表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/146

1-6.セレクトポーカー

「は、代打ちですか」

「そうです。モルヒロさんの提示するルールを全て受け入れるので、僕の代打ちも認めて頂ければ」


 俺はナカセ氏の後ろに居るマスクの男を見た。俺はこの賭場にいつも居る訳ではないので、この男がここを利用したことがあるのか、この男の実力がどれ程なのか、全く分からない。しかし、俺が負けることはない。誰が相手だろうと意味のないことよ。俺達は不正をせずに勝つ術を持っている。


「分かりました、認めます。では、壇上へどうぞ」


 俺はナカセ氏とマスクの男を先導し、マスクの男が座る席を引いた。マスクの男は自信満々で代打ちを引き受けたのだろうか、肩で風を切って付いて来る、絶対に勝てないと知らずに。


 俺達が壇上に上がったので、賭場内の客が大勝負を察し、周りに集まってきた。この客達は俺達のする勝負を見たことを外の人間に自慢して回る。それによってこの賭場がより有名になる。そういった面でもこのポーカーは利益をもたらしてくれるのだ。


 マスクの男とウチの従業員が向かい合って座った。俺はポケットからカードケースを出し、マスクの男に渡した。


「お調べ下さい」


 マスクの男はケースからトランプを取り出した。このトランプは今回のポーカーのための特別仕様になっている。


 トランプは全五十二枚、ジョーカーはない。数字が書いてある表面は至って普通だが、特徴があるのは裏面、通常と違い四種類ある。スペードの十三枚の裏は赤のベタ塗り、ハートの裏は青の格子、クローバーの裏は緑の複雑な模様、ダイヤの裏は黄色のベタ塗りで上下に『TRICYCLE』と書かれている。四つの模様全てに天地はない。


 つまり、このトランプは裏面からマークを判断できる仕様になっている。だが、それ以外の点では幾ら調べても一切おかしい所はない。実際に不正はないからだ。不正などしなくても確実に勝てる。


 俺は、マスクの男がトランプをテキトーに調べている間に従業員の後ろに回り、耳許でこう囁いた。


「ずっと4で行け」


 従業員は幽かに頷いた。


 俺は普段なら枚数の指定は現場の判断に任せているのだが、今回はいつもと違う。このマスクの男が少し不気味だ。俺は勝ちを確信しているのに奴から発せられる不気味なオーラに自分が圧倒されそうな気がしているのだ。そこで念のため、こちらも不気味な手段を取ることにしたという訳である。


 耳打ち直後、俺は視線を感じた。はっとして前を向いたが、マスクの男は手許のトランプに視線を遣っている。気のせいだったのか。まあいい。仮に耳打ちを見られていたとしても何も問題はない。


 俺は体勢を直し、マスクの男の後ろに立つナカセ氏に向かって言った。


「よろしかったらナカセ様もお調べになられたらいかがですか」


 ナカセ氏はマスクの男が持つトランプから俺に視線を移し、手を振りながら、いいです、と俺の提案を断った。俺は、そうですか、と返事をしてマスクの男を見る。


「そのトランプでよろしかったら、四回戦勝負の初戦、早速ですが始めましょう。十枚のトランプを」

「あ、ちょっと」


 俺のゲーム開始宣言をナカセ氏が遮った。一体何を言うことがまだあろうか。


「金は、まだ用意してもらえませんか」


 ナカセ氏が申し訳なさそうに言ったのだが、俺はそう言われて瞬時に自分の失態を認めた。大事なことをすっかり忘れていたのだ。


「そうでした、申し訳ありません。直ぐにお持ち致します」


 恥を掻いてしまった。何て無能だ。ナカセ氏の土地等を今日、現金化すると約束していたのに忘れていた。慌てているからこうなる。


 俺は部下の従業員に合図を送って金を取りに行かせた。金は既に裏に用意してあるので直ぐに持って来れる。別の従業員にはリマインド不足の罰として軽く叩いた。上司のミスは部下が防がないといけない。でないと、何のための部下なのだ。


 従業員が一億両の札束の塊を持って来ると、群衆が色めき立った。マスクの男の前にその一億を置き、従業員は下がった。


「お待たせしました。それでは始めましょう」


 ウチの従業員とマスクの男が共に一千万を卓の中央に置き、勝負が始まった。


 俺はナカセ氏がわざわざ用意したこの不気味なマスクの男に一つだけ不安を抱いていた。それはこの短時間でこのポーカーの必勝法を見抜く可能性だ。もし見抜いているとしたら、その必勝法をマスクの男がこの初戦から使ってくる筈だ。先程はその可能性は低過ぎると無視したが、いざ勝負が始まると、その低い可能性が俺の心に影を掛けてくる。


 マスクの男が両手の間にトランプを広げ、一枚ずつ卓に置いていった。赤、青、緑がそれぞれ二枚、黄色が四枚置かれた(この時点でほぼほぼマスクの男は見抜けてないと思うのだが、まだ確定ではない)。そして、積み重なった十枚のトランプの束を、対戦相手であるウチの従業員に渡し、その従業員が表面を見ずに混ぜた。混ぜられた束の上から一枚ずつ従業員、マスクの男の順に配っていき、それぞれの手許に五枚の裏向きのトランプが並べられた。これが手札である。


 ウチの従業員の手札の内訳は緑が二枚に黄色が三枚、マスクの男は赤と青が二枚ずつに黄色が一枚だった。


「俺のだ」


 マスクの男が言った。


「4です」


 今度はウチの従業員が俺の指示通りに言った。ここでは1以上4以下の数字を言う。


 その発言を契機にマスクの男が自分の手札から赤一枚、青二枚、黄色一枚をウチの従業員の方へ放った。それに対し、ウチの従業員は緑一枚、黄色三枚をマスクの男に差し出す。これで手続きは全て終わりだ。


 さあ、どうなる。このマスクの男の実力が本物なら、こちらサイドが負ける筈だ。お前の力を見せてくれ。


 マスクの男が手札をひっくり返した。役ができている。3のワンペアだ。


 何だと。ワンペアができている。まさか、この男、本当に勝つのか。


 ウチの従業員もトランプをひっくり返した。ワンペアである。4のワンペア。マスクの男を上回る役だ。それを見たナカセ氏が深く溜め息を吐いた。マスクの男はポーカーフェイスを保っている。


 俺の予想に反してマスクの男は負けた。何か、普通に負けた。俺が不気味に感じたのは気のせいだったのか。俺はこの男を買い被り過ぎていたか。もしかすると、マスクの男はただの少しだけ博打が強い人なだけかもしれない。


 とはいえ、これでマスクの男の実力が測れたとは言えない。なぜなら一回戦の賭け金はたったの一千万だからだ。二回戦、三回戦、四回戦の賭け金はそれぞれ一千万、三千万、五千万であるため、一回戦の勝ち負けなど価値が低い。重要なのは四回戦だ。四回戦で勝てば必ず赤字にはならない。そうなるように設定した。今回はナカセ氏が簡単に認めてくれたが、仮に猛反発されていたとしても、四回戦の賭け金を五千万にすることに関しては絶対に折れていなかった。


 もちろん、このマスクの男もそのことを分かっているだろう。俺は四回戦が終わるまで集中を切ってはいけない。


 ウチの従業員は既にトランプを集めて十枚を抜き出しており、その十枚をマスクの男が混ぜ、それぞれに手札を配っていた。マスクの男は赤が三枚に緑と黄色が一枚ずつ、ウチの従業員は赤と青が一枚ずつに緑が三枚だ。


 俺が前以て従業員に選ぶ様に指示したこの十枚の構成は相手の心に疑心暗鬼の霧を掛けるものになっている。赤と緑が四枚ずつあるのに対して、青と黄色は一枚ずつしかない。まるで青と黄色を集めると確実にワンペアができ、それ以外の八枚は何の意味もないトランプに見える。しかし、それはあからさま過ぎだ。そこに罠が張ってある様に見えるだろう。だが、今回は陳ねたことをさせてもらった。この十枚で役ができるのは青と黄色を集めた場合のみ、あからさまなことをそのまま何の手も加えずにやっている。マスクの男よ、これを読み切れるか。


 ウチの従業員のマスクの男の手札を指定する発言に対し、マスクの男が答えた。


「2だ」


 マスクの男は自信に満ち溢れていた。何だ、この男は。なぜ自信があるのだ。自分の判断を確信するだけの理由があるのか。それとも馬鹿なのか。この男が考えていることが分からない。底の見えぬ男だ。


 ウチの従業員が、マスクの男の手札にある緑と黄色を取り上げた。これで今の段階でウチの従業員の手札に青と黄色が揃うことになる。まるでペアを確定させている様だ(実際にそうなのだが)。マスクの男はウチの従業員が取り上げた緑と黄色のトランプを指定できないので、この青と黄色のペアを解消させるためには、青を含めた二枚を取り上げないといけない。


 さあ、どうする。この挑発を受けるか否か。お前はどう動くのだ。


 マスクの男は長考した。そして、赤と緑を取り上げた。ウチの従業員の手札に青と黄色のペアを残すことにしたのだ。


 え、普通に残したぞ。青と黄色はペアになっていないと判断したのか。うーん、どう考えればいいのだ。


 二人が手札をひっくり返した。もちろん、マスクの男はブタで、ウチの従業員はAのワンペアだ。再び俺の勝利。これで合計二千万勝ったことになる。思惑通りの二連勝だ。


 この男、大したことないな。全く手応えが感じられない。ナカセ氏がわざわざ連れて来るものだから相当な実力者だと勘違いしてしまった。この感じだと何の問題もなく四連勝できそうだ。


 それぞれが手札を回収している。そのとき、ホールから別の従業員が俺に声を掛けてきた。


「モルヒロさん、ちょっと、トラップから伝言です」


 その従業員はそれ以上は言わなかった。その伝言とやらは大っぴらには言い難い内容なのだろう。


「申し訳ありません。少々お待ちください」


 俺はそうマスクの男に告げ、壇上から降りた。そのまま人の集まってない所へ進み、その従業員も俺の許へやって来た。


「どうした」

「よく分かんないんですけど、対戦相手の男のマスクの下に何があるか調べろって言われました」

「何でだ」

「さあ、それ以上は何も言われなかったですね。なんかフルズの方が調べてほしいらしいです」

「あん、フルズだと。そういうことはちゃんと確認しろよ」


 俺は従業員の頭を叩いた。従業員は慄いて、すいません、と謝る。


 なぜフルズが出てくるのだ。フルズはマスクの男のことを気にしているのか。何のために。まあいい、面倒ごとにしたくないから調べさせてもらうか。


 俺は壇上に戻りながらフルズに思いを巡らせていた。フルズは、俺がギャングになったときには大した組織ではなかったのだが、それが急に台頭してきて、今になってもその勢いは衰えず、俺達は殆ど言いなりになっている状態だ。しかし、頂点に立ち続けれる者など居ない様に、フルズもずっと調子に乗って好き勝手することはできない。いや、させない。俺達はお前達を潰すつもりだ。積年の恨みを晴らす。もちろん、俺達だけの力では無理だがな。


 マスクの男の傍に立った俺はできるだけ優しい口調で言った。


「お客様、マスクを外して頂けますか」


 マスクの男は座り直して壁の方へ視線を遣った。明らかに嫌そうだ。この男の感情表現は初めて見る。


「申し訳ありませんがセキュリティーの都合上、お客様の顔の確認が必要になりまして、お手数ですがマスクを取って頂けませんか」


 マスクの男は中々動こうとしない。その様子を見たナカセ氏が俺に向かって何か言おうとしたが、丁度そのとき、マスクの男が渋々マスクを外した。マスクの下の顔、取り立ててどうということのない顔だ。ギャングの様には見えない。敢えて何か特徴を見出すのなら頬にある傷だ。


「ありがとうございます」


 俺は、もうマスクをしていいですよ、というつもりで言ったのだが、男はマスクを外したままで、再び付けようとしない。別に俺としては付けても付けなくてもどちらでもいいが。


 フルズの連中に一応傷のことを連絡しておこう。俺は壇上から先程の従業員に向かって傷の男からは見えない様に自分の頬を指先でなぞった。その従業員は、俺のジェスチャーの意味を理解して頷き、バックヤードの方へ消えていった。


 俺は傷の男の方へ向き直り、言った。


「お待たせしました。それでは勝負を再開しましょう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ