3−3.ルーレットをぶっ潰せ
俺は四十二万、ジョーは約二十万、二人で計六十万強、このルーレットに溶かした。そろそろ頃合いか。計画を開始しよう。
俺は五千と書かれた四枚の黒い正方形の木札を縦に重ね、その上に十万と書かれた一枚を置いた。この五枚のスタックを『35』と『36』の間の白線の上に置く。二点張りだ。いきなり来ることはないだろうが来たときのための心の準備はしておく。
離れた所に座るジョーは黙って台の数字を睨み付けていた。俺は元々無口なので黙っていても違和感ないだろうが、ジョーの沈黙は違和感ありまくりだ。普段のジョーを知らない盤回しもジョーに違和感を抱いているだろう。
球がポケットに落ちた。『7』だ。盤回しが台の『7』に木標を置く。俺の黒いスタックを含め全ての木札が盤回しに回収された。全員が外したということだ。
今回俺は外したが、まあ、外すこともあるよな、と流せる様なことではない。俺に与えられたチャンスは資金的に二十回程、それまでに決めなければならないのだ。
俺は先程と同じスタックで先程と同じ二つの数字に張った。盤回しが球を放つ。ジョーは白い木札で様々な数字に一点張りをした後、赤に多めに張り、そこで盤回しが鈴を鳴らして張りを締め切った。
スピードを失った球がポケットに落ちようとする。球は何度か弾かれ、やっと一つのポケットに落ち着いた。『12』だった。ジョーの赤が当たったのだが、重要な俺の『35』と『36』は外れた。
『12』か・・・。先程盤回しが放ったとき、『11』辺りから放った様な気がするが、どうなのだろう。
俺はその後も頑なに同じ張りを続けたが、木標も頑なに『35』と『36』以外の場所に置かれ続ける。もう九連続で外れた。それでも俺は行くしかない。一回外すだけで十万以上失うのだが構わずに突き進む。
次だ。盤回しが木札の精算を終えたので俺は黒い五枚スタックをいつもの場所に置いた。頼む、そろそろ来てくれ。
球が放たれた。『0』辺りからだ。その球は『26』に入る。くそ、また外れた。・・・『26』か、先程の俺の予感は勘違いだった様だな。
木標が『26』に置かれるが、その周辺に木札は全くない。全員の木札が盤回しに回収される。ボロ儲けだな、盤回しは。いや、儲けてるのは賭場か。
これで十連敗、折り返し地点だ。確率的には三十七分の二なのだからそろそろ、でも、まあ、仕様がないか。しかし、もうそろそろ、早く来てくれないと、本当に金が尽きてしまうぞ。
盤回しが『8』辺りから球を放った。その球の勢いが強い様な・・・。
・・・そういえば先程、発射地点と到着地点が正反対だったとき、木札の精算作業がなかった様な気がする。ややこしい作業がないから球を放つのに集中できるということなのか。
今回も精算作業がなかった。『8』の反対側は、あ、『35』だ。『35』、俺の数字だ。もしかすると、あるかもしれない。遂に来るか。
球が盤の縁を這うのをやめた。ポケットの方へ吸い込まれていく。俺は拳を強く握った。球は『3』のポケットでバウンドし、『12』でまたバウンドした後、あるポケットに落ちる。『35』だ。俺は目を見開いた。
よし、来た。遂に来た。俺は不運ではなかった。寧ろ十一回目ならラッキーだ。よし、いいぞ。しかし、ここからが重要だ。いくぞ、ジョー。計画通りにな。
ジョーが動いた。盤回しが木札を回収する前にジョーが次の張りをし始める。ここだ。ここでジョーは不正を行なった。指先で木札を持つが、その際、手首と台で別の木札を挟む。ぎこちない手付きで指先の木札を数字に置き、それと同時に手首の木札を黒に残す。
「まだ賭けないで下さい」
「あ、ああ、悪い」
ジョーが注意を受け、今置いたばかりの木札を手元に戻した。もちろん、黒に追加した木札は戻さない。ジョーは惚け顔で遣り過ごそうとする。
「・・・」
外れた木札を回収している最中の盤回しが黒に張られた白い木札をじっと見詰めた。明らかに気になっている色だ。ジョーは色々な所に目を遣って落ち着きがない。盤回しがゆっくりとジョーの方へ顔を上げる。
「・・・お客さん、ちょっといいですか」
大きな音がした。椅子が倒れる音だ。走り出したジョーが出口に逃げる。面食らっていた盤回しだが、大きな声で他の従業員達に捕まえる様指示を出した。客達は突然のハプニングに注目している。
さて、俺の番だ。これだけジョーがいい仕事をしてくれたので俺の負担は軽い。俺の手許には十万の木札が五枚重なったスタックが用意されている。それを、台の『35』と『36』に張られているスタックと、素早く堂々と摺り替えた。誰も俺を見ていない。簡単な仕事だった。
この賭場の木札には致命的な欠点がある。木札に数字を書くのはいいが、重ねたらどれがどの木札が分からなくなってしまう。それを防ぐためにも木札の縁にそれぞれ違う線が書かれているのだが、十万と五千に注目すると、十万の縁には何も書かれてない一方で、五千の縁には一辺にのみ太い線が書かれているだけなのだ。つまり、五千の木札のその一辺を自分に向けると、盤回しからはその木札が五千か十万か分からなくなる。
俺はそれを利用した。マキべの五十万に摺り替えてやったのだ。盤回しが俺の木札を回収しても、それが摺り替えられた物だと主張することはできない。
遠くの方でジョーが捕まった。ジョーは必死で抵抗するが三人掛かりで別室に連れて行かれる。ああ、怖いな。何されるのだろう。殺されはしないだろうが、まあ、仕事なのだから頑張れ。我が儘言うな。
「すいません。失礼致しました」
盤回しが客に向かって言った。そして、作業を再開する。先ずは外れた木札とジョーの白い木札を回収し、当たった木札の計算に入る。俺のスタックを見て一瞬固まりはしたが、普通に精算してくれた。俺の許に五十万と書かれた木札が十八枚やって来る。その木札の縁には金色の線が書かれていた。
(終)