3-6.選択権放棄神経衰弱
「何か、違うっぽいな。幾らでも賭けれるみたいに聞いたが勘違いだったのかも」
「イーヤロは何ペアだった」
鍋を既に完食したカイライが俺に聞いてきた。先程のテーブルはここから遠いので様子がよく分からなかったのだろう。
「四ペア」
「お前は」
「それが、何と」
俺は自慢げにポケットのクーポン券をテーブルに並べた。
「六ペア。千両も勝っちまった。凄えだろ」
「・・・」
カイライは一枚のクーポン券を手に取り、そこに書かれていることを読み出した。俺が勝ったことを褒める気はなさそうだ。俺は食事を再開して話を続ける。
「別に何もなかったぜ。普通の神経衰弱だった」
「まだ断言できない」
「何で」
「計算してみろ」
計算?計算って、あ、金のことか。えーっと、イーヤロは四ペアだから五百両を八人から四回貰って、えー、五百両を三十二回貰ったってことか。そんで客は全員で三十一ペア作ったから、イーヤロは五百両を三十一回失った。あれ、三十二と三十一、勝ってんじゃん、イーヤロ。
イーヤロが儲けていた。これをどう考えればいいのだろうか。カイライは何かあると思っているのか。しかし、何かあったとしてもたかが五百両だ。どうでもいい額に過ぎない。気にする必要はないだろう。
「そんで、どうする。やっぱりルーレットにするか」
「いや、ここでいい」
「マジで。一千万両分のクーポン券ってこと?正気か」
「いや、現金だ」
「は」
カイライが俺との会話を打ち切って店員を呼んだ。このタイミングで追加注文かよ。
「ご注文ですか」
「あれについて聞きたい」
カイライが壁を指差した。そこにはコルクボードが掛かっており、沢山のポラロイド写真が押しピンで留められている。気付かなかったな、何の写真だろうか。写っているのはカメラに向かって何かを持ってピースしている人だ。何を持っているのだ。・・・商品券かな。商品券を持っている。あれ、右下、右下の人、現金を持っている。凄い額持っているぞ。五十万くらいか。
「あれはですね、先程の神経衰弱おじさんと一対一で対戦することができるんですが、それに勝った人の記念写真です」
「誰でも対戦できるのか」
「ええ、お金は掛かりますけど」
「幾らだ」
「賭け金の五パーセントです」
「どんなことをする」
「あ、見学しますか」
「できるのか」
「ええ、やってるお客様が見られてもいいという場合は見学できます。聞いてきましょうか」
「ああ」
店員がテーブルを離れ、そして一分も経たずに戻って来た。許可が取れたとのことだった。早いな。そして、その店員は俺達を案内しようとしたので、俺は食事を中断し、コルクボードの隣から行ける階段で地下に向かってゲームの場に合流した。地下での勝負など急展開な話だがカイライは涼しい顔だ。
この部屋は倉庫兼従業員控え室なのだろうか。中央に卓があり、壁際の棚には段ボールが詰められている。卓にはイーヤロとその対面に一人の男が座り、その男の後ろに連れと思われる二人の男が立っていた。俺達は卓が見える位置に移動し、俺達を案内した店員は上に戻る。
「ああ、見学ってあなた達でしたか。いいですよ、もっと近くにでも」
「ここでいい」
「そうですか」
カイライが初めてイーヤロと会話した。カイライも遂に本気になったか。俺もしっかりとこの勝負を見届けよう。
卓の上には十枚の赤裏のトランプが二行五列で裏向きに並べられている。男の方は何枚かトランプを持っているが、イーヤロは何も持っていない。何をやるのだろうか。
男が手に持ったトランプから一枚、卓のトランプの一枚に裏向きで重ねた。更に一枚、もう一枚。今度は表向きに重ねた。この様に表や裏で重ねていき、全てのトランプに一枚ずつ重ねられる。
男はもともと十枚のトランプを持っていた。そして、裏の上に表の二枚一組が五組、裏の上に裏の二枚一組が五組、どうやら何をするか分かってきたぞ。
「では、集めましょう」
イーヤロが表向きの方を、男が裏向きの方を回収し、重ね、それぞれが十枚の束を作った。
「私の方から見ましょうか」
イーヤロが手に持つ束の一番上にある表向きの『♠︎3』を卓に置き、束の次のトランプである裏向きの一枚を表にしながら重ねる。それは『♣︎4』だった。
「先ずはペア成立ならずです」
また同じ様にイーヤロが表向きの『♠︎A』を置き、次の裏向きの一枚を表にしながら重ねる。『♣︎A』だった。
「おっ、できましたよ」
この様にトランプを開いていき、次の一組が『♠︎T』と『♣︎5』、その次が『♠︎2』と『♣︎3』、その次が『♠︎4』と『♣︎6』だった。
「私は一ペアですね。では、そっちを見ましょうか」
イーヤロの言葉を契機に男が裏向きのトランプを二枚ずつ開いてく。『♠︎8・♣︎2』『♠︎6・♣︎7』『♠︎7・♣︎8』『♠︎5・♣︎9』『♠︎9・♣︎T』だ。男は悔しそうにする。
「あー、残念でしたね。ノーペアだ。でもまだ大丈夫です。これから二連勝すればいいんですよ」
イーヤロが♠︎を男の方に置いてから♣︎を回収し、裏向きで二行五列に並べる。男は♠︎を手に持ち、先程と同じ様に卓のトランプに重ねた。表をイーヤロが、裏を男が回収する。またイーヤロの方が先に一番上の表向きのトランプを卓に置いてペアのチェックをした。
「うーん、ペアなしか。不味いな。そっちはどうですか」
男がトランプを開いた。一ペアできている。イーヤロの負けだ。でも、ペアなしだから仕方ない。ペアなしでは絶対に勝てないからな。
「これで一勝一敗ですか。次ですね。次で決着ですよ。覚悟して下さい」
イーヤロが卓に並べ、男がその上に一枚ずつ重ねる。先程と全く同じだ。最後に男が表向きで重ねると、二人は回収し出した。イーヤロは回収した十枚を手に持って縦に回転させると、束の一番上の裏向きの一枚を卓に置き、それに続いて一枚ずつ置き出した。どうやら枚数を確認している様だ。
「十枚。よし。さあ、いいですか」
卓の上のイーヤロのトランプ、その一番上は表向きの『♠︎4』だ。その次を表にすると『♣︎4』、いきなりペアができた。
「あ、来ました。ツイてる」
その次の二枚はペアではなかったが、更にその次の二枚はまたペアだった。凄い、もうペアが二つできている。
「あー、よし。かなりいいですよ」
その次もペア。最後はペアではなかったが、イーヤロは三ペアも獲得した。これ、イーヤロの勝ちだな。三ペアは中々だ。
男のトランプが開かれると、男の獲得ペア数は二だということが分かった。二ペアも獲得するとは悪くないが、イーヤロに下回っている。俺は何となくイーヤロが勝つ気がしてたが、その予想通りイーヤロが勝った。
「惜しかったですね。今日の私はラッキーな様です。こりゃ宝くじを買った方がよさそうだ。是非またやりましょう。お待ちしておりますよ」
イーヤロが男に握手を求めた。勝者の余裕か。男はなされるがまま握手する。
終わった。では、帰ろう。俺は横を見た。そして、カイライが居ないことに気付く。あれ、どこ行った。辺りを見回すと、カイライは階段を上っていた。黙って行くなよ。なぜ一声掛けることもできないのだ。
俺は小走りでカイライに追い付いた。そのカイライは小声で何か呟いている。俺は耳を澄まして何を言ってるか聞いてみた。
「く・・・、く・れ・な・い・・・」
くれない?くれないってどこかで聞いたな。あ、この店の名前か。この店の名前がどうしたのだろうか。
「に・し・み・・・」
(終)