3-10.いざとなったら殺してやる
そういえばこのお客の連れが居ない。あ、そうだ、先程このお客に財布を片付けに行かされていたな。ん、丁度帰って来たな。この連れ、ギプスが怪しい。よく見張っておかないと。
「では、♠︎をどうぞ。いや、♣︎の方がいいですか。どっちでもいいですよ」
「♠︎でいい」
俺は♠︎の十枚をお客に渡し、残った♣︎の十枚を両手の間に広げる。今回はどうしようか。『紅ニ染ミ込ム屋』にするか。
お客が♠︎と睨めっこしている間に俺は左上から右に9T7A2、左下から右に43568と並べた。この並びは場所と数字が一瞬で一致する並びだ。俺の不正に欠かせない。
俺が並べ終えると、お客は直ぐ様トランプを出していった。早いな。いつもの客ならもっと悩みながら出すのだが。テキパキとトランプを卓のに重ねている。
「おお、決断力ありますね。さすがだ」
今回の様な負けれない勝負は一回戦目から勝つ。相当運が悪いと二回戦目、三回戦目で負けてしまう可能性があるので一回戦目から容赦しない。悪いな、お客さん、あんたは負けるよ。では、俺の組を確認するか。
俺の組は表向きの♠︎が上に乗っている五組だ。今回は手前の五組がそうで、その内容は次の通り。
『24』『53』『A5』『86』『68』(『♠︎♣︎』の順)
これはもし♣︎を完璧に入れ替えれれば三ペア成立するが『交差』の形になっているので『下上』だけでは三ペアにできない(俺が最高三ペアということはお客も最高三ペアだ)。
『下上』だけをやるのなら次の様に五組を集める。
『8668A55324』
そして、『下上』を実行すると次の様になる。
『48668A5532』
二枚ずつ区切ると二ペアできることが分かるが、二ペアでは負ける可能性が僅かだが発生する。こういったことが起こるので『交差』の形は厄介なのだ。
通常なら『交差』を実行することはない。余りにも俺が強くなって理不尽なうえ必要な動作が増えるからだ。しかし、三百万勝負、他のギャングの中には、三百万ぽっち、と言う者も居るだろうが、俺は絶対に金を甘く見ない。結局金欠になって組織や仲間から見捨てられ、ケチな犯罪で長年ム所暮らしになった奴を何人も知っている。俺は三百万でも手を抜く気はない。
『交差』、実行だ。
「お客さん、すいません、話してないことがありました」
俺は右手に『68』、左手に『86』をそれぞれ人差し指の側面と親指の腹で挟んでお客の顔を見た。すると、お客も・・・、って、あれ。お客が俺の顔を見ない。なぜだ、なぜ話し掛けられたのに俺の顔を見ずに俺の手許を見続けている。普通顔を見られながら声を掛けられたらこっちを見るだろ。なのに、こいつ、くそ、このままでは駄目だ。プランBを実行する。
「てめえ、兄貴が聞いてんだろうが」
お客のボディチェックをした俺の舎弟がお客の肩を掴んで引っ張った。さすがのお客も舎弟の方を見る。今がチャンスだ。
「おい、乱暴するな、馬鹿。何やってんだ」
俺は左手の二枚のうちの下の裏向きの一枚を右手の二枚の間に差し込んだ。すると、自然に右手の下の一枚が左手のトランプと人差し指の間に差し込まれる。この瞬間、左手の親指と人差し指の間に三枚のトランプが挟まれていることになる。そこで右手がその三枚の真ん中の一枚を貰って両手を離せば、『交差』の完了だ。今、右手は『66』で左手は『88』になっている。
「本当に申し訳ない」
右手の二枚を卓の上に置き、その上に左手の二枚を重ねた。
「お前、出てろ。勝負の邪魔だ」
俺の指示に従って舎弟が部屋を出る。完璧だ。これが一勝負につき一回しか使えない『交差』。これで三ペア確定。
「すいません、話というのは引き分けの場合のことです」
お客は俺の顔ではなく卓の上に視線を戻した。そして、自身の五組を集める。そこに怪しい挙動はなかった。
「ペア数が同じなら引き分けで、そのゲームはやり直しです。やり直しってのは、その、初期化するって訳ではなくて、勝敗数は一緒で、・・・私の言いたいこと分かります?」
俺は喋りながら残りの三組を左手に重ねた。左手には上から次の通りだ。
『A(5)5(3)2(4)』(()内の数字は裏向きのトランプ)
これから『下上』を実行するが、お客が俺の手許をガン見している。しかし、問題ない。『下上』はガン見されても何が起きているか相手にはよく分からないのだ。お客の視線など何の障害にもならない。
俺は左手で持っている六枚の一番下の一枚に左手の親指以外の四指の指先を当てた。そして、四指を伸ばすと六枚が横に広がる。右手の方に一番下が突き出て来るので、右手は甲を天井に向けて一番下を掴んだ。そこから直ぐに右手の一枚、左手の五枚をそれぞれ独立して縦に回転させる。このとき左手の甲で右手を相手から隠す様にすればバレない。右手の一枚の上に左手の五枚を重ねると次の様になって『下上』となるのだ。
『(2)3(5)5(A)4』
辻褄を合わせるために右手の中で六枚を横に回転させ、上から一枚ずつ卓の四枚の上に重ねていった。すると、次の様になる。
『2355A48866』(奇数枚目・表向きの♠︎、偶・裏♣︎)
よし、終わった。『交差』と『下上』の合わせ技、これで三ペアを作り出してやった。この神経衰弱では五ペアはもちろん、四ペアも先ず出ない。三ペアは百回やれば一回か二回かくらいだ。つまり、三ペアはほぼ確実に勝てる。先ずは一勝だ。
「私の方から見ますか。一組目は駄目。二組目は、お、ゴーゴーです。三組目、駄目。四組目、ペア。五組目、あ、ペア。三ペアですよ。いいですね。いきなりズドンと来ました。これは強敵ですよ。そっちを見せて下さい」
お客は全く動かずに俺の三ペアを見詰めている。何だ、何を見てやがる。早く開けろよ。何の意味があって見てるのだ。
俺がお客に不審そうな視線を投げ掛けると、お客は鼻から短く息を吐き、十枚全てをひっくり返した。表になった十枚を横に広げていく。
「・・・三だ」
「え、三ペアですか。本当に?」
お客の手札、ペアが三つできている。三対三、引き分けだ。
俺は信じれなかった。しかし、実際に7と9とTがペアになっている。本当に三ペアだ。このタイミングで三ペアを出すとは、凄い。面白いお客だな。三ペアを出すとは運がいい。いや、いやいや、俺と勝負してる時点で運が悪いか。相手が俺ではなかったら引き分けではなくお客の勝ちだったからな。俺は笑ってお客に言った。
「これはこれは、レベルの高い勝負でしたね。今まで何十、何百とこのゲームをやりましたが、三対三は一回もありませんでしたよ。それくらい珍しいです。さあ、もう一回やりましょう」
俺は♠︎をお客に渡し、♣︎を受け取った。次はない。この様な偶然は二度と起こらない。もう終わりだ。ここから俺の二連勝で終わる。
今回は横に数字順にするか。俺は左上からA2345、左下から6789Tと♣︎を並べた。今回も俺が並べた瞬間にお客が♠︎を置き出す。何か、不快だな、直ぐにやられると。
今度はお客はジグザグになる様、表と裏を置いていった。俺のは次の五組。
『8A』『53』『35』『47』『A9』
また最高三ペアで『交差』の形がある。しかし、もう『交差』は実行できない。実は『交差』の形はその二組で『下上』を実行すればペアになるのだが、俺は残りの三組でも『下上』を実行せねばならない。連続で『下上』を実行し、それを怪しまれでもしたら、両手を使うのは禁止だとか主張されかねない。現に一回言われたことあるし。
・・・仕方ない今回は二ペアにしておこう。もうお客が三ペアを出すことはない。二ペアでも十分勝てるだろう。
俺とお客がトランプを集める。俺は次の様に集めた。
『478AA93553』
この十枚を左手に持ち、下を突き出す。右手で一番下を受け取り、それぞれ独立に回転させ、右手の上に重ね、右手の中で回転させる。先程はここから一枚ずつ卓に置いていったが、先程と同じ形にしたくないので、今回はここでもう黙って組を開示していく。
一番上は裏向きの3で、その次が表向きの4。
「ノーペア」
裏7表8、裏A表A。
「来た」
お客は既に十枚を集め終え、卓の上に置いている。怪しい挙動はなかった。俺は残りの二組を開け、更に一ペアできていることを明らかにする。
「二ペアですね」
お客は俺のペア数を気にする様子なく十枚をひっくり返した。二ペアも作られると敗戦濃厚だというのにそれを理解していないのか、悠長に表の十枚を横に広げる。
「・・・三だ」
「え、は、さ・・・」
お客の十枚、2と6とTでペアが三つできている。まさか、冗談だろ。三ペアを連続して作りやがったのか。その様なこと、あり得なくはないが、いや、でも、え、いいのかな。このお客は馬鹿みたいな強運という理解でいいのか。なら、このお客は次も三ペア作るのか。そんなこと堪ったもんじゃない。
・・・いや、このお客は、先程、俺が『交差』を実行しようとしたとき、俺の手許を見続けた。もし俺がプランBを用意してなかったら実行できなかったくらいだ。つまり、このお客はただの強運馬鹿ではないのだ。俺の手許を見続けるなど只者ではない。
そうか、何かしやがったな。何をした。このトランプに何かしらやったのか。それとも俺の後ろに立つ誰かを買収したか。それをされたら俺に勝ち目ないよな。まあ、何にせよ、今直ぐに特定するのは難しいだろう。
俺は幽かに口許を綻ばせた。久々に面白い馬鹿に会えたのだ、笑ってしまうよ。俺に、この俺に一杯食わせようってのか。俺に、面白い。いいだろう、お望みならやり合ってやるよ。
「三ペアだなんてさすがですね」
俺はお客に大声を浴びせた。お客はビビる色なくトランプを見ている。成る程、ある程度は肝が据わっているらしい。しかし、いつまで続くかな。
「物凄い強運だ。ところで、私の友人の舎弟にね、兄貴の罪を被ってム所送りになった奴が居るんですよ。昔の話なんですけどね」
お客はまだトランプを見ている。
「でも、それ、普通のことなんですよ。兄貴や親父を守るのは普通です。一般の会社員だって上司のミスを庇ったりするでしょう。ただ、そいつね、何か知らねえけど検事の話に乗っちゃって、余計なことベラベラ喋りやがったんですよ」
お客、俺の話を聞いているのか、先程から全く様子が変わらないが。まあ、いい。続けよう。
「んでね、そいつ、たった五年で出て来やがったんです。私の友人はそいつのせいで大損こいたんで、皆でそいつが逃げる前に捕まえて、頭をね、こう、撃った訳ですよ。あ、私がですよ。私が撃ちました。すると何と、生きてたんですよ、そいつ。頭を撃たれたのにですよ。凄い運ですよね。お客さんのもそれに匹敵するんじゃないかな」
俺は手許の十枚から五枚の♠︎を抜き、お客に差し出した。お客がそれを受け取るが、俺は手を離さない。
「我々もね、何かあったら時間を掛けて調べないといけないですから。お客さんもね、帰るのが遅くなっちゃいますし。じゃ、二回戦をやりましょうか」
俺は手を離した。お客は受け取った♠︎を卓に置くと、俺に平然と♣︎を渡す。このお客、俺の言葉の意味を理解しているのか。全く様子に変化がないぞ。まあ、お客が何を考えているか、次の二回戦で分かる。そこで俺が負ける様なことがあったらただでは帰さない。覚悟しろよ。ボッコボコにしてやるからな。
(続)