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傀儡の博奕打ち 〜天才ギャンブラーと女戦士によるギャングの壊滅〜  作者: 闇柳不幽
(零または肆)最愛の友人
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4-9.彼女の物語の終わり


 俺は柵に近寄って見下ろしてみた、撃たれない様に注意して。すると、下から二番目のフロアでデカい鉄砲を掲げるリリイ・ルウの姿を見付ける。どうしてリリイ・ルウがここに。それに怪我をしている様だ。ここ以外でも戦闘があったのか。激しい戦闘だった様だな。


 いや、今はそれどころではない。ツヅキに杖を渡さなければならないのだ。見ている場合ではない。


 俺はツヅキの方に顔を向けたのだが、そこに居る筈の男の姿がない。見回すと男は壁際の階段で下を見下ろしていた。これはチャンスだ。安全にツヅキに近付ける。


「おい、ツヅキさん」

「ん」


 俺はツヅキに杖を差し出した。ツヅキはそれを受け取る。あれ、見えてるのか。


「何が起きた」

「下にリリイ・ルウさんが居る。あの男は壁際の階段に行った」


 そこで俺はある不可解な点に気付いた。壁際の階段は真っ直ぐでリリイ・ルウと男の間には何の障壁もない。鉄砲を持たない男にとって不利過ぎる。なぜその様な場所に男は立ったのだ。


「おれを男の所に」


 発砲音がした、それも一回ではなく連続。リリイ・ルウと男の戦いが始まったのだ。俺はツヅキを放って様子を見に行った。


 柵から見下ろすと、辛そうに階段を上るリリイ・ルウとふらふらと揺れながら階段を下りる男を確認した。・・・まさか、撃たれたのか、あの男。なぜだ。撃たれると思わなかったのか。馬鹿かよ。なぜ鉄砲を持つ敵の前で無防備な体を晒したのだ。全く意味が分からない。


「傷の男、どうなっている」


 ツヅキが尋ねてきたので俺は目線を切らさずに答えた。


「撃たれた様だ、さっきの男。よく分からないが、リリイ・ルウさんが倒したということでい、あ、後ろだ!」


 俺は話している途中で振り返って直ぐに絶叫した。しまった、油断していた。敵はあの男だけではなかったのだ。


 立て膝を突くツヅキの後ろ、あれは、将棋のときの、チミズだ、チミズがナイフを持って突進しているのだ。不味い、ツヅキが刺される。


 ツヅキは振り返った。そして、両手に持った杖を前に出す。何をしてる、逃げないのか。あ、そうか、これでチミズは杖の内側に入れない。つまり、刺せない。


 スピードを持ったチミズはそのまま突っ込んで来る。ツヅキは杖の位置を調整し、チミズのナイフを持つ手が杖の柄に当たる高さにした。目論見通りチミズの手が柄に当たり、チミズはそのまま柄に沿ってツヅキの外側に流れる。


 そして、ツヅキは杖の持ち手を引っ張り、刀を・・・、そうか、どこかで見たことがあると思ったら、ニーボリの杖か。ツヅキがニーボリの私物を使うとはな。まあ、仕込み刀は便利だから仕様がないか。


 ツヅキは柄から刀を抜き、外側に流れるチミズの首に当てた。チミズは一瞬で血塗れになる。ツヅキは倒れ込んだチミズの後ろ襟を掴んで立たせ、背中から刀で思い切り貫いた。


 賭場の従業員が騒然となる。しかし、誰もチミズを助けようとツヅキに飛び掛かる者は居なかったかった。ツヅキが刀を引き抜く。チミズは重力の通りに倒れ、二度と動き出すことはなかった。余計なことをしたな、チミズ。自分ならツヅキを倒せると自惚れずにとっとと逃げておけばいいものを。でも、それがギャングという人種なのかもしれないな。


 ツヅキは刃の根元を脇で挟み、前に引いた。これで刃の汚れが取れる。刀が柄に戻された。


「傷の男、肩だ」


 俺は余りの残酷な光景に対して呆気に取られていたのだが、ツヅキの言葉で我に帰り、ツヅキの傍に近寄った。肩だ、と言われても何のことだか分からなかったのだが、ツヅキが手を前に差し出すのを見て理解した。俺はその手を自分の肩に乗せる。ツヅキ、やはり見えてないのか。


「リリイ・ルウの所だ」


 ツヅキが言った。案内しろ、ということだな。俺は壁際の階段に行き、ツヅキに階段を下りることを告げてから下りた。リリイ・ルウは下のフロアで座っている、先程の男を腕に抱いて。


「目の前で座ってる。男もだ」


 俺は階段を下り切って告げた。ツヅキは俺の肩から手を離し、杖を突きながら俺の前に立つ。そして、男を見下ろした。ツヅキは、どっちだ、見えているのか。


 男は、ツヅキに見られていることに気付いたのか、顔を上げて視線を送った。ツヅキはそれを正面から受け取る。その雰囲気は敵同士とは思えない。仲間と仲間のアイコンタクトの様だった。暫くして、男が口を開く。


「・・・他の・・・皆は・・・」

「・・・お、お前、おれが分かるのか」


 ツヅキは驚いた色だった。しかし、直ぐに取り繕い、しゃがんで男と目線の高さを合わす。何だ、知り合いか。・・・あれ、待てよ、この声・・・。


「おれ、・・・私だけだ。他の皆は、残念だが死んだ」


 男は黙ってツヅキの顔を見詰め続けた。やがて、ゆっくりと前を向き、ゆっくりと顔を下げ、完全に停止する。男の死に顔は悲哀色だった。


 これでこの男との戦いにツヅキとリリイ・ルウが勝利したということになる。だが、二人は何か胸に詰まっている様だった。やはり、この男は二人にとって他人ではないのだな。


 ツヅキは男が死んだことを確認すると、その死体を退け、リリイ・ルウの傷を調べ始めた。それが終わると俺から上着を奪い、傷口に押し付ける。これは俺の素人判断に過ぎないが、リリイ・ルウの顔は死ぬ者のそれには見えない。大丈夫そうだ。


「痛いか」

「そうでもない」

「行こう」

「いや、駄目だ。直ぐにタクシーの運転手が警察を連れて来る」

「・・・分かった。じゃあ、病院で治療を受けろ。その後にお前を警察から奪う」

「その必要はない」

「・・・どういうことだ」

「私は終わった」

「・・・」

「どうせ誰かが代表になって捕まらないと、永遠に追われる。本来ならポインかナインがその役割を務めるべきだが、二人が居ない今、適任なのは私だ」

「・・・」


 俺は自分がここに居て二人の話を聞いていていいのか判断が付かなかった。二人の話は込み入った話の様だ。リリイ・ルウは喋り難そうだし、ツヅキはショックを受けている様だし、この男を倒して全てが丸く収まった、という訳にはいかないらしい。・・・ん、ポイン?


「それはおれの役割だ。お前は捕まってはいけない。お前にはやるべきことがまだある」

「もちろんだ。その私がやるべきことを、お前に託させてくれ」

「おれにお前の代わりは務まらない」

「代わりをやれなんて言ってない。託させてくれって言ったんだ。お前になら託せる」

「・・・おれには無理だ。おれはいつかリョーコやアウタイ・ジョーの様になる。捕まった方がいいのはおれだ」


 弱音を吐いている様なツヅキだったが、リリイ・ルウは口許を緩ませた。


「正直、私も今の今までそう思っていた。だが、アウタイ・ジョーは最期にお前を見た。ということは、大丈夫だ。何も問題はない。安心してお前に託せる」

「・・・」


 ・・・。


 俺は開いた口が塞がらなかった。今、リリイ・ルウは何と言った。俺の聞き違いか。いや、確かに言ったぞ、アウタイ・ジョー、と。


 ジョー、ジョーだと。この男がジョーなのか。その様な筈は、それとも同姓同名か。ガタイはアウタイ・ジョーより全然デカい。しかし、言われてみればジョーの様にも思える。どういうことだ。別人ではないのか。まさか、ジョーが化け物になった、とか。


「カイライ」

「うわっ」


 カノだ。いつの間にか後ろに居た。驚かせるなよ。


「逃げた方がいいんじゃねえのか。金はパッと拾えるだけ拾っといたけど」

「あ・・・、いや、待て。ツヅキを待て。行動はそれからだ」

「マジで。殺人が二件も起きたのに待つのかよ。早く行こうぜ」


 俺はぶー垂れるカノを無視し、ツヅキ達に視線を戻した。重たい空気は変わらない。ツヅキが口を開く。


「捕まったら二度と出れない。それを分かっているのか」

「・・・お前もそれを覚悟したうえで言ってくれたんだろ」

「・・・」

「必ずまた、いつかどこかで会おう」

「・・・分かった。また、必ず」

「ああ」

「・・・傷の男、おれの代わりに押さえろ」


 俺は突然の指名にたじろいだが、直ぐに座ってリリイ・ルウの傷口を押さえた。ツヅキはリリイ・ルウを見ずに立ち上がる。


「カノ」

「え、何。あ、いや、私はただの客でもう無関係なので帰ります」


 カノは顔を逸らして惚け出した。そういえばカノは死んだことになっているのだった。これでツヅキに完全にバレたな。折角のあの芝居が無駄になってしまった。


「カノ、裏から出るぞ。お前が先導しろ」

「は。お前、無理だろ、んなもん。自分の立場分かってんのか。エル会殺した奴がエル会の賭場のバックヤード抜けるなんて狂気の沙汰だぞ。俺が先導する訳ねえだろ」

「黙れ。ギャングが意見するな。おれをここから出したら、お前の番を最後に回してやる」

「何言ってんだ、お前。俺はもうギャングじゃねえ」

「何だと」

「カノ、これを使え。で、これがマガジンだ」


 リリイ・ルウが割って入った。リリイ・ルウは外したグラブを小銃に重ね、カノの足許に投げる。マガジンもだ。カノは爛々とした目でそれを拾い、感嘆の声を漏らす。


「行くぞ、カノ」

「分かったよ。俺の名前出すな」


 カノがグラブを嵌め、階段を上ろうとする。ツヅキはその肩に手を乗せた。


 ツヅキが行ってしまう。ツヅキを行かせていいものか。俺は心の中にモヤモヤと霧が掛かっている。それは一生晴れることはない。ただ、ずっと考えていたことがある。それは、ツヅキに聞いてもらえれば多少は改善するのではないか、ということだ。恐らくツヅキと会うのはこれで最後、今しかない。先を急ぐところ申し訳ないが、話を聞いてもらおう。


「なあ、ツヅキさん」


 カノが立ち止まって振り向いた。しかし、ツヅキは振り向かない。でも、聞こえてはいるだろう。俺はリリイ・ルウの傷口を押さえながら話を続けた。


「その、何というか、テラさんのことだ。お宅に言っても仕様がないというのは分かっているんだが、その、俺のせいだ。俺が余計なことをしたから、死なせてしまった。本当に、すまないと思っている」


 俺は慎重に言葉を選びながら声を振り絞った。俺が言い終えると、ツヅキは横顔を俺に見せ、静かにこう言った。


「テラのこと、忘れないでやってくれ」


 そして、ツヅキは前を向き、カノの肩を押した。カノは小銃を構えて階段を上る。


 ・・・迷惑だったかな。言わない方がよかったのかもしれない。ツヅキを不愉快にするだけだったのかも。被害者面し過ぎたか。


「お前だけの責任ではない」


 俯いている俺にリリイ・ルウが声を掛けた。俺は顔を上げる。


「私にも責任はある」

「・・・」


 リリイ・ルウは俺を励ましてくれているのだろうか。俺はなぜか惨めな気になった。


「ツヅキはお前のその言葉を聞けて喜んでいる筈だ。あいつは感情を隠したがる奴だからな」

「・・・そうか」

「悪いな、話し掛けて。喋ってないと意識が飛びそうなんだ」

「あ、そうなのか。別に構わない」


 警察がやって来るまで俺とリリイ・ルウの二人だけの時間だ。折角の機会、聞けることは聞いておこう。


「こいつ、アウタイ・ジョーと言ったな」

「ああ」

「・・・ジョー、か」

「気になるのか」

「まあ、その、俺の知り合いにも同じ名前の奴が居る。けど、違うな。こいつの方がデカい」

「見た目や雰囲気は似てるのか」

「・・・似てる」

「なら、同一人物だろう。私達にもよく分かってないが、アウタイ・ジョーはある日を境に普通の人間ではなくなった」

「は。どういうことだ」

「さあな。私達もこいつには手を焼かされた」

「・・・そうか」


 俺はリリイ・ルウの言葉を素直には受け取れなかった。本当にこいつはジョーなのか。もしそうだとしたら、一体ジョーに何があったのだろうか。


「アウタイ・ジョーとは友達なのか」

「友達、いや、友達ではないかな」

「じゃあ、カノは友達なのか」

「いや、たまたま最近一緒になったってだけだ」

「そうか。でも、多分あいつはお前のことを友達だと思っているぞ。お前も友達だと言ってやれ」

「・・・お宅はツヅキさんと友達なのか」

「ああ、今日からは友達だ」

「・・・分かったよ。カノさんとは友達だ」

「ふん、言わされてるな」

「ツヅキさんはこれからどうなる」

「やることをやるだけだ」

「お宅の手助けは要らないのか」

「要らないな。人生というものは糾えている。最悪を乗り越えたツヅキは何をやっても上手くいくさ」

「・・・」


 俺はその言葉、糾えている、という言葉に聞き覚えがある。そして、そこから過去の記憶を呼び覚ますと、笑いそうになった。ここまで偶然が重なるか。となると、この男も本当にジョーなのかもな。まさか、リリイ・ルウがあのときのあいつだったとは。


「ブリッジクラブを覚えているか」

「・・・ブリッジ・・・、そうか、そうだ。お前の声、聞いたことがある。あのときの、お前だったのか」


 リリイ・ルウも思い出した様だ。そう、俺達は前に会っている。


「さわやかブリッジクラブ、だろ」

「そうだ。しかも、あのときは俺の他にジョーも居た」

「・・・冗談だろ。じゃあ、再集結ということか。面白い。奇妙な縁だ」

「ポインはどうしてる」

「死んだよ」

「・・・そうなのか。死んだのか」

「ポインだけじゃない」


 そう言ってリリイ・ルウは俯いた。苦しそうに口で深く呼吸する。


 以降、俺達は一言も交わさなかった。賭場内には俺達と従業員だけで他には誰も居ない。従業員達は、チミズが死んでパニックなのだろう、俺達を攻撃しようとしなかった。別に俺がリリイ・ルウを守る筋合いはないのだが、リリイ・ルウがエル会に殺されてほしくないと思っていたので好都合だった。


 外からサイレンの音が聞こえた。やっと警察の到着か。相変わらずこの国の警察は遅いな。俺は肩を震わせるリリイ・ルウと共に警察がこの賭場に突入するのを待った。


(終)

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