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4-4.ストレージ


 下家はミスばかり。俺に安牌を把握させてくれる。この局で俺が振り込むことはないだろう。萬子が安全と分かったうえ、安全ストレージも序盤から貯まっていったので、ほぼ何の危険もなく打牌を熟せた。


 そして、二十回目のツモを迎えた。右手の指先には『七索』、左には『九索』、どちらも本命だ。


「三萬」


 俺は難なく回避できる。左手で『九索』を箱に戻し、右手で『三萬』を切った。『七索』は右手に隠し持ったままにする。


 俺は振り込まずに下家の親番を終わらせた。流局を迎えたところで下家が少々無茶なことを言った。


「ノーテン」


 は?


「流局ですね。親流れです」


 ダイオが間髪入れずに言う。


 俺以外の三人が牌を箱に戻した。渋々俺もそれに続く(『七索』は戻さない)。


 ノーテンだと?南風でも同じことをするから手は見せない、ということか。まあいい。下家ことなどどうでもいい。


 俺は振り込まなかった。だが、それだけでは勝てない。ダイオのベタオリを逆手に取って俺に振り込ませなければ俺は勝てない。そのためには麻雀をしながらダイオのベタオリのイカサマを見抜かなければならないが、今の局は三人とも普通にプレーしていた、多分。必要以上に長時間箱に手を入れる訳でもなく、ダイオと上家の河に偏りがある訳でもなかった。イカサマの正体は箱の中の牌にはないのかもしれない。となると、別の場所から同じ種類の別の牌を持ってくるイカサマをするのかも。


 ダイオの親番だ。箱を振る。振り終わったら俺が絶一門指定牌を引く。


 視線を箱の入り口に向け、右手を卓の上から持ち上げる。右手が箱の高さを越える直前に目線を上げてダイオに話し掛け、俺の手ではなく俺の顔を見させる。


「これってアガったときに絶一門の牌があったらチョンボの八千点なのか」


 右手を箱に入れる。


「親なので一万二千点ですね」

「そうか」


 右手を箱から抜く。ダイオは俺の顔を見ていた。握り込んだ牌をダイオに渡すが、わざとらしく顔を背けてはいけない。視線を外すくらいで問題ない。


 ダイオは渡した牌を確認し、裏向きで窪みに嵌めた。どうやらバレていない様だ。この裏向きの絶一門指定牌、それは『七索』である。前局の最後にツモって右手に隠しておいた牌だ。箱の中の牌には触れてもいない。


 前局では索子を危険ストレージに入れていたが、この局ではその危険ストレージが安全ストレージへと変わる。これで振り込みの危険性が頗る下がる。


 ダイオが手作りを始めた。この局は上家か下家がダイオに差し込むだろう。ただ、ダイオとしては、できれば俺に振り込んでほしいから、差し込みは最後の二十巡目になるのだろうな。


 俺はダイオの手作りの声を聞きながら、ダイオの動きを予想していた。そこで、差し込みについて疑問が浮かんだ。


 待てよ、この特殊ルールでどうやって差し込むつもりだ。


 俺は頭の中で考えを巡らせた。差し込み方法からベタオリイカサマの糸口が見付かりそうだったのだ。


 箱に手を入れると、箱の口部分には前腕がくるので、箱の中の牌を探るには手首を使わないといけない。あと、箱に手を入れるためには、肘を高くしないといけない。その状態で普通に手首を曲げる、もしくはその逆の方向に反らせる。しかし、逆の方向に反らせると前腕の筋肉が張る感覚がある。つまり、箱の奥の牌は取り辛いということだ。


 ダイオが二十五回目の打牌を終え、上家にツモ番が回った。


 俺の考察は続いている。今度はベタオリイカサマについてだ。色々と考え、ある程度までの予想は付いた。


 しかし、そうだな。牌を奥に、でも、その後はどうする。結局、俺が洗牌するのだから意味がない。


 俺のツモ番になった。しまった。考え込んでいてストレージから安全牌を準備するのを忘れた。もしかするとツモる牌が全て危険牌の可能性があるので、仕方ない、四枚ツモをしよう。


 右手を箱に入れる。箱の中で牌を一枚拾うが、その牌は中指と薬指のそれぞれの付け根と、指の第一関節と第二関節の間の部分で挟んで保持する。上家と下家からの視線は人差し指と小指でカバーする。牌の向きを縦ではなく横にすることによってカバーする面積を減らせる。また、この牌は薬指だけで十分保持されるので、中指は牌から外す。そうすることで中指と薬指の形が揃わなくて済む。その後、親指と人差し指で別の牌を掴む。俺以外の三人は指先の牌に注目するので、俺が牌を隠し持っている可能性に意識がいかない。左手も同様だ。これで四枚ツモれる。


 幸運なことに左右の隠し持った牌が索子だった。左手の指先の牌を箱に戻すのだが、手を箱の口に少し入れて牌を落とすだけでいいので、肘は卓からあまり離さない様にする。この左腕で右手をカバーする。右手は、人差し指を曲げ、指先の牌を親指の付け根と手の側面で挟む。隠し持った牌は重力を利用して中指と薬指の腹に落とす。それを人差し指と小指で挟む。そこで、左手の牌を落とし、箱の中から、カチャ、と音を鳴らす。


「五索」


 牌を河に置く右手と、卓の縁に戻る左手は全く同じタイミングで動き始める。俺以外の三人は打牌に注目するので、俺が両手に牌を隠し持っている可能性に意識がいかない。これで腕を卓に付いてクロスさせれば、両手に一枚ずつ隠し持っている状態になる。


 一度、体を後ろに反り、背中を背もたれに付ける。その後、体を前に屈め、両肘を卓に付けるのだが、その上半身の動きに紛れて、右足を持ち上げ、右足首を左膝の上に置く。


 肘を付けて左腕が右腕の下になる様に腕をクロスさせると左手が卓の下へと自然にいく。左手と右足が近付くので、隠し持っていた牌を右の靴下の中に入れる。これがストレージの正体だ。体を後ろに反らす動きで足を下ろせばストレージは卓から離れる。


 右手に隠し持っている牌は次、箱の中に手を入れるときに箱の中に捨てるか、左の靴下の中に入れればよい。俺はこのイカサマを前局からずっとやっていたのでストレージにかなり貯まっている。


 大胆過ぎやしないかと思う者も居るかもしれないが、仮にバレたとしても奴らだってイカサマ手袋をしているのだから、何か文句を言われたときはこちらも手袋に文句を言い返せばよい。


 それにダイオからは箱で見えないし、上家と下家は本気でプレーしていないので、バレることは先ずないだろう。


 しかし、このイカサマは防御でしかない。勝つためにはダイオから直撃を奪う必要がある。どうやって直撃を奪うかはまだ思い付いていない(どうやって手を強くするかは何となく思い付いているが)。


 あともう一つ思い付いていないことがある。ダイオは味方から差し込まれるので俺から直撃を奪わなくてよいが、俺に振り込むのは避けないといけない。その避け方、ベタオリイカサマだ。


 この二つを何とか頭から捻り出さないと俺は負ける。


 俺の二回目のツモが回ってきた。あ、そうだ。箱の奥の牌が取り辛いという事実を忘れていた。今回のツモで試しに取ってみよう。


 俺は右手に安全ストレージから取ってきた牌を隠し持ち、左手を先に箱に入れた(隠し持ってる手は指が前後には開けるが左右には開けないので少しだけ怪しくなってしまう。よって必ず後に入れる)。手首を反らせ、箱の奥に指先を伸ばす。


 箱の奥では、心なしか、牌が綺麗に並んでいる様な気がする。奥側の両角を調べるが、牌が積んであったり固めてあったりはしなかった。左右の指先で奥側の牌を取ってみる。


 『四筒』『六筒』


 どちらも筒子だった。


「六索」


 左手の筒子は箱の口から落とした。右手のは危険ストレージに入れる。


 次のツモ番でも同じことをした。


 『七筒』『八筒』


 その次も。


 『一筒』『七筒』


 どうやら箱の奥側の牌は不自然にも殆どが、いや、全てが筒子らしい。俺はこの事実に驚かなかった。なぜなら俺の仮定のうちの一つと一致していたからだ。


 その仮定とはこうだ。俺の親番になったらダイオが奥側から筒子を絶一門指定牌として引いて俺に渡す。その後、ダイオは奥側から筒子のみをツモって切っていけば、俺は手牌に筒子を含めてはいけないので、振り込むことは絶対にない。


 奴らが筒子を奥に偏らせるのは想定内だ。しかし、やはりそれを利用してベタオリイカサマをするには俺の洗牌をキャンセルする必要がある。俺の親番で俺が箱を徹底的に振れば偏りが消えてしまうからだ。


 ダイオはそのことに気付いていないのか。いや、その様な訳がない。何か策を講じるに決まっている。


 ・・・。


 俺は自分がどうすればアガれるかを考えた。


 筒子か。ということは、南風では筒子を使わないだろうな。取り敢えず筒子は貰っておこう、ラス親で強い手を作るために。しかし、幾ら強い役ができたからといってもダイオが放銃しなければ意味がない。


 うーむ、やはり駄目か。


 俺は頭を抱えたい気分だった。全く洗牌キャンセルの手口が分からない。分からなければ負けるしかない。負けるなんて耐えられない。


 地下のため、窓がない一室である。酸素が薄く感じられる。息苦しい。


 それなのにダイオはにこやかだ。純粋に麻雀を楽しんでいる様にすら見える。実際は勝つ気だからにこやかなのだろう。俺に見破られる訳がないと思っているのだ。


 事実、俺は最後の最後まで見破れなかった。見破れたのは、俺がどうしようもなくなってやった最後の悪足掻きによって、たまたま指先にそれが触れたからだった。

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