3-1.完璧な詐欺
俺だって本当はこの様なことしたくないし、平気な気持ちでやっている訳ではない。だが、仕事を辞め、貯金もないのだ。やるしかないだろう。申し訳ないが、後で返すから、少しだけ騙させてもらおう。
「両替できるか」
布団屋のレジの店員は四十代後半くらいの女だった。実は若い男よりもこういった人の方が騙し辛い。経験も責任感もあるからだ。だが、問題ない。仮に指摘されたとしても突破できる。全てのパターンを想定済みだ。
「いいよ」
俺は左手に十両札を十枚持っている。そこから右手に一枚取って言った。
「五千両札を頼む」
店員がレジを開ける。俺は、二、三、四、五、と呟いて右手に千両札を五枚持っている様な演技をする。
演技するということはもちろん、持っているのは五枚ではない。四枚だ。三、と言って右手に一枚取るとき、その一枚を右手の二枚の間に差し込む。そうすれば、自然と右手の一番下の一枚が左手の親指の下に来るので、それを掴めば堂々と左手に移動させれる。要は、三、と言ったときは左手と右手の一枚を交換させるだけなのだ。だから、五まで数えて札を取っていっても右手にあるのは四枚だけになる。
俺は右手に四枚持ち、左手の六枚をカウンターに置いて左手を空にした。店員はどちらも五枚ずつだと思っている筈だ。
店員が五千両札を差し出した。俺はそれを左手で受け取り、右手の千両札四枚を渡す。受け取った五千両札を二つ折りにして右手に渡し、左手でズボンの右ポケットを開け、右手を突っ込み、上手く五千両札がポケットに入らない演技をする。その間、視線は店内の商品の方に向けなければならない。すると、Aパターンが発生した。
「ちょっと、足りないよ」
店員が千両札をヒラヒラ振って言った。俺は五千両札をポケットに残して店員に向き直る。因みにBパターンは、このタイミングで指摘されずに帰れるパターンだ。Bパターンの場合、俺の稼ぎは千両になる。
俺はカウンターの上の一枚を店員の方に置いた。残りの五枚を取り上げ、数える振りをした後その一枚に重ねる。
「これも一緒に両替してくれ」
店員はカウンターの千両札を取り上げて既に手に持っている千両札に重ね、数えた。十枚あることを確認すると、その十枚をレジに入れる。俺はこのタイミングで再び商品の方に視線を送り、手だけを店員に差し出した。その手に札が一枚置かれる。俺はそれを見ないで胸ポケットに入れながら店員に話し掛けた。
「ここら辺はファミリー層が多いのか」
言い終わったくらいで店員に顔を向ける。
「ん、いや、爺さん婆さんばっかりだよ」
「そうか」
俺は店を後にした。暫くゆっくり歩いてその店から十分離れたら胸ポケットの札を確認する。よし、一万両札だ、これはA1パターン。因みにこの札が五千両札だった場合がA2パターンである。A1パターンの稼ぎは五千両で、このパターンになるのが一番望ましい。
先程の店員が追い掛けて来る様子もないし、大丈夫そうだ。まあ、仮に来たところで俺は札を一度も見ていないため、俺の悪意を証明することはできない。店員の勘違いに巻き込まれた被害者を演じればいい。
さて、次の商店街に向かおう。少し前から目を付けているルーレットがあるのだが、軍資金はもう少しあった方がいい。
(終)