5-5.54番
「だから、こっちの赤のトランプ持っといて」
「ん」
房は既に施錠されている。私と十四番は二人きりで過ごさなければならない。談話室でさえやることがないのだから房の中でやることはいよいよない。つまらない話をするだけだ。
「で、私がこの青い箱からトランプを出すだろ。そっちの赤、表向きにして、裏じゃなくて。順番ぐちゃぐちゃだよな。そんで一番上が何」
十四番が視線を落とした。トランプを確認し、顔を上げる。
「♠︎Kだ」
「じゃあ、私の方から♠︎Kをテーブルに裏向きで置きまーす。青だろ」
「ああ」
「そっちのトランプ全部貸して」
私は右手で十四番のトランプを上から掴み、左手のトランプの上に半分程ズラして重ねた。この際、こっそり左手の親指でもともと持っていたトランプの一番上も半分程ズラしておく。その上に十四番から受け取ったトランプを重ねることによって、私の方の一枚が十四番の方に加えられる。
「一番上の♠︎Kを裏向きでテーブルに置きまーす。赤だろ」
「ああ」
「それ、ひっくり返してみて」
「二枚ともか」
「そう。で、私はその間に持っているトランプの束を両方とも裏向きにして置く、と」
「これが何なんだ」
「ここからだって。じゃあ、赤裏の♠︎Kは赤いトランプの束に、青裏は青に戻すよ。そして、青裏は箱に戻して仕舞う、と」
「・・・」
「お前、もともと赤いトランプを持ってたよな」
「そうだな」
「それ見てみろよ」
十四番がテーブルの上のトランプを拾い、両手の間に広げた。全体的に見終えた後、私の方を向く。
「ほぼ揃ってる」
私は十四番が驚くのを期待していたのだが、十四番はやはり無表情だった。
「な、凄えだろ。面倒臭えから全部揃えなかったけど全部でもできるよ」
「摺り替えたのか」
「そうなんだよ」
「でも青、ん?」
「実はな、最初に青い箱から出したトランプだけど、青裏は二枚しかない。他は全部赤なんだ。青裏は♠︎Kともう一枚だけ。♠︎Kはテーブルに置いて、もう一枚はお前のトランプの一番下に重ねた。そんでひっくり返すとお前のトランプの一番上に青が見えるから、そのトランプ全部が青の様に勘違いしたんだ。それを箱に入れた。つまり、お前が持ってたトランプは箱の中だ」
「そうか、トランプが二組あって青裏は二枚だけか」
「箱も青だしな」
「ああ」
十四番がトランプをテーブルに置いた。そして、テーブルに肘を突いて言う。
「よく思い付いたな」
私もトランプの箱をテーブルに置いた。
「私じゃない。旦那が教えてくれたんだ」
「旦那か。何者なんだ、そいつは」
「別に、ただのプー太郎だよ。博打で生計立てようとしてやんの」
「居るんだな、そういう奴。あ、居たか」
旦那の話になり、私は先程腹の中で押さえたイライラをぶり返した。本当に腹が立つ、あの野郎。本当に、もう、くそ。
「旦那がさ、全然電話に出ねえんだよ、幾ら掛けても」
「さっき電話してたな」
「そう。全然出ねえの」
「最近いつ繋がった」
「繋がってない」
「ずっと電話に出ないのか」
「そう」
「前に面会に来てたのに妙だな」
「違うよ、あれは。あれは彼氏」
「ん。あ、そういうことか、彼氏と旦那は別人なのか。通りで、今まで噛み合わない部分があった訳だ」
「子供がどうしてるか気になるのに」
自分で言ってて情けなさの余りに涙が出そうになった。どうして私は閉じ込められているのか。私は自分の人生を自分の子供と過ごしたい、それだけなのに。どうしてこうなってしまったのか。
「腐るな。いつか繋がる」
十四番が優しく言った。だが、心がささくれ立っている私は文言通りに受け取れない。何かムカ付く。テキトーに励まさないでほしい。
「何で。一生繋がらないかもしれないじゃん。何でそんなこと言えんの。テキトー言わないで。もう子供には会えないかもしれないんだから」
「そんなことはない」
「くそ不味いデトックスだって我慢したし、何の自由もないし、それなのに何で私が捨てられなくちゃならないの」
「大丈夫だ、子供ってのは自分の親が気になるものだ。きっと向こうから会いに来るし、そのときお前が一生懸命に生きてる姿を見せればいい」
「根拠のないこと言うなよ」
私は声を荒げてしまった。だが、私は間違ったことは言ってない。何も知らない十四番が偉そうに私に意見するのはおかしい。この様な所に長年居るどうしようもない奴のくせに私を諭すな。
「状況を考えれば分かるでしょ。旦那は私から子供を遠ざけようとしてるに決まってる。でも当然だよね。私が旦那の立場なら同じことをするもん」
「だから何だ。お前は必ず子供に会える」
「・・・」
私は十四番の言い切りっ振りが意外で言葉が出なかった。十四番はテキトーに言っているものだと思っていたが、十四番の表情から察するに確信して言っている様だ。十四番は私と子供がいつか会えると本気で思っている。
「・・・何でそう思うんだよ」
「私もそうだからだ。私にも会いたい人が居る」
「会いたい人・・・?」
「ああ」
「・・・へえ」
十四番、余り他人と接そうとしない奴だが、外には会いたい人が居るのか。昔の恋人か。いや、そういえば前に聞いたな。
「それって、あれか、昔やってたギャング殺しの、その仲間か」
「ああ」
「そいつは面会には来ないのか」
「今のところはな」
「・・・十四番の刑期は」
「無期だ」
「・・・」
つまり、十四番は自分から会いたい人に会いに行けず、会いたい人も会いに来てくれない。そこから導かれる結論は、どれだけ会いたくても絶対に会えない、ということ。悲しい奴だ。私は十四番がそのことに気付いてないとは思えないのだが、なぜそれでも会いたいと思えるのだろうか。私は思い切って十四番にそこら辺のことをどう思っているか聞いてみた。
「会えないんじゃない、その人には」
「いや、会える」
「何でそう思うの」
「それが私の生きる希望だ」
「・・・その希望は叶わないかもしれないよ」
「希望は持つものだ。叶わなくたっていい」
「・・・そう」
刑務所内には自分を大きく見せようと派手な嘘を吐く者が多い。私は十四番のギャング殺しの話も他の者達と同じ様に嘘だと思っていた。だが、今の十四番の言葉、何かこう、強さがあった。無理難題もゴリ押しで突破してしまう強い意志、みたいなものを感じる。もしかすると今まで十四番の話は全て本当なのかもしれない。
しかし、それでも私はまた子供に会える気がしなかった。十四番の本気度は分かったが、希望を持つことは現実から目を背けることに近しい。幾ら希望を持てと言われても私の頭から残酷な現実が離れることはない。
「おい、面会だ」
気が付くと扉の外にセンセーが立っていた。そういえば彼氏が近いうちに来ると言っていたな。旦那が電話に出ないこと、彼氏に愚痴ってやろう。
私は立ち上がろうとした、が、センセーに止められる。
「いや、今回はお前じゃない。十四番だ」
センセーの顔は強張っていた。私もそれを聞いて心臓が冷える思いがする。十四番だと。
私よりもかなり前から刑務所に捕らえられていて、皆から恐れられており、そして、一度も面会人が来たことのない十四番。その十四番が面会、まさか、本当に・・・。
私は振り返って十四番の顔を見た。十四番は全く色を変えず、ただ、真っ直ぐ、何もない壁を見詰めている。
(終)