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1-5.俺の丁半

 蹲った男の姿が二つ。一つは壺振り、一つは傷の男。横に並んでいる。誰もどう動けばいいのか分からない。誰も何の声を出せばいいのか分からない。俺は思わず若の方を見た。若も困惑している様だ。


 蹲っていた二人は同時に顔を上げた。そして、傷の男だけが立ち上がってこちらに向き直った。傷の男の両手には、壺振りの傍らに置いてあった二つの壺が握られている。勝負に使われていた壺は、壺振りが持っていた。


「こいつらはイカサマをした。だから、誰も動くな。指一本でも動かせば証拠隠滅に走っていると見なす」


 傷の男が険しい顔でイカサマを主張した。壺振りは明かに慌てふためいて、文章にならない言葉を上げたが、傷の男は発言を許さなかった。


「黙れ。口を開くな。お宅らはもう何もするな。俺も何もしない」


 フルズの構成員は目を剥いて事の顛末を見守るという選択肢しか与えられず、ぼんやりと立つだけだった。


「ニシマツカジノの人、こいつが持っている壺を改めてくれ」


 露骨に壺振りが息を呑み、肩を落とした。


 俺はなぜ傷の男が壺振りの横に飛び込んだのか分からなかったが、今の発言でその理由が分かった気がする。


 そうか、壺に仕掛けがあったのか。だから、傷の男は仕掛けがないと思われる方の壺を確保したのだ。もし壺振りの傍に仕掛けのない壺があると、壺の仕掛けを指摘したとしても、仕掛けのない壺と混ぜられ、博打中に使ったかどうかを有耶無耶にされてしまう。それを避けるために仕掛けのない方を確保したのだ。


 若が俺の脇を肘で小突いた。お前が行け、というサインだ。俺は壺振りの元へと進む。なぜか心拍数が上がっていたが、楽しみでもあった。どんな仕掛けが施されているのかを知れるからだ。


 意気消沈の壺振りの前の壺を拾う。持った感触は普通の壺だ。口から中を覗く。そうすると直ぐに仕掛けを認識できた。側壁の奥、つまり壺を盆に置いたときに天井側になる部分、そこに賽子程の大きさの穴が開いていたのだ。


 何だ、この穴は。明らかにこの壺は普通ではない。やはりイカサマだ。イカサマは実際に行われていたのだ。


 だが、穴が開いている、たったそれだけだ。色々と触ってみたり回転させたりしてみたが、それ以外の仕掛けは見当たらない。


 若が、どうだ、と声を掛けてくる。若も気になるのだろう。


「穴があります」


 俺は壺の穴を指差して答えた。フルズの構成員から落胆の声が漏れる。


 しかし、この穴、何に使うのか。この穴から細い棒を差して賽子を転がした、とでもいうのか。うーむ、どうしたものか。普通の壺ではないのだから、イカサマだと騒げばいいのか。


 困っている様子の俺を見て、俺が何も理解していないと悟ったのだろう、傷の男が話し出した。


「おかしいと思わないか、ここのルール」


 それは穴の話ではなかった、俺は穴が気になるのだが。でも、ここのルールは、確かにおかしい。フルズが得をしないシステムになっている。この賭場は利益を一切上げれない。


「実際は利益を上げている。その方法は、サクラだ」


 傷の男がはっきりと言った。


 サクラ?


 俺は今までに出て来た要素を繋げてみた。サクラ、利益、穴。そうか、分かったぞ。サクラ、という言葉を聞いて一気に解消した。フルズが稼ぐ方法に気付けたのだ。サクラを使えば稼げる。


 先ず、サクラの正体はこの眼鏡の男だ。この男が稼いだ金額がそのままこの賭場の利益になっている。この男が勝てば勝つ程儲かるという訳だ。


 では、どうやって男を勝たせるか。男が強運ならそれでいいが、現実は違う。現実に行われていたのは、通し、だ。壺振りが出目に関するサインを男に送っていたのだ。どの様なサインか今は分からないが、一晩頭を捻れば、何かしら思い付くだろう。


 次の問題は、壺の中の賽子の出目だ。壺振りが自由に目を操る技術があるのならいいが、現実は厳しいだろう。賽子同士や盆との衝突を全て操作するのは最早、超能力だ。つまり、不可能だ。


 では、どうするのか。簡単である。別の超能力を使えばいい。透視能力、それを使えばいいのだ。透視能力は簡単に身に付けれる。穴を開ける、それだけだ。壺に穴を開けたら中は丸見えになる。中の出目を知るのは簡単なのだ。


 もちろん、穴が客に見えない様に注意する必要があるが、常に穴が壺振りの方を向くようにすればいいだけの話だ(厳密にいうと穴は天井から見て反時計回りに少し回転させた場所にあるのが好ましい。そうすれば、壺振りから見て左側の客は絶対に見ることはできないし、右側の客は壺振りの右手で見えなくなる)。


 穴から覗いて丁か半か判断し、眼鏡の男にサインを送る。それが必勝システムである。


 そうか、だから賽子が客側に寄っていたのだ。客側にある方が壺振りは中の賽子の様子を見易いのだ。


 成る程な、と自分で納得していたが、そこで別の問題点が浮かび上がってしまった。


 賽子を壺に入れる前、壺を掲げて中を傷の男に見せていたぞ。穴が丸見えになってしまうではないか。しかし、穴はあのときなかった様な気がするが、どうだったかな。


 俺が思案している間も傷の男は説明を続けていた。俺が傷の男の説明に意識を戻したとき、丁度その説明をした。


「いくらこの部屋が少し暗いといっても、壺を掲げたら、中の穴の存在に気付かれてしまう。だから、こいつは常に黒い手袋を嵌めているんだ」


 手袋を嵌めた親指で穴を塞ぎながら中を改める。壺は黒いうえ穴は奥まった場所にあるので、誰も気付けない。


「この勝負の始めに、俺は壺を手渡された。その壺を返却すると、この壺振りはわざわざ左手を体の右側の方へと伸ばした。そうすれば、背中が俺の方を向き、壺を持った右手が背中に隠れる。そこで壺を摺り替えたんだ。まあ、俺はこいつが摺り替えた振りをする可能性もあるから、直ぐに指摘することはできなかったが」


 厳つい男達は、すっかり生気を失い、見窄らしい顔になってしまっていた。壺振りも先程から力無げに俯いているだけだ。


 どうやらこいつらがイカサマをしたことに間違いはない様だな。そうなると、どうけじめを付けさせるか。


「若、どうでしょう、倍払いが妥当ですか」


 俺に話し掛けられた若は、うーん、と呟き考え込んだが、いつまで経っても返答がない。


 場は再び静寂を取り戻した。エアコンの作動音がよく聞こえる。


 それにしても傷の男はよく見破ったものだ。俺は説明されたから気付けたが、恐らくこの傷の男は客として丁半に参加しただけで通しを見破ったのだろう。その後、通しのサインを利用して稼いだのだ。それでフルズにマークされた。


 フルズのイカサマは一見、大胆だが、バレ易い様には感じない。上手いこと他の客は騙せたのだろうが、傷の男に目を付けられたのが運の尽きだな。


 静寂は続いている。その長い静寂を破ったのは、意外にも眼鏡の男だった。


 眼鏡の男は、あの、と頭に付けてから突拍子もないことを言い出した。


「勘違いなされている様ですが、私はただの、その、一般人ですよ。別にサクラとかではないです」


 は?


 俺は呆気に取られた。傷の男も幽かに目を丸くしている。何より、フルズの構成員が驚いて騒然としていた。


 もし本当にこの眼鏡の男がフルズに関係していないのならば、確かにこのイカサマは成立しない。だが、この期に及んで無関係と言い出されても、俺達が信じれる訳がない。


 俺は眼鏡の男の顔を見た。言われてみれば、確かに堅気の様に見える。目の下にラインも無い。


 もしかして本当に関係ないのか。いや、しかし、それはあんまりだ。え?違うの?マジで?


 しかし、傷の男は冷静だった。傷の男は俺に囁いてきた。


「お宅、ちょっと見てくれ。あの男の左目の下、眼鏡のフレームでよく見えないが、色が変じゃないか」


 俺はそう言われたので眼鏡の男の左目に目を凝らした。


 肌というものは、濃い部分があったり、薄い部分があったり、黒いシミがあったりするものだ。ところが、眼鏡の男の左目の下は単色で斑がなく、作り物の様だった。


 怪しいと踏んだ俺は眼鏡の男に迫って眼鏡を強奪した。そのまま腕を押さえ付け、左目の下を強く擦った。俺はギャングなので強引だ。


 すると、現れるではないか、白いラインが。俺は容赦なく糾弾した。


「お前、ふざけんな。ラインあんじゃねえかよ。奴らの一味だろうが。言い逃れしようとすんじゃねえ」


 やはりこの男はフルズの構成員だ。見え透いた嘘吐きやがって。


 しかし、その男は粘る。眼鏡を取り返し、声を上擦らせながら言った。


「これは、ファッションだ。ただのファッション。フルズとは関係ない。これは自己表現のファッションだ」


 俺はまた呆気に取られた。言い訳が下らな過ぎる。しかし、これしかないと思ったのか、ざわめいているだけだったフルズの構成員からはっきりとした声が上がるようになった。


「ファッションに違いない」

「俺達はそんな男知らん」

「若者のタトゥー文化を否定するな」

「金返せ」


 こいつら、揃いも揃ってバカなことを言う。


 こいつらの発言には、イカサマを有耶無耶にして勝負を無効にする、という狙いがある。この勝負がどうなろうが俺とは無関係なのだが、フルズの醜い魂胆を目の前にして、俺の心の中のヒューマニズムが光り出した。フルズの詭弁を一つずつ潰していく。


 けれども、このままではディベート大会から水掛け論合戦に移行するのは時間の問題だ。ここで、俺はそういえば先程から傍観しているだけの男の存在を思い出した。


「若、どうするんです」


 若は、えっ、と言った後、蟀谷を揉んだ。参ったなと言わんばかりだ。


「まあ、その眼鏡の男とフルズを繋げる証拠がないのだから」


 この科白に続いて、うーん、と唸ったきり、黙ってしまった。


 俺もフルズの構成員も静かに若がいい考えを思い付くのを待っていたが、若は黙ったままだ。誰もが展開を見出せないでいる、ただし、一人を除いて。


「再試合しようか」


 ずっと俯いていた壺振りに声を掛けたのはイカサマを見破った傷の男だった。


「いいだろう、壺振りのお宅」


 再試合か。それに文句を言う者は居ないだろう。しかし、それは傷の男がフルズから罰符を払われ損ねるうえ、最悪の場合、再試合に負け、逆にフルズに金を支払わなければならないということになりかねない。この案は傷の男にとって得策ではないのではないか。


「もう一度、丁半をやる、ということでありやしょうか」


 壺振りが顔を上げ、口を開いた。


「いや、同じ丁半なら断る。うんざりだ。それに、そもそも嫌いなんだ、丁半は。丁か半かを当てるだけなんて、ゲームとしてつまらん。お宅と勝負している感覚を持てない」


 傷の男はポケットから木枠を取り出した。


「俺の丁半をしよう」


 傷の男は既に場の空気を支配しつつあった。

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