4-9.覚醒
・・・惚けていても仕様がない。私は上着を脱いでメーガの頭に巻いてやった。だが、直ぐに血が滲んでくる。しかし、これ以上巻く布はない。
リアシートのドアを開け、ん、取っ手の位置がズレたか。ドアを開け、メーガを寝かせた。ここに置いて行く訳にはいかない。そして、私は運転席に、ん、ドアを開けるの難しいな。運転席のドアを開け、小銃を助手席に放って座った。
あ、車が走り出してないか。いや、勘違いか。どうした。何か変だ。頭が、道が歪んでいる。ハンドルもだ。ハンドルを握るために腕を上げるのも怠い。はあ、背中をシートから浮かすのも怠い。窓、開けたっけ。あ、開いてないか。
私も、もう、駄目だ。まさか、体より先に心が駄目になるとはな。私の引き入れた仲間が次々と失われていく。もう耐えれない。はあ、賭場に行かないといけないのに気力が全く湧かない。
もういいか、私は。沢山の仲間が死んだのだ。私ももういい。どうでもいい。賭場にはもう行かない。息をするのも、瞬きをするのも、もう、いい。
ふと助手席を見てみると、小銃の周りにカラフルな錠剤が裸で撒かれていた。これは、アゲグスリか。なぜここにあるのだろう。
・・・ドラッグか。そうか、ドラッグか。面白い、今の私の傍にドラッグがある。やってやろう、最後まで。私は助手席に手を伸ばし、小銃を掴んだ。そして、自分の脇腹に突き付け、引き金を引く。
おお、凄い衝撃だ。初めてのマメだが、この様な感じだったのか。激しいな。私は今までこれ程の物を扱っていたのか。
でも、目が覚めた。賭場への道順は忘れていない。今から助けに行く。今のあいつではアウタイ・ジョーに勝てない。
私はハンドルを片手で握り、片手で銃創を押さえ、アクセルを踏んだ。おっと、サイドブレーキか。よし、行くぞ。あ、塀を擦ったか。ふう、行くしかない。
通りに出ると、いきなり車が正面から突っ込んで来た。私はハンドルを切れなかったが、向こうが避けてくれた。何なのだ、あの車は。あ、反対車線か。
私は何とか車線を変えた。くそ、汗が目に入るし、アクセルの踏み込みの微調整も難しい。
赤信号だ。ブレーキ、ブレーキは、くそ、足が上がらない。もう、突っ切るか。
横の車線から来る車のスピードで私はどうハンドルを切るべきか分かった。パッと左に切り、キュッと戻す。交差点を突破できた。
くそ、だが、吐きそうだ。まだまだ信号は沢山あるぞ。無理だ。絶対に無理に決まっている。だが、行かなければ、行、しまった。
私はブレーキを思い切り踏んだ。T字路の突き当たりに向かってアクセル全開だったのだ。体が前に飛ばされそうになる。車は大きな悲鳴を上げ、停車していたタクシーの側面にコツンとぶつかった。
・・・死ぬかと思ったよ。よし、行こう。車のギアを、いや、そうか、タクシーに乗るか。メーガには悪いが、後で必ず戻って来る、だから、タクシーに乗らせてくれ。
私は小銃を持って車から降り、それを隠しながらタクシーのリアシートのドアに回った。ドアが独りでに開く。
「あの、大丈夫ですか。病院に連れて行きましょうか」
「いや」
私は倒れ込む様にシートに手を突いて座り、ドアを閉め、小銃を運転手に向けた。
「ダイヤモンド・カジノだ」
「え、ちょっと」
「直ぐに出せ。出さないのなら考えがある」
「あ、分かりました」
運転手が前を向き、車が走り出した。これで安全に賭場に向かえる。しかし、油断はできない。この運転手が素直に賭場に向かわない可能性もある。しっかりどの道を進んでいるのか監視しなければならない。
・・・次を右だな。右だ。だからそろそろ、まだか。まだ、くそ、駄目だ、こいつ。
私は脅しのために小銃をヘッドレストに押し付けた。運転手は今のこの状況をよく分かっていない様だ。
「早く右車線に移れ」
「ああ、はい、すいません、はい」
「到着まで車線の移動は迅速に行え」
運転手は細い声で返事をすると車線変更した。もし私が見逃していたらどこに行くつもりだったのだろうか。
それからも私はずっと監視し続けた。物凄い体力の消耗だった。ただ運転してもらうだけのことなのに、これ程疲れてしまうとは。呼吸と汗が激しい。眠い様な感覚にも襲われている。
車が停車した。何事だ。なぜ停まった。信号待ちか。
「もう着きますけど」
運転手が私の方に振り返っていた。窓の外を見てみると、確かに見覚えのある大きな建物が少し向こうにあるが、この今居る左車線は動いていない。一方で右車線はガラガラだ。私は大きな溜め息を吐いて言った。
「車線を変えろ。兎に角賭場に近付け」
「はい」
車が動き出し、直ぐにまた停まる。今度こそ賭場は目の前だ。
「開けてくれ」
「あ、ああ」
ドアが再び独りでに開いた。そして、そのドアが突然吹き飛ぶ。どうやら左車線が動き出していて、車が来ていたのに開けたものだから接触したらしい。このタイミングで降りていたら死んでたな。
私は重い体を持ち上げて車を降り、小銃で左車線の車を制しながら道を渡る。建物の入り口には誰も立っていなかった。通常なら従業員が居る筈なのに居ないということは、賭場内で異常事態が発生しているのだろう。手遅れでなければいいが。
賭場内に侵入した。中の構造は棚田の様に段々になっていて奥に行く程高い。客は少なく、居たとしても身を低くして机の陰に隠れている。
一番奥の段、ここを一階とすると四階に相当する所、に目を向けた。居る、アウタイ・ジョーだ。戦っている。早く、早く行かなければ。
私は壁沿いの階段を上った。くそ、キツい。意識して脚を持ち上げないと階段の一段すら越えれない。まだか、まだ二階に着かないのか。何というか、体が動かされることを拒否している様な、感覚だ。
やっと二階に着いた。でも、時間が掛かり過ぎている。早く行かないといけないのに、くそ。
お前がここに来い、アウタイ・ジョー。私を殺したいのだろう。早く来いよ。私はここだ。チャンスだぞ。来い。来いよ。ここに居るぞ。
私は天井に向かって小銃を乱射した。賭場内に居る全員の視線が私に移る。もちろん、アウタイ・ジョーも私の方を見た。私とバッチリ目が合う。
アウタイ・ジョーは私から視線を外さずに階段の方に来た。遠くだが私と真っ直ぐ対面する。私が下でアウタイ・ジョーが上だ。
私が時間を稼ぐ。だから、その間に逃げろ。アウタイ・ジョーを倒せるとしたらお前だけだ。頼むから私に構わずに逃げてくれ。
アウタイ・ジョーが階段を下り出した。私は階段に足を掛け、小銃を向ける。しっかりと狙いたいが、目が霞むな。腕も小銃の重さに耐え切れていない。当たるかな、これ。
私が狙いを付けている間にアウタイ・ジョーは三階と四階の真ん中辺りに来ていた。そろそろ撃たないと手遅れになる。私は思い切って引き金を引いた、当たってくれと願いながら。
五発発射された。それぞれのマメは真っ直ぐに飛び、アウタイ・ジョーの胴体を貫く。シャツに赤い丸が五個。アウタイ・ジョーは階段に倒れた。だが、直ぐに立ち上がるため手摺りにしがみ付く。膝をガクガクと震わせながら階段を下りようとしている。
私は自分で撃っておきながら命中したことに驚いていた。これ程簡単に当たるとは、今までのは何だったのだろう。一発も当たったことがなかったのに、一体なぜ。でも、まあ、そうか、アウタイ・ジョーにも限界はあるか。今日がたまたま限界の日だったのだな、私と同じ様に。奇遇、いや、運命か。そういうことならば、今日、ともに最後を迎えようではないか。
私はこれ以上撃ちたくなかった。銃口を下げ、アウタイ・ジョーと三階で会える様に残りの力を振り絞って階段を上る。もう少しだ。頑張ろう。
三階に着いた。アウタイ・ジョーも私と同じタイミングで三階に着く。私に向かって腕を伸ばすアウタイ・ジョー。しかし、その力は弱く、私はその腕を取るとアウタイ・ジョーを回転させ、膝の後ろを蹴った。アウタイ・ジョーは体勢を崩したが、私はそれに耐えることができず、一緒に後ろに崩れてしまう。私は背中を壁に付け、アウタイ・ジョーを後ろから抱く形になった。
こいつに体勢を直させる訳にはいかない。私は後ろから両腕でホールドし、アウタイ・ジョーが身動きを取れない様にした。絶対に離さない。
初め、アウタイ・ジョーはもがいて私の腕を解こうとした。しかし、弱い。幾ら私が手負いでも、この力には負けない。
「やめろ。もう終わりなんだよ。じっとしてろ」
耳許で囁いた。図らずも優しい声になってしまった。
やがて、アウタイ・ジョーは抵抗をやめ、近くに立つ人物に向けて顔を上げた。あれ、こいつ、いつの間に来ていたのだ。
(終)