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1-2.誘い

(※)・・・


「赤札は全部で十二枚で合ってますか」


 僕は喜びの感情を抑え、落ち着いた口調で、そうです、と答えた。オールイン勝負に付き合ってくれる様だ。


 背広の男が木札を次々と取り出していく。その様子に対し、おお、と声を漏らす見物客も居た。最後に背広の男が黒札を纏めて卓の上に落とす様に置き、賭け金操作の時間が終わった。


 よし、オールインを達成できた。オールインに付いてきてくれる者は中々居ないから実に喜ばしいことだ。あとは背広の男の手札次第だが、ここまではあいつの要望通りにできている。きっと満足してくれるだろう。


 今度は手札開示の時間だ。先ずは僕から。卓の上の手札をひっくり返す。役はAのスリーカード。かなり強い手だが、背広の男の勢いから察すれば、大丈夫な筈だ。


 次に背広の男が手札を明かすために指を伸ばした。勝負が決する緊張の瞬間だ。背広の男がぱたっとひっくり返したのは『♠︎7・♡3』だった。共有札の『♠︎6・♡5・♡4』と合わせると、役はストレート、僕のAのスリーカードを上回る手である。


 見物客から歓声が湧いた。僕の強い役を見た後に、背広の男の更に強い役を見たものだから、逆転ホームランの様に感じたのだろう。


 僕は卓を握り拳で叩き、頭を抱えた。この賭場でコツコツ負け続け、約半年で八百万程のマイナスになっている。髪の毛を掻き毟った後、席を立った。背広の男は札繰りに儲けの一部を渡していた。


 締めのポーカーを終えたので賭場を出ようとしたのだが、出口まであと少しの所で従業員を引き連れたある男が話し掛けて僕を止めた。


「惜しかったですね。ナカセ様の判断は間違ってなかったと思いますよ」


 僕はその男を見た。その男の髪型はオールバックで太い眉が黒目がちの目に接近している。エラが張っており、口許で光っているのは真っ白い歯、そして、いい肩幅だ。その男が先程の勝負の批評をしてきた。それにしてもいい肩幅だ。


「最初の段階でナカセ様の役はブタだった。しかし、ナカセ様はその磨かれた勘でAを予知し、最後までにドンピシャでAのスリーカードをお作りになられた。そうだというのに、もう一人のお客様の手札が最初からストレートで確定していただなんて、何と申しますか、不運でしたね。ただ、実力で勝っていたのはナカセ様です」


 僕は自分の胸の高まりを感じた。この男、僕を誘ってくるかもしれない、待望の勝負に。しかし、ここでがっついてはいけない。僕は何も知らないことになっている。惚けながら話を進めなくてはならない。


「あの、あなたは」

「申し遅れました。私、この賭場の長を務めております、モルヒロと申します」


 もちろん、僕はこの男のことを知っている。なぜならこの男から誘われるのをずっと心待ちにしていたからだ。


「モルヒロさんですか。僕に何か」

「ナカセ様はいつも最後にポーカーをやられているそうですが、他の博打よりもポーカーがお好きなのですか」

「まあ、そうですね。ポーカーが一番かな」

「そうですか。それはよかった。実は我々、お客様にレートの高いポーカー勝負をときどきご紹介させて頂いているんです。ほら、あの壇上でポーカーをやっている所をご覧になったことはありませんか」


 モルヒロは高さ二十センチ程の壇の上にある卓を指差した。


「あそこで特別なポーカーをやらせて頂いてます。ご興味はおありですか?」


 営業スマイルでモルヒロが言う。


 きた!本当に誘ってきた。半年も誘われないからもう無理かと思っていたが、あいつの言う通り辛抱強く負け続けてきた甲斐があった。この誘い、確実にものにする。僕は素っ気ない態度を取った。


「ああ、たまに何かやってるなとは思っていましたけどポーカーだったんですね。へえ。そちらの従業員とサシでやるんですか」

「その通りです」

「賭け金は?」


 モルヒロは白い歯を光らせながら指を一本立てた。


「一千万両はいかがでしょうか」

「一千万?」


 僕は驚いた振りをしたが、実際は一千万勝負を持ち掛けてくることは知っていた。そういった情報は中ゼミの末端構成員を買収して、前もって教えてもらっている。だが、相手はギャングなので、そのことがバレると面倒なことになるだろう。あくまでも初めて聞いた体を貫く。


「一千万か。ちょっと額が大きいな」

「ご安心ください。一千万が大金であることは私達も承知しております。ですから、今回の勝負は四回戦とさせて頂いております。ナカセ様が四回戦全てにお負けになられたら一千万負けることになりますが、そうならない様に、ポーカーを実力でプレーできるお客様にだけ、この特別な勝負を提案させて頂いているのです」


 実力で勝負だって。テキトーなこと言いやがる。落ち目の奴にしか声掛けない癖に。


「ってことは四戦中、負けを二敗以内に収めたら僕はマイナスにはならないってことか。悪くないな」

「まあ、そうでしょうね。いかがでしょう」


 僕はうーんと唸りながら腕を組み、考える振りをした。モルヒロは表情を崩さずに僕を待つ。きっと心の中では、さっさと決めろよ、と思っているのだろう。僕は少し間を取ってから腕組みを解除し、あいつに指示された通りの科白を言った。


「それって百万にはなりませんかね」

「え、百万ですか」


 モルヒロが初めて営業スマイルとは違う顔を見せた。その様がどこか滑稽だった。


「百万はちょっと難しいですね。通常のポーカーでも数回で百万勝負ができる様に設定していますので」

「いや、今、たまたま融資を断られ続けてて現金がないんです。本当にいつもなら融資をしてもらえてるんですけど、ちょっとタイミングが悪くて。百万なら何とか用意できます。百万でお願いできませんか」


 モルヒロは困った様子で言った。


「いや、しかし、やはり百万はお受け致しかねます、大変申し訳ないのですが」

「じゃあ、分かりました。二百万ならどうです」

「二百万、んー、難しいですね。やはりすみません、この話はなかったことにして頂けますか」


 僕は、そうですか、と呟き、また考える振りをした。ここは演技力が重要だ。僕の思い詰めた心情を今のこの間で表現する。そして頃合いを見計らって新たな提案を切り出した。


「逆に一億ならどうですか」


 モルヒロが唖然とした表情に変わった。その顔に、急に何を言う、と書いてある。


「デカくなる分には問題ないですよね。いいですよね」

「一億って、また突然ですね」

「土地と家の価値が一億程あります。家に登記申請書とか登記簿謄本とかあるので、確かそれらがあればいいんですよね。なら用意できます。一億勝負させて下さい」

「成る程、土地・・・。いや、あの、しかし、一億も大丈夫なんですか」

「もちろんです。一千万勝てば今までの負けを取り戻せます。一千万勝負で一千万勝つのは難しいですが、一億勝負で一千万勝つのは難しいことではない。一億勝負やりたいです」


 そのとき、モルヒロの後ろに居る従業員がモルヒロに耳打ちし、二人で密談をし始めた。中ゼミに不動産を捌けるルートがあるか否か確認しているのだろう。俺は心の中で手を合わせながら待っていた。断らないでほしい。


 最後にモルヒロが何回か頷いてから従業員の肩を突き飛ばして、確認して来い、と言い、その後、僕の方を向いた。


「あのですね、ナカセ様。書類を一度お持ちして頂くのは可能でしょうか」


 僕は身を乗り出した。これ、どっちだ。一億勝負を受けるってことなのか。どっちだろう。聞くのが一番早いな。


「それって僕の土地とかに一億の価値があると分かったら勝負を受けてくれるということですか」

「はい、そうですよ」


 モルヒロはさらりと言った。僕は、一億は僕にとっては大金だから、勝負の交渉は難航するかと思っていたが、簡単に終わってしまった。肩透かし食らった気分だが、一億勝負を受けてくれるのなら僕は何も文句を言うつもりはない。


「分りました。書類は明日でもいいですか」

「構いません。明日、私は居ませんので従業員に見せて下さい」


 僕は必要書類や時間の確認をし、モルヒロと別れた。出口の方へ向かう。


「お待ちしております」


 モルヒロが僕の背後で頭を下げた。僕は少し振り返り、軽く会釈する。お前は明日居ないのにどうやって待つんだ、というツッコミは心の中に仕舞っておいた。


 もう遅い時間だというのに、賭場から出る人より入る人の方が多い。まだまだ大盛況だ。そのせいで出口を潜り、外に出ると、夜の静寂が寂しく感じられた。この賭場は繁華街から外れた所にあるので人通りが余りないのだ。


 僕は賭場を出て左の道を進んだ。これは交渉成立の合図である。不成立のときは右に行く。


 電柱の陰で弾丸の形のアクセサリーの様な物を弄っていたあいつが、そのアクセサリーを胸ポケットに仕舞い、賭場に入って行った。なぜかマスクをしている。


 空を見上げると星が点々と光っていた。僕は東では星が見えないことを思い出しながら例の家へと帰って行った。あいつも賭場の様子を一通り確認し終えたら、直ぐに帰ってくるのだろう。


 僕の役割はほぼ終わった。八百万分もテキトーに遊べたのは結構楽しかったな。

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