4-5.カノ、宿に帰る
宿に着いた。鉄砲を取りに来たのだ。
チャージクラブに鉄砲を持って行くことはできないので宿に置いておくしかなかった。銭湯まで遠回りになるが仕方ない。
この社会はなってないと思わないか。いつまでもいつまでも電気が光ってる。フライパンだって火に掛けると焦げてしまう。
チャージクラブで過ごす時間は楽しかったが俺は一足早く切り上げてきた。カイライは一人で戦っているのだ。早く味方しに行ってあげたい(本当は金を払いたくないから先に帰ったっていうのは皆には内緒だ)。
酒も程々にしか飲んでいないし、フルズと揉めたとしても俺、俺一人で十分だ。俺は幼いときから喧嘩ばかりだった。だからフルズの腰抜けどもが束になろうが問題ない。
俺は強いし、水が飲みたい。そういえば、さっき頼んだ酒はどこにいった。
宿の入り口を潜ると、チェックインのときに顔を合わせた女将と同じ顔をしている女性が話し掛けてきた。
「あ、お電話ですよ。たった今、掛かってきました」
そう言って俺に受話器を渡す。
俺に電話、誰だ。
「も、くる、ふう。はあい」
「もしもし」
「・・・」
「もしもし」
「んー、んー。はあ」
「カノさん?」
何、こいつ俺の名前を知っているのか。一体何者なのだ。問い詰めてやる。
「ご、えーと、く、ふう」
「カノさん、マジか」
「・・・」
「おい」
「んー、どなた、ですか」
「俺だよ、カイライだ」
あ、カイライか。カイライみたいな声だと思った。博打はどの様な調子なのだろう。
「はあい、誰ですか」
「カノさん、聞け」
「んー、嫌だよ」
「他の人、ナオさんとかに代われ」
何?こいつナオの名前を知っているのか。一体何者なのだ。問い詰めてやる。
「へろー、はあ」
「ナオさんは」
「居ないよ」
「居ない?他に誰も居ないのか。お宅だけか」
「んー、そうだよ」
「何でだ。どうすんだよ」
「へろー」
「おい」
「もう、俺もう駄目だあ」
気分がいいけど、具合が悪くなってきた。
「カノさん、いい加減にしろ、聞け」
「えーと、そうそう、銭湯に行くよ」
「そうだ、来い。でも、銭湯に来る前に一個だけお願いがある」
「お願い?」
「手袋を三組以上持って来てくれ」
「へろー」
「おい」
「寝袋?」
「違う、手袋」
寝袋を持って来いだと。意味不明だ。こいつ、頭がおかしいのか。一体何者なのだ。問い詰めてやる。
「すりすり、すりすり」
「手袋を持って来いって言ってんだよ」
「は」
「三組以上だ、手袋」
「へろー」
「おい」
「へろー」
「おい」
「寝袋?」
「違う、手袋」
頭痛がする。そろそろ席に戻ろうかな。でもタバコを吸ってからにしようかな。フルーツが腐るか。
「聞いてんのか」
「へろー」
「おい」
「誰なんだ、あんた」
「カイライだっつってんだろ」
「さいさい?」
「お宅、どうすんだよ」
「へろー」
「おい」
「寝袋?」
「違う、手袋」
俺は電話を切った。下らない電話になど付き合っていられない。
ここはどこだ。俺は鉄砲を取りに来た。俺は鉄砲でカイライを暗殺するのだ。あれ、暗殺任務だったか。そうだ、カイライとナオと女将を暗殺するのだ。何でだ。暗殺って俺の仕事だっけ。水はどこだ。
どういうことなのだ。俺はエナジーギャル達とせんだみつおゲームをやっていた筈だ。なのに、何なのだ。ここはまるで宿ではないか。あ、宿だ。そうだ、完全に思い出した。
俺は俺達の部屋に向かった。違う、俺達のではない、宿のだ。俺達は借りているだけだ。部屋に入ると部屋があった。押入れの引き戸を開ける。そこに鉄砲を置いたのだ。セーフティーグラブもある。
あ、手袋。これだ、手袋。手袋とはグラブのこと。グラブがなければ鉄砲を撃てない。忘れてはならない。ありがとう、手袋のことを教えてくれて。えーと、誰が教えてくれたんだっけ。
俺は部屋を出た。今から任務を遂行するのだ。銭湯で温まっている寝袋に入ったせんだみつおを暗殺するのだ。