5-2.42番
私は目の前で座る42番の手札を見た。そして、やるべきことを教えてやる。
「先ずはHCPを数えるんだ」
「何だそれ」
「エースとアナーを点数にするんだよ。アナーってのは絵札のことな。Aが四点、Kが三点、Qが二点でJが一点」
「・・・数えた」
「何点だ」
「言っていいのか」
「ミニブリッジだから言っていい」
「十六点」
SのこいつのパートナーであるNは十三点、オポネントのEとWがそれぞれ八点と三点、全部足したらぴったり四十点だ。間違いないな。
「二十九点対十一点だからお前らがオフェンスだ。そんでNよりお前の方が高いからお前がディクレアラーな」
「何でNは手札を全部見せちゃうんだ」
「ダミーっていうのはそういうもんだから。今回、Nはプレーに参加しない。お前が全部決めることになる」
「え、私、初心者なのに」
「お前達のHCPが二十五点以上で、ダミーの手札と合わせてスペードが八枚以上あるな。コントラクトは4♠︎だ」
「何それ」
「スペードが最強ルールで、四メイク、つまり十トリック以上取ったら勝ちってことだよ」
「トリック?」
「皆の手札、十三枚だろ。だから第一トリックから第十三トリックまでやるんだ。それで十勝以上ってこと」
「十三戦で十勝かよ。厳しいな」
「余裕だよ。今回のお前の手札、特殊だからな。オープニングリードはディクレアラーの左隣からだ。いいよ、始めて」
42番の左隣であるWが♢4を出した。ということはWはダイヤが長いのかな、シングルトンの可能性もあるが。
「ダミーの番だ。ダミーが何を出すかはお前が決める」
「何を出せばいいんだ」
「ダイヤなら何でもいい」
「じゃあ、♢9」
Nが42番の代わりに♢9を出した。それに続いてEが♢Kを出す。
「お前の番だ」
「4、9、Kか。これ、どうすんだ」
「ラッキーだったな。お前はダイヤが枯渇してる。この場合は好きなのを出していい」
「えー、そう言われてもなあ」
「最強のスペードを出しちまえばいいんだよ。この♠︎2を出せ」
「ああ、成る程ね。スペードの次に強いのはどれだ」
「いや、スペードが切り札なだけで残りは同じだ。トリックが終わったから♠︎2を裏返して自分の前に並べて。勝ったら縦、負けたら横だ」
「次は」
「勝った人、お前からだ」
「何を出せばいいの」
「何でもいい。ただ、スペードがお前のとダミーので八枚、今出したので九枚だ。てことはオポネントは四枚持っている。このとき一番可能性が高いのは一枚三枚の二枚差だ。奇数枚のときは一枚差だから覚えておけ」
「ん、どういうこと」
「EかWのどっちかが三枚持ってると仮定しろってこと。お前とダミーがスペードで三回勝てば、オポネントからスペードがなくなる。残ったスペードは勝ち確定ってことだ」
「おお、成る程な」
「六トリック確定だから、残りの四トリックはテキトーに強いカードで取れ」
「テキトーって、テキトーだな」
「じゃあ、後は皆に教えてもらって。これでいいな。お前の電話の順番貰うよ」
「え、待ってよ。あの、コントラクトってヤツはどうやって決めるんだ」
「えーっと、HCPが二十四点以下ならパーシャル、二十五点以上ならゲーム、そんで同一スーツが八枚以上あったらスーツコントラクト、なかったらノートランプだ」
「専門用語が多いな」
「パーシャルは1NT、1♠︎、1♡、1♢、1♣︎、ゲームは3NT、4♠︎、4♡、5♢、5♣︎だ。数字に六を足したトリック数を取れ」
「そもそもノートランプって何だよ」
「お前、今、♠︎2で勝ったろ。これはスペードが切り札だから勝てたんだ。切り札じゃなかったら♢Kが勝ってた」
「ああ、そういうこと」
「点数計算は皆にしてもらいな。じゃあね」
私は42番の肩を叩いて卓から離れた。壁際の電話に向かう。その際、看守所と囚人舎を繋ぐ通路の扉の前を通るのだが、その扉が開いた。十四番だ。十四番が懲罰房から戻って来た。私はピンと背筋を伸ばして歩く十四番に話し掛けた。
「随分早かったな。寂しかったか」
「ん、そうだな」
「ちゃんと反省したか」
「私はな」
そう言って十四番は私達の房に向かった。あいつ、疲れてないのかな。懲罰房は精神的にキツいって聞いたことがあるのだが。
私は十四番の背中を見送って受話器を取った。旦那の番号に掛ける。子供のことが心配だ。
(終)