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1-3.街や博打の支配

 信号が赤になったので車を停めた。あんちゃんは夜で誰も居ないのだから無視しろと言うが、万が一にも誰かに見られ、お巡りにパクられでもしたらリアシートにある鞄をどう弁解すればいいのか、そこら辺をしっかりあんちゃんに考えてほしい。ギャングであればギャングである程、交通規則遵守の精神が必要なのだ。


 信号が青になった。


「マキヤも儲けてる様だな」


 あんちゃんがいつの間に拾った賽子を弄りながら言った。


「新しく賭場を作ったんだろ」

「丁半博打のですよね」

「そうなのか。よく知らねえけど」

「順調らしいですよ」

「順調ね。順調なとき程、予期しないことが起こるもんだ。マキヤに気を引き締める様に言っとけ」

「あ、そうですか。分かりました」


 俺は今まであんちゃんの勘が当たることを何回も体感してきた。きっとマキヤの賭場で何かよからぬことを仕掛ける者が現れるのだろうな。


「その賭場って前に言ってた物件か」

「はい、そうですよ」

「買えたのか」

「買えました」

「前はライバルが居るって言ってたけど」

「ああ、撤退しましたよ」

「何で」

「若い奴使って物件の価値落としたんですよ」

「何だ、嫌がらせしたのか」

「まあ、そうです」

「おっかねえな。お前の博打はどうなんだ。たまに客呼んでやってんだろ」

「ええ、ぼちぼちやってますよ」

「イカサマやってんだろ」

「まあまあまあ」

「濁してんじゃねえ。ズルして勝って楽しいか。でも、そういうのって、いいよな」


 俺はふとあんちゃんの方を見てみると、あんちゃんはグラブを嵌め出していた。なぜその様な物騒なことをするのかあんちゃんに問い質してみる。


「何してんすか」

「いや、何か、さっきのホームレスが気になってな。あいつら、名俳優だったのかもしれねえぞ」

「俳優?」


 交差点に差し掛かると信号が赤になったので停車した。俺はあんちゃんの発言の意図を考えていたのだが、そのとき、この道路と直角に交わる方の道路に一台の青い車がやって来て、交差点で停車した。こっちの道路が赤なのだからあっちの道路は青の筈だ。信号を確認するとやはりそうだった。他に車は居ない。何をやっているのだ、あの車は。


「ダイオ、行け」

「え、赤ですよ」

「おい、いつも言ってんだろ。怪しい奴が居たらそいつは、何だった」

「・・・間違いなく犯罪者」

「そう。あの車のターゲットは俺達だ。早くしないと殺されるぞ」


 俺は唾を飲み込んだ。あんちゃんの話は十分にあり得る。どこかの敵対組織があんちゃんを殺すために殺し屋を送り込んだのかもしれない。


 考えるより先に行動しよう。俺は思い切りアクセルを踏んだ。しかし、焦りの余りブレーキペダルから足を外すのを忘れていた。俺は大慌てでペダルから足を離すと、車が急加速したため、体がシートに押し付けられる。


「うお、危険運転だぞ」


 赤信号を無視して突っ走ると、例の車の中が一瞬見えたのだが、如何にも筋者といった顔の連中だった。そして、その車は直ぐ様、猛スピードで俺達の追跡を開始した。あんちゃんの言う通りだ。俺達を狙っている。


「スリップしない程度に蛇行しろ。あと、できるだけ頭下げてろ」


 そういうとあんちゃんは窓を開け、アシストグリップを掴みながら身を乗り出した。手には鉄砲を握っている。


 頭下げろって、まさか、あいつら、俺達を撃つ気なのか。やばいぞ。


 俺はあんちゃんの指示に従い、頭を下げて車を蛇行させた。その直後に、車の後方から発砲音が続き出し、そのうちの一発が運転席のドアミラーに当たった。あいつら、マジに撃ってきやがった。あんちゃん、何とかして下さいよ。


 そのあんちゃんは窓から身を乗り出したまま何もしない。余りにも何もしないのでそろそろ俺が注意しようかなと思った矢先、あんちゃんの方が一度だけ明るく光った。


 後方からタイヤが壮絶な悲鳴を上げる。音から察するに後ろの車はバランスを失い、回転している様だ。そして、音は段々と遠ざかっていき、映画でしか聞いたことのない様な塊同士の衝突音を最後に車の気配がなくなった。


 あんちゃんがやったのか。たった一発で後ろの車を無力化したのか。何て人だ。凄いな、あんちゃん。


「早く戻れ」


 車内の元の位置に戻ったあんちゃんが言った。


「え、戻るんですか」

「早くしろ。他に車居ねえんだから簡単にUターンできんだろ」


 俺は殺し屋からできるだけ離れたかったがあんちゃんには逆らえない。車を減速させてハンドルを切った。すると、煙を上げる青い塊が少し遠くに見えた。俺はスピードを上げて近付き、程よい距離感を保って停車した。青い塊は息を漏らしている様な音を立てている。


「一人連れて来い。あ、死んだ振りしてるかもしれないから、ちゃんと死体の頭に一発撃っとけよ」


 あんちゃんが気楽に発した言葉は俺にとって衝撃発言だった。あの塊には生きている殺し屋が居るかもしれないのに俺に近付けと言っているのだ。


「え、俺が行くんですか」

「お前、俺の雑用係だろ。いいから、あー、やっぱいいや。お前は全く戦闘向きじゃないからな。付いて来い」


 そう言ってあんちゃんはドアを開けた。俺は、はあ、助かった、と心の中で呟き、車を降りた。


 あんちゃんはこれでも優しくなった、今でも十分厳しいが。ドラッグをやってた頃のあんちゃんだったら間違いなく俺を一人で行かせていただろう。本当にドラッグをやめてくれて助かったな(ドラッグはやめれない物だと思っていたが)。


 鉄砲を持つあんちゃんは青い塊に向かって杖を突きながら歩き出した。俺はあんちゃんより圧倒的に遅く、且つ、その遅さがあんちゃんにバレない様に歩く。これで殺し屋達に必要以上に近付かずに済む。


 あんちゃんは割れて殆ど白くなったフロントガラスから塊の中を覗き込むと、当たり前の様に三発のマメを放った。俺は慌てて周りを確認する。野次馬は居ない様だが、誰がどこで見てるかなど分かりっこない。この様に顔を堂々と出している所で犯罪行為を働かない方がいいと思うのだが、まあ、状況が状況なだけに仕方ないか。


「後ろの手前側の奴、引き摺り出せ」

「それ以外の奴はどうなってるんですか」

「今、頭を撃ったから大丈夫だよ」

「元々死んでたんですか」

「いや、動いてたよ。凄いよな、こんなことになっても生き残るって。でも、こんなクズ、取り柄といったらタフネスだけか」

「ああ、はい」


 俺は注意しながら青い塊に向かった。本当にあんちゃんは恐ろしい人だ。頼り甲斐もあるのだが、それと同時に恐ろしい。誰もこの人に逆らわなくなる訳だ。


 俺が曲がって開かなくなったドアに四苦八苦していると、あんちゃんが、あ、と声を漏らした。


「やべ、車の中にドラッグ置いたまんまだった。見張んないといけねえ」


 そう笑ってあんちゃんは車に向かった。夜の街の誰も居ない道路の真ん中を歩くあんちゃんの姿は、まるでこの街の所有者の様だった。


 

 ✳︎


 

 傷の男の隣には、先程の勝負で俺の次に勝っていた一番奥の眼鏡の男が座った。どうやらこの二人の勝負になるらしい。フルズの連中は穏やかならぬ視線を俺達に送っている。きっと俺達の存在が疎ましいのだ。


 その瞬間、俺は違和感を思い出した。ここが丁半の賭場と知ったときに抱いた違和感、あと、博打をしているに抱いた違和感を。そして、今も違和感を抱いている。


 今の違和感、その正体は分かっていた。それは連中の視線、必要以上に冷たい視線だ。


 ルール上、フルズは得も損もしない。客同士でしか金の遣り取りはないのだから。フルズは全くのノータッチだ。


 それは傷の男と眼鏡の男の勝負とて同じだろう。フルズはプラスマイナスゼロだ。連中にとって勝負は、この賭場の利益と何の関係もないものなのだ。


 なのに、お前達が居ると都合が悪い、というメッセージを感じざるを得ない視線は一体何だ。なぜ連中はこの勝負を内分に済ませたい。俺達が見てたってよいではないか。


 次に、フルズは得も損もしない、つまり丁半なのに利用料も手数料も無料、というルールもおかしい。不条理だ。


 なぜフルズは賭場を開いたのに利益を上げようとしない。ギャング集団なのに地域住民に憩いの場を提供できればそれでいい、という考えなのか。その様な訳があるまい。これが最初に抱いた違和感の正体だ。


 そして最後に、俺の勝負中に抱いた違和感、それはいつも壺の中で賽子が二つとも客側に寄っていたこと。付随して、その偏りを悟られない様に、壺振りが壺を開ける瞬間、壺を客側にずらしてから持ち上げていたこと(そうすることによって賽子が壺の真ん中辺りにあった様に見える)。これもおかしい。


 ・・・。俺は今、面白い妄想をしている。イカサマを密告した通報者の正体は目の前に居る傷の男、そして、実はその通報の内容は正しかった。傷の男はイカサマを見抜いた。そのせいで、これよりフルズから灸を据えられることになる。ということは、眼鏡の男もフルズの一味ということになるな。


 だが、しかし、傷の男は黙っていない。灸を据えられるどころか、逆にフルズから金を毟り取る計画を実行しようとしている。


 ずっと傷の男は賭場の前で張り込み、俺達が来るのを待っていたのだ。そして今日、明かに堅気ではない男達、つまり俺達が賭場に入っていく様子を目撃する。そして、俺達とわざと鉢合い、立ち会い人にする。なぜなら俺達が必要なのだ、勝ちを確保するために。


 もしこの妄想が現実であったら・・・、若、本当に面白いものが見れますよ。


 一体どのようなイカサマが行われるのか。床に穴を開けて賽子の目を操作するイカサマか、壺の口に糸を張って賽子を回転させるイカサマか。それとも、壺振りが特殊な訓練を積んでいて賽子の出目を自由に操れるのか。いや、その様な訳ないか。


 勝負はまだ始まらない。白いラインの男達が、傷の男に包囲網を貼るため、バックヤードからわらわらと出て来る。最後に出てきた男の手には札束が握られていた。

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