4-7.無能な部下
こいつらは何もしない。馬鹿みてえにツモって切ってツモって切って、馬鹿みてえに飲み物を飲む。こんな奴らを信じて馬鹿を見るのはこの俺だ。こいつら馬鹿どもを信じるのはやめだ。このままズルズルと最後までいったら絶対に俺が損する。
俺は右手首を握った。無念だ。お前ら、このサインを確認したら、当たり牌を見付け次第直ぐに差し込めよ。頼むぞ。兎に角、先ずは当たり牌を見付けろ。
下家にツモ番が回った。
「六筒」
え、は、『六筒』?
「あ、ロン」
俺は咄嗟に声を出した。随分と直ぐに『六筒』が出たな。一瞬で見付けたのか。俺は下家の顔を確認してみた。下家は目を丸くして俺を見ている。俺にはこの顔が何を言いたいのか直ぐに分かった。え、もうですか、最後まで引っ張るんじゃないんですか、だ。
こいつ、牌を見失っていなかったのだ。隅にあるから混ぜられなかったのだ。上家のは混ぜられた様だが。ずっと当たり牌を確保し続けていたのだ。
なら、ずっと右手首握ればいいじゃねえかよ。何で何もしないんだよ。俺が分かる訳ねえだろ、その状況を。知ってたら最後まで待ってたわ。サイン出せやボケ。何でやんねえんだ。
どうしようもねえクソ・・・、あ、そういや、俺言ったわ。前に言ってたわ。チーム打ちはイカサマだからおおっぴろげにサイン出すなって言ってたわ。だから、出さなかったのか。クソ。
俺は卓を握り拳で叩いた。上家と下家が驚いて身を震わせたが、バカダコは平然としていた。そしてバカダコが言う。
「裏ドラは」
あ、忘れていた。
俺は箱から一枚引いたがドラは増えなかった。クソ。アガったのに悔しがるのはおかしいが、にこやかにする気にはなれなかった。悔しい。このタコはまた凌いだ。また振り込まなかった。
こいつはただのラッキーダコではない。マキヤを破ったのは偶然ではなかった様だ。牌を掻き混ぜて俺に揺さ振りを掛けやがって。切れ者だ。切れダコか。
そう考えると、上家の差し込むつもりだった牌は混ぜられて、下家のは混ぜられなかったことに意味がある様に思われる。なぜ上家だけ。もしかすると、上家の牌はバカダコに回収されたのか。
いや、考え過ぎだ。だから何だというのか。俺と間抜けダコの点差は二万三千八百。俺はしっかりタコの親番でベタオリすることだけを考えればよい。
河の牌を箱に戻すときに腐れダコの様子を窺ってみた。何ともない様子だ。不気味に感じる。不気味といえば、裏ドラのことを言わなければ、俺含め皆が忘れていたのに、わざわざ言ってきた、それも不気味だ。
下家が親になり、箱を振った。その後、上家が絶一門指定牌を引き、その次に俺がドラ表示牌を引く。その際に中の萬子ゾーンがどれだけ崩されたか確認してみた。
あれ、それ程崩されていないぞ。意外と萬子が残っている。
テキトーな牌を一枚手に取り、箱から抜いて、窪みにその牌を嵌めた。
あれだけ混ぜたから萬子ゾーンがなくなっていることも覚悟したが、ある程度は無事だった。俺が早めに差し込ませる決断したことが功を奏したのかもしれない。
これなら俺が萬子を集める必要はそこまではないな。上家と下家が集める分で十分補える。つまりベタオリのイカサマに何ら支障はない。
よし、間違いなく勝った。このタコはあと数十分で俺と博打をしたことに後悔するだろう。フルズから金を掠めようとするとは重罪だ。二億程の罰金刑で勘弁してやる。
下家が手作りを始めた。先ず、索子を五連続で切り、その後は四巡使って字牌を整理する。そして索子待ちになる様な手作りをする。俺はこの手作りの仕方を前もって指示しておいた。索子を安牌だと勘違いさせる打ち方だ。
そして、俺は上家と下家にこの手法を一貫させている。仮にボケダコにバレていたとしても続けさせる。そうすると、人は勝手に疑うのだ。同じことを続けるのはおかしい、と。これはマーク式のテストで同じ番号の答えが連続するときの心理に等しい。
このアホダコも同じだ。必ず自分を疑うに決まっている。ギャングの俺ですら弟分を信じれなかったのだ。海洋生物のタコには到底無理だ、自分で自分を信じ切るなど。
下家が手作りを終えた。ツモ番がタコに回る。タコは左手を入れた後に右手を入れ、右手の牌を箱に戻し、左手の牌を切った。
「四索」
あ、で、出た。出たぞ。本当に引っ掛かった。索子だ。切ったぞ。索子を安牌だと思い込んだ。うっわ、馬鹿なんじゃねえの、このタコ。
ほら、切っただろ、索子を。言わんこっちゃない。索子は危険牌なのにね。さっきまでは見抜いていたのに、索子を切っちゃうんだ。
タコよ、そうだ、切ってしまうんだ。どんどん切れよ。絶え間なく、索子を。そうすれば勝負が早く終わってお前は楽になれるよ。
俺の仕事は単純だ。上家と下家が枚数を増やして強化した萬子ゾーンからひたすらツモ切りし、俺の河をほぼ萬子で染めること。簡単だ。
俺は勝ちに近づき、タコは遠のく。いい流れが来ている。
そしてドグサレダコはちらほら索子を切りながら十六巡目まで持ち堪え、十七巡目に、遂に、その牌を切った。
「七索」
そして、下家が言う。
「ロン。断么九」
よし、やった。振り込んだぞ。よっしゃ。ザマァ見ろ。ヘイヘイヘイヘイ、イエーイ。うー、イエーイ。ナイスですね、ボケダコさん。凄え気分いいよ。
下家は変則打ちのためドラが絡まないとこの様なノミ手になってしまうので大して点棒を奪うことはできないが、バカダコが振り込んだという事実は重大だ。
たった二千点といっても、これは二千万両に換算される。大金だよ、大金。払えるのかな、この貧乏臭いタコは。払えなかったらタコ焼きになってもらうしかないな。おっと、あんちゃんみたいなことを言ってしまった。
タコは頭を抱えて俯いていた。タコにとっても振り込んだことは相当なショックな様だそうだろうな、次の親番で終わってしまうんだ、振り込みたくなかったろう。残念だったな。タコは完全に流れを失ったままラス親を迎えるのだ。
その様なタコを尻目に俺は最後の仕上げに取り掛かる。セロテープだ。卓の側面に貼っておいた。自分の河にある萬子を、今回の場合は十四枚、横に並べ、それが一直線に繋がる様にセロテープを貼る。この作業は箱があるためタコからは見えない。堂々とやっていい。
貼り終えたらその一列になった牌を立て、牌の裏面が外を向く様に丸めていく。
これを箱に入れるとどれだけボケダコに箱を振られても萬子が行方不明になることはない。なぜならこの塊は目立つからだ。直ぐ発見できる。このセロテープで作った塊がタコの洗牌をキャンセルしてくれるのだ。
この大胆不敵なイカサマに気付く者は誰一人として居ないが、皆、バレてしまうと考える。しかし、実際はそうではないのだ。少しの工夫でバレなくなるのだ。
上家と下家がそれぞれの河の牌を箱に戻し始めた。俺はそれに紛れ、タコに対する嘲笑を噛み殺しながら塊となった牌を入れようとした。だが、予想外の事態が起きていることにそのとき気付いた。
タコ野郎が未だに頭を抱えていて牌を箱に戻そうとしないのだ。俺は塊を入れるか迷った。この塊を箱に入れてしまうと、タコが牌を戻すために手を突っ込んだとき、触られる危険性がある。そうならない様に先程の東風では上家と下家に牌を箱に戻すリズムを作らせて、そのリズムにアホダコを巻き込ませていた。
だが、このタコは今、何も見ていない。一枚も牌を戻していない。この後に自分のリズムでゆっくりと牌を箱に戻すかもしれない。危険だ。どうする。しかし、この塊をずっと手に持っていて露出させるのも危ない。
俺は塊を箱の中に入れた。いや、入れてしまった。いいのだろうか、入れてしまって。この決断は正しかったのだろうか。
俺達三人は牌を戻し終えた。もう、このタコのこれからの動向を固唾を飲んで見守るしかない。
憎きタコはゆっくり顔を上げた。そして片手で河の牌を五、六枚掴み、箱に手を入れた。
深い。深いぞ。手が深く入っている。必要以上に深い。しかも手を入れている時間が、短いことには変わりないが、通常と比べると長い。
タコは手を抜いたが、今度はもう片方の手を入れた。
また深い。深過ぎる。時間も長過ぎる。俺は苦しかった。タコの手が箱に入っている間だけ爆弾の導火線の火が進んでいく気分だった。辛い。息が止まる。心臓も止まる。
再びタコが手を入れた。
アウチ!やはり、深い。もう勘弁してくれ。塊がバレたらどう誤魔化せばいいのだ。
そう思ったとき部屋のドアが勢いよく開いた。その勢いが衝撃波となって俺の背中を襲う。
「へろー」
驚いて振り返ると、そこには酔っ払いが立っていた。誰だ。誰かの知り合いか。
「カノさん、遅い」
「うー、う」
タコが酔っ払いに話し掛けた。何だ、タコの連れか。ということは援軍か。援軍が酔っ払っているのか。なぜ酔っ払っている。ニシマツは俺達のことを舐めているのか。
タコの方へ顔を戻す。牌は全て入れ終えていた。どうだったのだ、気付かれなかったのか。
「カノさん、軍手は」
「暗殺、しに、きました」
「軍手」
「あー、疲れふ」
このタコの様子から判断すると、気付かれなかった様だが、本当にそうなのだろうか。
「嘘だろ」
「こま、誰だ、ここは」
「軍手持って来てないのか」
「俺、もう帰りてえよ。もう駄目だあ」
気付いてない。気付いてないな。よし、気付かれなかった。
タコが酔っ払いの元へ向かい、身体検査をした。
「あんじゃん」
タコは酔っ払いのポケットから軍手を引っ張り出した。
「お、これ、俺のだ、やらん。返せ」
「お前のじゃねえ。宿のだよ。女将が入れてくれたんだろ」
タコは酔っ払いを俺の後ろの席に座らせ、近くに居る俺の弟分に、水を酔っ払いに渡してくれ、と頼んでから、先程座っていた壁際の席に戻って来た。そして、タコは一息吐いてから言った。
「お宅らの手袋、これと交換してくれ」
俺は眉間に皺を寄せた。交換だと。ほう、右手の手袋の仕掛けに気付いたのか。
何か、次から次へと色々なことが起こるな。俺の気持ちが追い付いていない。
えーと、手袋交換ね、よし、それなら問題ない。タコが手袋交換を要求することは想定済みだ。どのタイミングで手袋交換しても対応できる様に手を打ってある。もちろん、このタイミングでも大丈夫だ。この場合は上家と下家がやるイカサマが一つ増えるだけだ。二人には事前にしっかり説明しているから差し支えない。
仮にタコが手袋を調べたいと言ってきたとしても、俺達は仕掛けのない手袋をポケットに用意してあるから対応できる。左手の手袋を渡すときに右手の手袋を摺り替え、仕掛けのある手袋を後ろの弟分に渡して処理する。
俺は時間を掛けて様々な可能性を検討した。抜かりはない。しかし、上家と下家の協力は必要不可欠だ。だから、頼むぞ、お前ら。
俺は上家と下家を見てみたが、二人はなぜか不安そうな眼差しで俺を見ていた。
何なんだよ、その目は。どういう意味だよ。前もって何回も説明したよな。その目はどういう意味だ。忘れちゃったのか。それともボケダコが怖くて不安になっちゃっただけなのか。これはどう解釈したらいいのだ。本当に使えない。こいつらの眼差しは腹が立つ。
分かるよな、このタイミングで手袋を交換したらどう対応するか。俺はお前らのこと信じるぞ。




