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3-6.三枚のコイン

 実に楽しい、死ぬ前の人間を観察するのは。それが傷の男ならば尚更だ。


 俺は六枚の硬貨を投げ、手に戻って来た瞬間に握った。


「互いに三枚使う」


 指先が少し地面に向く様に手を開けた。そうすると六枚の硬貨が一直線に広がる。俺は奥側の三枚を取り、机に置いた。傷の男がこの三枚を使う。


 俺はわくわくしていた。最近俺が殺して来た奴は、記憶の限り、全員が暴力を本職としていた。だから俺も暴力を用いて潰してきたのだが、今や俺に暴力で敵う奴は殆ど居ない。満足のいく喧嘩ができてないと思っていたときに現れたのが傷の男だ。傷の男はもちろん暴力で俺を凌ぐことはできないが、ゲームになると俺よりも強い。俺は戦い甲斐を得るために傷の男をゲームで潰して殺したいのだ。非常にやり応えがあると思わないか。


「この三枚を投げて表面の多い方が勝ちだ。いいだろう?」


 傷の男が机の硬貨を取り上げ、見詰めた。そして、顔を上げる。


「表面の枚数が同じだったらどうするんだ」


 俺は言葉に詰まってしまった。引き分けの場合を考えていなかったのだ。そうか、引き分けになることがあるのか。


「俺の勝ちにしろ。俺はお宅に理不尽な要求を強制されているんだ。俺が有利にあるべきだろ」


 同じ枚数だと傷の男が勝つ、ということは、どうなるのだ。俺は三枚だから、傷の男も三枚だと負けてしまう。確実に勝つゲームを用意したのに俺が負けるパターンが発生するではないか。それはいけない。


「駄目だ。引き分けは引き分け。そんときは、えーっと、どうしよっかな」

「俺の勝ちにするんだ。そうじゃなければ、俺はもうやらん。お宅の我が儘に何でも付き合うと思うな」


 は?我が儘だと。偉そうな口を利かれるとムカつくぜ。


 俺は癖で手に持っている硬貨を上に投げようとしたが、既の所で留まった。うっかりしていた。投げてはいけない。ずっと握り締めておかなければならないのだ。


 何か、もう、交渉するのが面倒になってきた。さっさと始めたい。どうせ傷の男の要求を認めても、俺が勝つ可能性の方が断然高い。なら別にどうでもいい。認めてやるかな。それに相手が勝つ可能性がある方が楽しめるかもしれない。


「分かった。お前の勝ちでいい」


 俺は譲歩したのだが、傷の男はずけずけと要求し続けた。


「あと、俺の勝ちを揉み消せない様な配慮をしてもらう。今のままで勝負して俺が勝ったとしても、構成員に囲まれているから暴力で勝ちをなかったことにされる」

「俺がそんなことするかよ」

「麻雀のときにしただろ」

「おーっと、痛い所を突かれた。あれはお前がニシマツの一員と俺達から七億近く奪おうとしていたからだよ。俺じゃなくてもああするよ、普通」

「普通だろうが何だろうが殺されて堪るか」

「まあ、いい勉強になっただろ。ゴリゴリのギャング相手に博打するときは少額にしときな。七億は駄目だ。見過ごせない。暴力でなかったことにされるし、最悪の場合は殺される」

「今回、俺がマキヤから稼いだのは五千万だぞ」

「ん、だから?」

「そんな大金じゃない」

「大金だよ。金銭感覚どうなってんだ。あと、金なんか超どうでもいい。お前なら幾らでもやるよ」

「え?」


 傷の男の頭の上に疑問符が浮かんだ。俺がその疑問符を解消してやろう。


「何千万でも払うからお前を殺させてくれ。できるだけ敗北感を与えたい。その経験が俺の人生の糧になる」


 俺は少し反省した。今の科白は臭過ぎた。これでは傷の男も冷めてしまうかもしれない。しかし、思いの外、傷の男は明らかにドン引きしてくれた色で首を横に振った。意外と心に響いた様だ。


「駄目だ、お宅は。今の話を聞いて余計にそう感じた。お宅とはまともな会話ができない。もうお宅とは話さない。兎に角、俺の勝ちを保証しろ」


 傷の男と仲良くしたいのに、嫌われてしまった。残念だなあ。


「保証っつっても、どうしろってんだ」

「皆、玄関から離れろ。そして、武装解除しろ。勝った瞬間に俺はここから逃げる。その邪魔をさせない」


 俺は傷の男を殺すつもりでいた。しかし、段々と傷の男が生還しそうになってしまい、この現状をどう捉えるべきか迷っている。気にすることではないのか、それとも何か起きる前にこのまま殺してしまうか。


 実は俺は不必要に焦っている。いつもの俺ならじっくり時間を掛けて判断できたが、今の俺は手の中にダーティーな物を握っており、そのことがバレてはいけない、と勝手に緊張していた。だから早くプレッシャーから解放されたいがために気が急いていたのだ。


 俺は早く勝負を終わらせたい一心で、傷の男の言うことを認めてしまった。


「一々面倒臭え男だな。分かったよ。お前の言うこと聞かねえと何も始まんねえんだろ」

「じゃあここにいるお宅の部下に指示を出してくれ」


 傷の男の言うことを聞くのは気に入らないが、俺は仕方なく手下どもに、玄関の反対側の壁沿いに立て、と命令した。傷の男はその間に机の上の袋をひっくり返して札束をぶち撒けた。


「ここに鉄砲を入れる。勝負の間は俺が預かるが、終わったら返す」

「本当に返すかな」

「俺はギャングじゃない、ただの博徒だ。鉄砲の不法所持なんかしたくない」


 この発言は傷の男の本心だろうか。傷の男は俺達が鉄砲を持っていないことが身の安全に繋がると考えている。ならば、そう簡単に鉄砲を返すだろうか。


 しかし、俺は早く勝負を始めたい。傷の男の勝率は低いのだ、と自分に言い聞かせ、また条件を飲んだ。


「返してくれるんなら鉄砲はいいぜ。だが、グラブは駄目だ。グラブまで渡すと今度は俺達が撃たれるリスクがある」


 傷の男は頷いて立ち上がり、手下どもの方へ行った。鉄砲を携帯している手下どもは馬鹿みたいな顔で正直に鉄砲を袋に入れていく。俺は手下ども内の一人が鉄砲を持っているにも関わらず、持っていないと嘘を吐いて鉄砲を俺達サイドに確保していることを期待している。大丈夫だ。敵に全ての武器を手渡す程、こいつ達は馬鹿ではない。


「勝負は立って行う。俺は玄関を背にさせてもらうからな」


 鉄砲を回収した傷の男が新しい提案をした。色々と言う男だ。


 立って行うことには何の問題もないので、俺は何も言わずに杖を突いて立ち上がった。そのとき、傷の男が思い出したかの様に言った。


「お宅、鉄砲持ってないのか」

「俺?持ってねえよ。鉄砲持つのは法律違反だ」

「・・・信用できない。利き手はどっちだ」

「左利きっぽいね、とよく言われる」

「右だな。調べさせてもらう」


 左手に鉄砲の入った袋を持った傷の男が近付いて来た。傷の男は右手に持った硬貨を胸ポケットに入れて俺の右ポケットに右手を突っ込んだ。俺はポケットの上から触って確認するものだと思っていたので、笑ってしまった。


「おい、乱暴だな」

「何もないな。左は何が入っている」


 傷の男は袋を手首に掛けた左手で俺の左ポケットを指差し、強引な姿勢で俺の左ポケットに左手を突っ込んだ。そして、俺の右ポケットから右手を抜いた。


「何もねえだろ。あ、発炎筒が入ってるか」


 俺の問い掛けに対し、傷の男は左手を抜き、関係ないことで答えた。


「三枚の硬貨は真上に高く投げる。床に着地したときのバウンドが小さかったら、硬貨の比重を細工するだけで表が出易くなることがあるからな」

「は?」


 俺は少し面食らった。他人のポケットに手を突っ込んだと思えば全然違うことを言って、恐いわ。


 しかし、俺は賢い。直ぐに発言の意図を汲めた。俺が鉄砲を持ってないことを確認できた傷の男は要は万全を期すためにルールを追加たいのだ。


「ああ、上に投げればいいのな」

「天井スレスレまでだ。それに相手の硬貨には絶対触れてはいけない。自分の足許に転がってきても拾っちゃ駄目だ」


・・・(※)

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