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4-3.不正撤廃麻雀

 手袋か。いや、でも、毎回長時間箱の中に手を入れていたら俺が注意するに決まっている。そのうえ俺がその気になったら徹底的に牌を混ぜることもできる。どうするのだ、ダイオは。


 俺は表情一つ変えず、ダイオの説明を聞いていた。後ろに控える構成員の仏頂面と違い、ダイオは楽しそうに話している。随分と余裕そうだ。


 もうこれ以上、俺にアイディアが出そうにない。取り敢えず奴の心積もりを調べてみるか。


「では、今度は局の流れについて」

「ちょっと待て。その前に賭け金について相談がある」

「え、賭け金。ああ、私も思ってました。昨日、電話で決めた一点に付き五千両のレートは高過ぎますよね。常識を逸脱しているので下げましょう」


 俺は眉間に皺を寄せた。この男、飄々としやがって。


「惚けるな。逆だよ。一点一万両だ」

「一万?一万ですか。え、それじゃあ、こういうことですよ。同点の状態の最終局で私に跳満でも振り込んだら点差が三万六千になるから、えー、三億六千万両も支払うことになりますよ。いいんですか」

「ああ。お前もだがな」


 ダイオが目を上に凸の三日月の形に細めた。


「いいのなら、やりましょう。やりましょう。私に断る権利はありません。仲間のマキヤに情けを掛けてもらったと聞いています。ならば断れる筈がありません。是非やりましょう」


 この反応、間違いない。ダイオは勝ちを確信している。ということはイカサマ、具体的にいうと俺の洗牌をキャンセルできるイカサマをするつもりなのだ。しかし、俺にはその方法が何なのか分からない。分からない以上、この麻雀に関わるべきではないか。


「お客様、掛け金の話をするということは、勝負して頂けるという理解でいいんですよね」


 ギ、ギクッ。やべ。


 ダイオが迫ってきた。俺が断れない様な言い方をしやがる。やめようと思っていたのにやめ辛い。


 やってる最中に見抜けるかも、という甘い読みはしてはいけない。ここは勇気を出してやめるべきだ。


「ニシマツカジノの方ならここで断ったりしませんよね」


 ギ、ギクッ。


 ダイオが更に俺を追い込む。困った。どうするか。


 そのとき、俺はあることに気付いた。追い込まれる程頭が冴えるものだ。ダイオは勘違いしている。俺はニシマツの代打ちではない。ニシマツに麻雀勝負を紹介されただけだ。


 しかし、ダイオは俺をニシマツの一員と思い込んでいて、且つ、ここに俺がニシマツの構成員ではないことを知る者は居ないということは、俺が負けてもダイオは負け分をニシマツに請求するということだ。つまり、俺はノーリスクではないか。これはタダで挑戦できる博打だ。もし負けても雲隠れすればいいだけだ。それなら恐れることは何もない。


「もちろんだ。早くやろう」

「おお、素晴らしい。ありがとうございます。やりましょう」


 ダイオは喜んだ。俺を罠に引っ掛かった獲物とでも思っているのだろう。だが実際は、俺はその上をいっている。引っ掛かるどころか金を払う気がない。ニシマツに払ってもらうからな。気楽だ。


 ダイオは局の流れの説明を再開した。


 先ず、親が箱を振る(洗牌)。その後、親の対面が絶一門指定牌を引き、上家がドラ表示牌を引く。そして親が十四枚ツモった後、手牌から一枚捨て箱から一枚ツモるを繰り返し、二十五回目のツモまでにアガらなかった場合、手牌から一枚捨て、それ以降箱には触れない。


 次に、子は順にツモり、それを二十巡目まで続ける。親は鳴いてもよい。鳴いた場合は通常通り手牌から一枚捨てる。


 打牌のときは、対面からは箱で見えないので、その牌を宣言する。


 アガっても流局になっても親流れとなる。連荘はない。


 リーチでアガった場合の新ドラは親が引く。


 絶一門指定牌やドラ表示牌は、箱の上面のダイオ側にある窪みに嵌める。二枚がぴったり嵌まる窪みである。牌の三分の一程が上に飛び出る深さになっている。


「分からない所があれば気兼なく聞いて下さい」

「ローカル役は何を認めている」

「オープンは認めてます」

「二飜か」

「そうです」


 オープンを認めるのなら、親が手を作っているときにカンをすれば、子がツモれるのは一枚になるのだから、リーチするとしたらオープンにした方がいい。だからカンしても新ドラを引かないのかな。


 よし、分かった。


 とはいえ、ルールが分かったとしても、まだ解決していない問題が幾つかある。その一つが盲牌問題だ。ダイオ達三人はいいが、俺の手袋ではどうしようもない。


 一応、俺は常に腕時計に丸い鏡を挟んでおり、いつでも取り出せる様になっている。しかし、鏡を手に隠し持ったところで手を箱の中に入れても、口にはスポンジシートがあるので隠し持った鏡すら見ることができない。だから、やる意味がない。


 どう対応しようもないな。俺は盲牌できない分、不利になってしまうが、その事実を受け入れるしかない。


 俺は椅子を後ろに引き、浅く座り直した。これで前に屈むことも後ろに仰け反ることもできる。不正の準備が整ったので言った。


「始めようか」


 ダイオが頷いた。


「起家を決めましょう。一枚引いて下さい」


 俺は、ああ、と返した。ダイオが手で俺に引くことを促す。俺が箱に手を入れると、中指の先が重りに触れた。そこで、手首を曲げると牌が触れる。その牌を親指と中指で挟み、取り出した。それは『東』だった。他の三人も牌を引く。


「一番数字の少ない人が起家です」


 起家は『一筒』を引いた俺の下家に決まった。皆、引いた牌を箱に戻す。


 ん、あれ?なぜ皆が牌を引いてから起家決めルールを言うのだ。ダイオは下家の牌を見てから一番数字が少ない人と決めたのではないか。


 嵌められたか。油断するまいと思っていたのに、開始早々不覚を取ってしまった。


 俺は起家となった下家を見た。しかし、下家はゲームを開始しようとしない。まだ始めないのか。徐々に場を緊張感ではなく、気不味さが支配してきた。


 白けてしまった俺は段々と下家の気持ちを理解してきた。スポーツの様に笛や鐘で始まりの合図を出してくれれば勝負の始まりが明確になるが、こういったゲームにはないので、自分の動き出しが始まりの合図となってしまう。責任重大である。その様な責任を引き受けられず、動き出す決心ができないのだ。要は、もう始めていいのか自分で判断できないのだ。さっさと始めればいいものを。


 下家が恐る恐る手を伸ばした。その手の伸ばし様は、思いっ切りいけ、骨董品触んじゃねえんだぞ、と注意したくなる程である。


 その下家がダイオの顔を覗き込み、少し手を引っ込めた。


「何やってんだ。早くしろ」


 ダイオが怒った。直ぐ様、下家は腕を伸ばし、箱を振った。振り終えた後は、上家が顔を背けながら絶一門指定牌を引き、下家に手渡した。下家はそれを確認し、裏向きで窪みに嵌める。その牌が何かを知っている者は下家だけだ。今度は、俺がドラ表示牌を引いて、表向きで窪みに嵌めた。ドラ表示牌は『白』、つまりドラは『發』だ。そして、下家は十四枚ツモった。


「二索」


 一枚切ってツモる。天和ではなかった様だ。


「三索」

「三索」

「五索」

「五索」

「六索」

「六索」


 ここまでは全て索子だ。その後の打牌は次の通り。


 『西』『南』『一萬』『六萬』『九萬』『西』


 この二枚目の『西』が初めてのツモ切りであった。


 『白』


 これもツモ切り。


 『八筒』『三筒』『八索』『北』


 この『北』が三回目のツモ切りだ。


 この後、下家はリーチを掛けず、二十五巡目をツモ切りした。手作り終了だ。


 子がツモる番になる。親の下家はもう箱に触ることはできない。


 対面のダイオがそれぞれの手で一枚ずつ引き、片方を切って、もう片方を箱に戻した。上家もそうした。


 二人の打牌は殆ど当てにならない。なぜなら下家の敵は俺のみで、ダイオと上家は仲間だからだ。下家は二人から直撃を奪うことはない。今回の勝負は俺とダイオの点数差で勝敗が決まるため、仲間内の点数は下家ではなくダイオに回さないといけない。よって、俺が参考にできるのは下家の河のみ。


 俺の番だ。俺は右手を箱に入れ、抜く。左手も箱に入れ、抜く。右手の指先には『二萬』、左手の指先には『一索』。


 下家の河には萬子が少ない。十二巡目で、『六萬』が切られているが、それは『三萬・四萬・六萬』の手牌から切られていてもおかしくない。そういった意味では『二萬』は危険牌だ。


 だが、俺は『二萬』を切った。『一索』は箱へ。残りは秘密の安全ストレージへ。


 次巡、俺のツモは、右が『七萬』、左が『七索』だった。


 ツモの調子がいいな。考えるまでもない。


「七萬」


 『七萬』を切った。残った牌に使える牌はないので、残りは全て箱へ。


 下家はミスばかりだ。凄まじい大金が賭けられている博打に本気で参加しているとはとても思えない。作業感覚でやっているのだろう。心を入れてやれ、と言いたい。まあ、テキトーにやってもらった方が俺はあり難いがな。


 ダイオからすれば、俺は下家に振り込んでほしい筈だ。でも、俺はこの様な奴相手に振り込むことはない。こいつはそれ程酷いミスをやらかしている。これは最早、人選ミスだ(ダイオは俺のツモが二枚とも危険牌の場合は振り込むかもしれないから、下家の腕は関係ないと考えているかもしれない。俺はストレージを設けることで回避しているが)。


 ミスの中でも最大のものは、絶一門指定牌の受け取り方である。受け取るならしっかり指を閉じて受け取るべきだ。テキトーに受け取るものだから牌が俺から普通に見えた。覗き込んでなどいない、普通に見えたのだ。漢数字が書かれていた。萬子だ。だから、この局において萬子は必ず通る。あまりにも簡単に見えたのでわざと見せて摺り替えるイカサマをするのかと勘違いした程だ。


 もちろん、一巡目から七巡目までの索子連打は罠である。索子が絶一門の対象と見せ掛けて、実は当たり牌なのだろう。


 因みにこの絶一門を利用した罠にもミスがある。下家の一巡目から七巡目までの索子は手牌から捨てている。これは問題ない。一見して、索子が絶一門の対象に見える。


 しかし、十七巡目の『八索』は話にならないミスだ。なぜならツモ切りではないからだ。『八索』が序盤から手牌にあれば早い段階で切っていないとおかしい。ならば『八索』は中盤でツモってきたものだ。だが、中盤でツモったのなら直ぐにツモ切らないと索子は絶一門ではない様に見えてしまう。


 つまり、一巡目から七巡目の索子と十七巡目の『八索』は矛盾している。これは俺の想像に過ぎないが、恐らく下家はダイオから索子の単騎待ちを指示されているのだ。それで序盤に索子を一枚だけ残して、それ以外は全て捨てた。その一枚は『七索』か『九索』なのだろう。それで、十五巡目あたりに『八索』をツモり、あ、順子ができそう、と思って手牌に残した。その後、単騎待ちの指示を思い出し、急いで『八索』を切った。そうでもないと説明が付かない。


 だから、当たり牌は『七索』か『九索』だ。いや、『七索』はないか。自分から『六索』を二枚も切っておいて『七索』はないだろう。『九索』だな。でも過信してはいけない。


 あと、十巡目から十二巡目の『一萬』『六萬』『九萬』の並びもよくない。一般的な牌効率を考えると『一萬』『九萬』『六萬』の順に切った方がよいので、俺を引っ掛けたいのならそうすべきだ。


 下家はミスばかり。俺に安牌を把握させてくれる。この局で俺が振り込むことはないだろう。萬子が安全と分かったうえ、安全ストレージも序盤から貯まっていったので、ほぼ何の危険もなく打牌を熟せた。

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