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2-1.険悪なムード

 大丈夫か、この人。かなり強く打ったみたいだけど。


 先程まで戦っていた相手の従業員は直ぐには立ち上がれない様だった。きっと体を動かすと痛む部分があって立ちたくないのだろう。


 モルヒロは酷い男だ、負けた腹いせに従業員に暴力を振るうなんて。これだからギャングは嫌いなのだ。負けて更に醜態を晒す真似をするな、と言ってやりたい。


「二千負けて五千勝ったから三千だな。帯が切れちまったのもあるから、あんたも拾うの手伝え」


 金を拾うナカセが俺に頼んできた。俺は、ああ、と返事をして金拾いに参加した。


「予定通りに勝てたな」


 ナカセの声は気が抜けていた。


「まあな」

「何だ、不満か」

「三千だからな」

「いいじゃねえか、三千でも。零の可能性もあった訳だし、それに相手が必勝セットを使わない可能性もあったんだぞ。三千万だって」

「おい、余計なこと言うな」


 俺は小声になった。モルヒロに聞かれてほしくないことをナカセが口走ったからだ。俺達は何の予備知識もなくここに来たことになっている。もちろん、手に入れた情報や何度も繰り返したテストから導き出した必勝セットのことも知らない。


 だが、もしモルヒロに実は俺達が前もって色々と情報を仕入れていたことがバレたら、何をしでかすか分からない。今の大暴れでも分かるが、ギャングというものは暴力の衝動を全く抑えない無知無科学なビーストなのだ。暴力を用いた報復をしてくる恐れがある。


 俺は金を拾うために顔を床に向けて手を動かしていたのだが、その視界に黒い革靴が侵入して来た。顔を上げると、それは顔を真っ赤にしたモルヒロだった。


「ナカセ様、今、必勝セットって言いましたよね」


 早速バレた。


「何なんですか、必勝」

「いやいや、違う。気にするな」


 俺はどの様に誤魔化すか必死になって考えた。


「言いましたよね、必勝セットって」

「俺が今、言った。俺が教えたんだ、必勝セットがあるって」

「・・・何で知っているんだ」

「その、ゲーム中に、その、気付いた」


 モルヒロの眉間に皺が寄った。食い縛った白い歯が軋んで揺れている。どうやら怒ってしまった様だ。


「そんな訳があるか」

「いや、ある。俺は特別なんだ」

「特別?」

「素速くシミュレーションできるんだ。トランプの組み合わせで、どれを選ぶとどういうことが起きるか。俺の秘密の特技なんでね」


 モルヒロの瞳孔が小さくなった。更に怒った様だ。


「代打ちさん、人間精密コンピューターか。そんな訳がない。十枚のトランプを頭に残し続けることだけでも大変だ」

「楽勝なんだよ、俺にとっては。お宅には無理だろうがな」

「通用すると思っているのですか」


 モルヒロが丁寧な口調になった。怒り爆発寸前だ。


 さて、どうしたものか。モルヒロは俺の言葉を全く信用していない。俺を拷問して誰から情報を得たか聞き出すつもりかもしれない。となると俺が取るべき行動は、定石通り『逃げるが勝ち』だな。早いとこ金持って逃げよう。


「通用しない」


 モルヒロが俺の胸倉を掴んだ。がっちり掴んでいて振り解けない。これはもう暴力ではないか。


 さすがギャング、喧嘩の経験が多いからか、俺の逃げの気配を察知した様だ。この状態では逃げられない。何か、何か対抗策はないのか。


 考えるのだ。何かある筈だ。


 そして、直ぐに思い付いた、対抗策となり得るある男の存在を。ギャングにはギャング、暴力には暴力、あいつならこの怒っているモルヒロを何とかできるかもしれない。そして気付くと、その男がいつの間にか俺の傍に居た。


「ヤバいぞ、カイライ」


 大きな鞄を持った俺とモルヒロの間に割って入って来てくれた。そう、カノである。カノが来てくれたのだ。助かった。助かったがカノの言う『ヤバい』はモルヒロのことではない様だ。


「ああ、え?」

「あいつが来てる」

「あいつって誰だ」

「フルズの、ほら、丁半のときのあいつだよ」


 丁半のとき?ああ、そういえば丁半やったなあ。懐かしい。あのときデカく稼げたのになあ。丁半のあいつの名前は何だったか、ハセガワだっけ?タドコロみたいな名前だった気もする。


 カノの鞄は重そうだった。その鞄の少し開いたファスナーからは黒光する何かが覗いている。


「ほら、あそこだ。お前、フルズに絡まれたくないんだろ。案内するから来い」


 カノが指差す先を見ると、知っている顔があった。マキヤだ、顔を見て思い出した。マキヤが部下らしき人物を複数人引き連れて俺の方に向かっている。これは嫌な予感しかしない。マキヤから離れるべきだ。ナカセも金を集め終えているので、カノと一緒に逃げるのが得策だろう。


「分かった、行こう」


 こう俺に言われたカノは案内するため歩き出した。俺もカノに続いて行こうとしたが、誰かが俺の腕を引いた。


「待て。話は終わっていない」


 俺の腕を掴んだのはモルヒロだった。


 そうだ、モルヒロが居るのだった。マキヤのことばかり考えていてモルヒロのことを忘れていた。結局、俺はモルヒロをどうすればいいのだ。


「まあまあ、いいじゃないですか。あなたの負けは三千だから、そこまで痛手ではないでしょう」


 引き返して来たカノがモルヒロを宥める。しかし、モルヒロは強情だ。


「関係ない方は下がって頂けますか」

「そう言わずに、ね。ちょっと私達、急いでいるんで」

「そちらの都合は知らん。そもそも」

「どうかなさいましたか、モルヒロさん」


 新しい声がした。追い付かれてしまったか、その声の主はマキヤだ。俺達は周りをフルズに囲まれてしまっている。最悪だ。逃げられなかった。


「何でマキヤさんが居るんですか」

「この男をお借りしてもよろしいですか」


 どうやら二人は知り合いらしいが、このマキヤの発言によって、二人の間に険悪なムードが発生した。


「・・・それは無理です。私はこの男に用がある」

「この様子から察するに、博打は終わっている様ですが、この男に何の用があるのでしょうか。不正でもされたのですか」

「その可能性は十分あります」

「確固たる証拠がないのなら私がこの男をお借りしましょう。もちろん、証拠が出たときには直ぐにお返しさせて頂きます」

「何だと」


 次第に一触即発の色が見えてきた。双方とも俺を欲しがり、言い争っている。この『私のために争うのは止めて!』シチュのバリエーションが俺に訪れるとは思ってもいなかった。


「なあ、僕はもう帰るから」


 ナカセが俺に耳打ちしてきた。


「僕の取り分の八百万を引いた一億二千二百万、ここに置いてあるから」

「そ、そうか」

「じゃあ、気を付けろよ。あんたも早くここから退散した方がいい」


 いや、気を付けろと言われても。それって何か、俺のことを見捨てている様な気がするのだが。そもそもお前が余計なことを口走るからこうなったのでは?


 そのままナカセはさっさと帰る準備をして出入り口の方へ消えていった、この俺を残して。俺は依然として中ゼミの賭場内でフルズに包囲されている。


「いいか、俺達の関係は今までと違う。ポイントナインに青息吐息にされてる様なフルズに、もうデカい顔はさせねえ」

「モルヒロさん、何の話をしているのですか」

「急にやって来たお前が横槍を入れるな」

「この男は我々が探していた人物なのです。是非とも渡して頂きたい」

「いいか。横槍を、入れるな」


 二人は言い争いを続けている。ナカセが帰ったことにも気付いてない様だ。それ程に熱中している。


 ・・・そうか。よし、助かった。これで無事に帰れる。


 モルヒロとマキヤに狙われたのは致命的だったが、二人が敵対しているお陰でナカセが帰れる隙が生まれるというアドバンテージを得た。これを利用すれば俺は解放される。


「兎に角、お前らフルズはとっとと立ち去れ」

「なあ、いいかな」


 俺は会話に割って入った。


「悪いがお宅らが話し込んでいる間、仲間に通報に行ってもらった。お宅らが警察と揉めても構わないが、俺は面倒は御免だ。帰らせてもらう」


 モルヒロは怪訝な顔を俺に向けて言った。


「何を言う。ここは認可済みの賭場だ」

「賭場じゃねえよ」


 俺はカノの鞄を指差した。


「あれだ」


 マキヤとモルヒロは同時に体の重心を動かし、俺から視線を外した。どうやら正鵠を射た指摘をできた様だ。だが、警察を呼ばれて鞄を調べられると困るのはこの二人だけではなくもう一人居る。そのもう一人が俺に文句を言ってきた。


「おい、カイライ。お前、俺はどうすんだよ」

「悪いな、カノさん。お宅も早いとこ逃げてくれ。直ぐに警察が来る」

「マジかよ。ややこしいことになったな」


 俺はズボンのポケットからポリエステルの袋を取り出してしゃがみ、床に置いてある金を拾って入れた。ナカセに八百万を持っていかれたので今日の儲けは二千二百万だ。ここから必要経費や借金した分の利子が引かれるので実際の儲けはもっと少ない。


 半年以上も大勝負ができる場所を探し、半年以上も対策を練ってきた。次に大勝負ができるのはいつになるのか分からないので、もう少し稼いでおきたかった。五千万以上は稼ぐつもりだった。だが、仕方がない。もう勝負は終わっている。


 俺は金を入れ終え、立ち上がり、帰ろうとした。だが、マキヤが俺を呼び止めた。


・・・(※)

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