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傀儡の博奕打ち 〜天才ギャンブラーと女戦士によるギャングの壊滅〜  作者: 闇柳不幽
(零または肆)最愛の友人
143/146

5-7.クレーム


 Nが戻って来た。今度は青い箱を手にしている。念のために違う色にしたのか。


 席に着いたNはフィルムを剥がし、シールを破ってカードを取り出した。混ぜて私に渡す。私も数回混ぜてSに渡した。最後にSが混ぜ、卓の中央に置く。


 男は皆で混ぜたカードをひっくり返して表を天井に向け、卓に広げる。そして、そこから♠︎Kを抜いた。


「あ、悪い。もう一回混ぜてくれ」


 男は♠︎K以外のカードを集め、Sに渡す。そして、赤い箱を取り出し、そこから一枚の♠︎Kを卓の♠︎Kの横に並べた。二枚の♠︎K、何なのだ、これ。


 Sが混ぜたカードを卓に置いた。男はそれをひっくり返し、その上に♠︎Kを乗せ、今度はそのカードの束を自分の手に持っているカードの束にズラして重ねた。空いた手で卓の♠︎Kをひっくり返す。そして、持っているカードの一番上にある♠︎Kもひっくり返しながら置いた。


 赤裏と青裏が一枚ずつ並んでいる。男はトランプの束を卓に置き、二枚を見比べる。印がないか調べている様だ。Nが持って来た物だから信用ならないのだろう。


 ・・・長いな。いつまで見ているのだ。


「おい、もういいだろ。普通の新品だ」

「・・・」


 男が渋々カードを戻した。赤裏の方は箱に戻し、青裏は一回カットする。そして、店員を呼んで赤の処分と最終ディールをここで見届けることを頼むと、青を配り出した。何の怪しい動きもなく、一枚ずつ摘んで配っている。


 店員を呼ぶとは意外だったな。男は店員に直ぐ傍で監視させることにより自分に有利な状況を作るという思惑の様だが、実際は店員が監視していても何の意味もない。なぜなら店員は指輪をしてはないものの私達の一員、監視して不正に気付いても男に報告することは絶対にない。当てが外れたな。


 この男、もしかすると企みが頓挫したから計画を変更して店員を呼んだのかもしれない。私からは顔が見えないのだが、焦っているのだろうか。それとも、本当に何も考えてないのだろうか。何も考えずに停電したから、素早くカードを箱に戻し、そこら辺を意味もなく彷徨いた。まともな人間の行動とは思えないがな。


 十三枚が配られた。それを手に取る。見てみると、今日の手札の余りの偏りに呆れた気分になった。


 『♠︎654♡6♢JT3♣︎976532』


 クラブが大分長いが、HCPがたったの一点。話にならない。これではどうやっても勝てないだろう。今日は本当に酷いな。


 NとSから情報が来た。驚きの情報だった。Nは十三点・♣︎A・アナー五枚、Sは二十三点・♠︎A・♡A・♢A・アナー五枚、途轍もなく強い。何だ、その手札は。年に一度レベルだ。年に一度が今来たか。


 この男はつくづく不運な奴だ。ずっと手札が弱くて、そのフィナーレがこのザマ、運から見放されているにも程がある。かなりの残念人間だな。


 さて、コントラクトはどうするかな。グランドスラムを狙ってもいい手だが、この男を侮らない方がいい、一トリックくらい奪ってきそうだ。だが、だからといってゲームで済ますのもつまらん。スモールスラムにしよう。オープナーは、Nにするか。


 私はお前が負けているからといって容赦はしないぞ。搾らせてもらう、アンラッキーな男よ。Nにその旨のサインを送った。送り終わったタイミングで男が意味不明な宣言をする。


「オープン」


 ・・・は。オープン、するのか、HCPが三点しかない筈なのに。何だ、こいつ。


 私は口をへの字に曲げた。この男、当たり前の様に言いやがったが、本当に何を考えているか分からない。よく言えるな、手札が一両も賭ける価値がない程にどうしようもない癖に。怖くないのか。


 私は手札の♢J以外の十二枚を開いた。しかし、申し訳ない、パートナーよ。恐らく私の手札に縋ったのだろうが、この焼け野原が私の手札だ。これでお前の望みは絶たれた。運命を呪ってくれ。


 『1♢』


「オープン」


 Nが宣言し、Sが五枚を開く。


 『♠︎2♢72♣︎84』


 そして、Nがビディングカードを置く。


 『6♢』


 ダイヤか。男もダイヤのビッドだった。双方ともに自分のダイヤが長いと思っている。私のダイヤは二枚しかないので、そこまでおかしなことではないか。


 『6♡』


 男が更にビッドした。・・・何を考えている。私には男が、分からん。何をとち狂っているのだ、この男は。6♡のビッドをしやがった。もう頭が正常ではないのか。見えていないということか、この俺の手札が。何をやっている。


 いや、この男を見下してはいけない。何か考えがある筈だ。というか、考えれることは一つ、オポネントのコントラクトを難しいものにすること、言い換えるなら、グランドスラムに挑戦させることだ。もしそうなったら男は一トリックを取ることだけに全てを捧げればいい。たった一トリックでいいのだからそこに勝つ可能性を見出したのだろう。


 グランドスラムか。少し心配だ。できればスモールスラムに抑えたい。いや、それとも男にコントラクトを押し付けるか。私達の手札でスモールスラムは絶対に無理だ。ダウンする未来が目に見えているのだから、いや、しかし、折角のHCP三十六点の手札でコントラクトを捨てるのも馬鹿馬鹿しい。


 ちょっと、相談するか。私はNとSにスペードが何枚あるかサインで聞いた。直ぐに帰ってきた返答によると、それぞれ三枚持っていてアナーも全てあるとのことだった。つまり、男はスペードを四枚持っているため、スペードが切り札になると男が一トリック取ってしまう。取ってしまうが、それだけだ。私にも男にもエントリーはない。それ以外は全敗だ。


 多少のリスクはあるが、こっちは勝っているのだ。なら、6♠︎でいいな。私はNにサインを送った。


 『6♠︎』


 『x』


 男はNが置くと直ぐ様ビディングカードを重ねる。前もって直ぐ出せる様に準備していたのか。それ程直ぐに出した。


 ダブルか。何としてもプレッシャーを掛けてグランドスラムにしたい様だな。だが、ダブルが付こうが関係ない。勝つものは勝つし、負けるものは負ける。


 『PASS』


 さあ、6♠︎xbyNの大勝負だ。慎重にプレーすれば必ず達成できる。最後に一稼ぎしてこのブリッジは終了だ。ダミーとなったSの手札は次の通り。


 『♠︎AJ2♡A♢AKQ72♣︎KQ84』


 先ずは私のオープニングリードだ。定石通りハートのシングルトンで問題ない。それをSが♡Aで取って、それから切り札狩り。男に一トリック取らせた後にエントリーを奪い、強い順に出していけばいい。


 ♡6、♡A、♡2、♡Q、これでSがこのトリックを取る。


 ♠︎A、♠︎T、♠︎3、♠︎4、再びSのトリックだ。


 ♠︎J、♠︎9、♠︎K、♠︎5、今度はNがトリックを取る。


 ♠︎Q、♠︎6、♠︎2、♠︎8、またN。


 ♢4、♢3、♢A、♠︎7・・・。


 ・・・・・・・・・・・・・・・♠︎7か。


 私は一瞬頭が混乱しそうになった。このタイミングで♠︎7が出るのはルール違反の様な気がしたのだ。だが、よく考えるとおかしくない。この男の手札にはダイヤがないのだろう、一枚も。始めから全くなかったということだ。しかし、スペードで男が一トリック取るのは計画通り、問題ない筈だ。


 次に男が出したのは男が唯一持っているアナーカード、♡Kだ。私はこれを見て胸騒ぎがした。待てよ、♡K、ということは、♡Aはどこだ。


 Nが♡Jを出す。私は♣︎2、Sが♣︎4、つまり、男のトリックだ。何ということ、ディクレアラーがダウンしてしまった。


 しくじった、まさかそこまで手札が偏っていたとは。迂闊だった。私の考えが甘過ぎた。折角の強い手がおじゃんになってしまったではないか。素人か、私は。


「クレームはどうやってやるんだ」


 男が不穏なことを店員に口走った。クレームだと。どういうことだ。


「いや、特に取り決めはないですけど」


 店員が答える。私は男の意図が分からない。なぜこの段階でクレームの話になるのだ。


「じゃあ、オポネントの、見てくれ。残りは全て俺のものだ」


 そう言って男は手に持つカードを卓の中央に置いた。私は派手な反応をしない様にしたが、NやSは前のめりになって言葉にならない声を漏らす。明らかに動揺している色だ。馬鹿どもが、みっともない真似するな。


 しかし、そうしてしまう気持ちは分からんでもない。これは驚きだ。この様なことが起きるとはな。残りは全て俺のものだ、か。


 男が置いたカードは全てハート、♡Tから♡3の八枚だった。もう既に切り札は出切っているうえ、ハートを持っている者も居ない。つまり、私とオポネントができることはディスカードのみ。勝負は決したということだ。


「ふざけんなよ。何だ、これ」


 Nが騒ぐ中、男は淡々と記録を取る。バルでダブルの九ダウン、二千六百点、その四分の三で男の合計は、えー、プラス千五百二十点か。つまり、こっちの負けはマイナス千五百二十点。


「おい、何かしただろ、お前」


 私は深く溜め息を吐いてカードを卓に捨てた。この男、私の想像以上だ。恐らくこうやってNが騒ぎ出すのも予想の範囲内なのだろう。なら、仮に何かされたとしても証拠は見付からない様になっている筈だ。


 男は店員に記録用紙を渡した。ここではトラブル回避のため客同士で直接金のやり取りはしない。店員は受け取ったはいいもののそれをどうしていいか困惑している。


「ちょっと、さっきのトランプ見せてくれ」


 Nが店員のポケットに手を突っ込み、赤い箱を取り出した。それに何か残っている筈だと踏んだのだろう。先程まで使っていたカードか。何も出ないと思うがな。


 赤いトランプが卓に広げられる。Nが熱心に調べるが、私は関心が薄い。相変わらず男の様子は見えないが、見なくても分かる、平静だ。男はNが自分の勝ちを消すことはできないと自信を持っている。


「金を持って来てくれ」


 男が店員を急かした。店員はNを見る。


「何をしている。何を待っているんだ」

「あ、いや・・・」

「早く持って来てくれ」

「そうですね、えーっと」

「・・・」

「どうですか。何もないんですか」


 店員がNに聞いた。Nは何も答えずに固まっている。もう心の中で何もないと結論付けているのだろう。負けを認めるという訳か。私としても異存はない。嵌めようとしたら嵌められた、それだけだ。


「・・・持って来ます」


 そう言って店員は卓を離れた。私はそれを待つ筋合いはないのだが、男を最後まで見送ることにした。負けた自分の背中を晒したくないのだ。


 負けたか、それも大敗。私はチームを作ってまでこのブリッジに勝とうとした。それなのに何だ、この男は。なぜ私に勝てる。強運、本当にそれだけなのだろうか。何か、何かが、・・・ふん、気に入らん。


 店員の遠ざかる足音がしてから十数秒後、こちらに近付く足音がした。随分と早い帰りだな。私は足音の方に振り返った。


「やあやあ、どうも。何かやってる最中ですか」


(終)

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