲んで味見してみてくれ。それで気に入ったらそれ全部やるから解いてくれ」

「何言ってんだ」


 俺はもっと飲み物が大事なことを印象付けたかったが女が顔を引っ込めてしまった。不十分な気がするが、これ以上言うと逆に怪しまれる危険が生じる。あとは神頼みだ。


 しかし、飲むだろうか、他人が口を付けた飲み物を。そこまで大雑把なのだろうか、あの女は。この計画は無謀過ぎたか。


 二十秒は経った。女はまだ車から出て来ていない。もしやと思い、俺は車の中を覗いてみた。すると、そこにはすーすー寝息を立てて眠る女がシートに横たわっていた、飲み物を握り締めながら。


 嘘だろ、上手くいったぞ。マジで飲んだのか、この女。よく飲めるな。俺なら絶対に飲まない。得体の知れない物を飲むとは、勇猛な奴だ。


 俺は手子摺りながらドアを閉めた。本当はこの女をどこか別の場所に隠したいのだが、俺は後ろ手で縛られているのでそれは不可能だ。このまま女が見付からずに済むことを祈るしかない。そして、先程の玄関に向かった。玄関に着き、後ろ手でドアノブを掴もうとしたとき、その扉が開いた。先程のもう一人の女だ。


「ん?何でお前一人なんだ。テラは」

「裏の倉庫に行った。俺は一人で行けって言われたけど」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、お前こっち来い」


 その女はテラという女の不在を疑わずに、俺を室内に招き入れた。玄関を抜けて直ぐの所にあるチェストの上には大量の鉄砲が置いてある。カノの持つ鉄砲とは形が違うから、あれがスベリなのだろう。チェストの上に置いてあるくらいだからチェストの中にも大量に入っているかもしれない。警察が来たらどうするのだろう。


「突き当たりの部屋だ。カノが立ってんのが見えるだろ。あいつと一緒に待ってろ」


 俺はカノの居る部屋、女の笑い声のする部屋に向かった。この建物はもともと居住目的で作られたのだろうか、雰囲気はただの家だ。しかし、カノの居る部屋以外は扉が閉められており、それぞれの部屋が何のための部屋なのかは分からない。


「ツヅキ、来たよ」


 通路の向こうで女の声が聞こえた。ツヅキは向こうの部屋に居る様だ。そして、これからツヅキが来る。


「おい、お前何やってたんだよ」


 俺はカノの隣に立った。カノは表情には出してないものの怯えている様だった。


「ヘイ、ドロー4」

「えー、おれのウノが」

「ざまあねえな」


 俺の居るこの部屋は社長室の様な家具の配置だった。壁際に棚やロッカーがあり、部屋の中央の少し壁寄りの所に机が置いてある。俺達の立つ場所はその机の前だ。部屋の隅には丸テーブルが置かれており、それを囲んで三人の女がUNOを興じている。俺達はピンチなのに、こいつらはお気楽でいいなあ。


「飲み物はどうしたんだ。取って来るんじゃなかったのか」

「まあ、ちょっとな」

「これ、どうなると思う」

「さあな」

「大丈夫だと思うか」


 大丈夫、か。それは分からない。だが、俺のはったりの相手に与える信憑性は確保できた。直ぐに殺されることは先ずないだろう。しかし、問題はそれ以降だ。俺が自分の身の安全を保証してもらえるかはツヅキとの交渉次第だが、その際に使える材料は俺の博打の能力くらいだ。交渉できるかどうか。できなかったとき、俺はどうなるのだろうか。


「おい、大丈夫って言ってくれよ」


 部屋の外から足音がした。重い足音だ。俺達の体が固まる。騒いでUNOをする女達も声を潜め出した。そして、ツヅキが入室したのだった。


「手袋、貰うよ」


 ツヅキは机を挟んで俺達の前に立った。嵌めているゴム手袋を外してレインコートを脱ぎ、一緒に部屋に来た女に渡す。水中ゴーグルも取った。今、ツヅキが体から取り外したアイテムには全て点々と赤黒いシミが付着している。恐らくあれは返り血だろう。誰かの体から飛んだ血をつい先程まで浴びていたのだ。もしかして誰かを拷問として殴っていたのか。


 ツヅキは背の高い女だ。体格もいいのでスポーツ選手の様に見える。しかし、明らかに只者ではない。眉を釣り上げ、犬の様に歯を覗かせている。イライラと手袋を外す様はどこか暴力的だった。


「おい、遊ぶのやめろよ」


 レインコートと水中ゴーグルを受け取った女がUNOをする女達に注意した。振り返ってその女達の方を見ると、すごすごと手に持った札を場の山に纏めていた。俺が視線をツヅキに戻すと、何とツヅキは手に黒いグラブを嵌め出している。しかも机の上にはいつの間にか鉄砲が。これは不味い、もう時間がない。俺は早速切り出すことにした。


「テラさんが今どこに居るか知ってるか」


 ツヅキの手が止まった。ツヅキはゆっくりと顔を上げ、俺と初めて目を合わすと、ツヅキの隣でレインコートを受け取った女に話し掛けた。


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