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1-5.狂人、車撥ねる

「サービスエリアに入れ。電話する」

「あ、はい」


 俺はウインカーを出し、サービスエリアに続く線に入った。駐車場に乗り入れ、建物に近い場所を選び、停車する。


「電話はどこだ。早く向こうの状況を知りたい」


 そう言ってあんちゃんは車から降りた。俺も急いでシートベルトを外し、あんちゃんを追った。あんちゃんは杖を突きながらの歩行なのに速い。


 あんちゃんは凄い速さで駐車場を横断したため、車が通る道に飛び出す形となり、黒い軽自動車に撥ねられた。え、は、撥ねられた。


「あんちゃん」


 車の運転席から老人がゆっくりと出て来たが、あんちゃんは何ともなかったかの様に起き上がって歩き出した。え、あ、歩き出した。


「大丈夫。柔道やってたから」

「あんちゃん」


 老人は歩いて行くあんちゃんを見届けると、運転席に戻り、車の運転を再開した。え、さ、再開した。


「おい、ご老人」


 行っちまったぞ。轢き逃げだろ、これ。いい、いいのかな、放っておいて。まあ、あんちゃんも無視してるし、いいか。それより、あんちゃんは無事なのか。怪我はしてないのか。もしかすると駐車場であったため車もゆっくりで、受け身さえ取れれば大したダメージではなかったのかもしれない。でも、撥ねられたのに平気なのか。


 結局、あんちゃんが先に公衆電話の所に辿り着き、俺を待ち構える形になった。俺は公衆電話の所に着くや否やあんちゃんから受話器を渡されたので、金を入れ、ダイヤルを回そうとした。あんちゃんの具合を聞きたいのだが、電話が先なのか。しかし、そのときに電話番号ノートを持って来ていないことを思い出した。


 あんちゃんは俺がノートを忘れたことに気付いていない。もし電話番号が分からないことを白状したら、俺はどやされ、殴られるだろう。俺はそうならない様に前に中ゼミのトラップに電話を掛けたときのことを必死に思い出し、無理矢理引き摺り出した記憶を基にダイヤルを回してみた。


 プルルルル、という音が受話器から聞こえた。どこかしらには繋がった様だ。頼む、中ゼミに繋がれ。


「はい、中央ゼミナール」


 やった、繋がった。ナイスプレー!


「もしもし、フルズのダイオと申します」

「ダイオさん、ああ、フルズの」

「マキヤに代わってもらえますか」

「承知しました」


 受話器の奥から、マキヤさん、と小さく聞こえた。そして、相手側の受話器の受け渡しの際に発生するガサゴソ音の後、マキヤが出た。


「はい、俺だ。どうした」

「お前は今、どんな状況だ」

「お巡りが来てな、そんで取り引き場所が変更になった。どうやら、お巡りが中ゼミを裏切ったらしい」

「そうか。取り引きはちゃんとできるんだよな」

「場所が中ゼミの賭場に変更になっただけだ」


 俺は、待ってろ、とマキヤに言い、あんちゃんに取り引き場所の変更を伝えた。


「賭場?」

「中ゼミのトラップから車で二十から三十分の所に賭場がありますね。俺、行ったことありますよ」

「賭場、賭場、とばとばとばとば、とな。賭場はどんな状況なんだ。調べさせろ」


 俺は頷き、受話器を耳に当てた。


「おい、マキヤ」

「ああ」

「賭場はどんな状況なんだ」

「さあな。中ゼミの旦那方が賭場っつってんだから安全なんじゃねえのか」

「いや、そういうことじゃなくてだな、もっと厳密な情報をくれよ」

「何でそんなこと知りたいんだ」

「俺じゃなくて、あんちゃんが知りたいんだよ」


 マキヤが嫌そうな声色で、え、と言った。


「兄貴、そこに居らしてるのか」

「ああ、居」

「居るぜ!さっさと調べろボケ!」


 あんちゃんが自分の話題になったことを察してマキヤを大声で脅した。相変わらずの地獄耳だ。今の会話が聞こえていたのだろうか。


 電話に集中を戻すと何も聞こえなくなっていた。マキヤは既に調べ始めた様だ。


「調べに行きました。ちょっと待って下さい」


 あんちゃんは何も反応せず、遠くの一点を見続けていた。俺もそこを見てみたが、別に何もない。


「・・・オ、おい、ダイオ」

「ん、あ、はいはい」


 いつの間にかマキヤが電話口に戻っていた。随分と早いな。


「どうだって」

「基本的には通常通り営業していて、取り引きはバックヤードの事務所を使う。客足はいつもより少し多いくらいだが、出入り口で不審者が侵入しないようにチェックしてるらしい」

「分かった」

「お前、どのトラップから掛けてんだ。何か騒がしいけど」

「ああ、今、サービスエリアに居る。ちょっと待ってろ」


 俺はあんちゃんに賭場の状況を伝えた。俺はマキヤの報告に何の不満もないのだが、あんちゃんには何かが引っ掛かった様だった。


「何だ、その基本的に通常通りって。基本的じゃないことがあったら駄目だろ。ちょっと代われ」


 あんちゃんが手を出したので、その手に受話器を置いた。俺は電話の正面から一歩横に移動し、あんちゃんにそこを譲ったが、あんちゃんは動かなかった。


「おう、久し振りだな、マキヤ。てめえ、こんな簡単なお使い任務ですら手子摺ってんのか。うん、うん、うん、うん。あ、ふーん、へえ、何だ、お前は俺に意見すんのか。お前も偉、うんうん、うん。いや、そんなことどうでもいいんだよ。んで、基本的には通常通りって何だ。うん、うん、うん。それってサシ勝負ってことか。うん。え?うん。相手って誰だ。うん、うん、うん。何、俺に言ってんの。違うの。うん、うん。マスク、プロレスのか。ああ、風邪のときのヤツか。うん、うん、そうか。成る程ね。じゃあ、マスク外して顔を確認させろ。傷があるかどうか聞け。うん、うん、知るか。緊急事態だとでも言えや。そうだよ。なる早でな。・・・・・・まだ?うん。・・・・・・どう、まだ?うん。・・・・・・おう、どうだった。まだ?うん。・・・・・・うん、うん、うんうんうんうんうんうんうん!そうかそうか。そうだったのか。あー、はいはいはい、やっぱり何かあると思ったぜ。ふふふふふふふふ、ヘーイ、マキヤ、俺がそっちに着くまでそいつを足止めしてろ。直ぐ着くからな。絶対に逃すなよ、いいな。逃したらタダじゃおかねえ」


 あんちゃんが電話を切った。あんちゃんの電話中、俺は先程の中ゼミの番号を忘れない様に手帳にメモしていた。一体あんちゃんは何を話していたのだろう。


「ダイオ、スピード上げるぞ」


 あんちゃんが杖を突きながら早歩きで車の方へ向かっていった。軽やかな足取りだ。向こうで嬉しいことでも待っているのだろうか。


「あんちゃん、車に撥ねられてたけど大丈夫なんですか」

「知らねえ」

「え、ちょっと。あ、危ない」


 またあんちゃんが車に撥ねられそうになった、今回は車が直前で止まってくれたが。それなのにあんちゃんは車に目もくれず突き進む。俺も早歩きで車へ向かった。あんちゃんにとって道で車がぶつかってくるのは、俺達にとって道でビラ配りの腕が急に伸びてくる程度のものなのだろうか。

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