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傀儡の博奕打ち 〜天才ギャンブラーと女戦士によるギャングの壊滅〜  作者: 闇柳不幽
(零または肆)最愛の友人
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2-8.何も起きてない

 なぜなら俺はこの十両玉には表側に切れ込みがあることを知っている。だってそうだろ。カイライは俺を負かしたい。切れ込みは表側にある筈だ。なら、いつもとやってることは変わらない。全然いける。何だ、問題なかったのか。何も知らない振りをして平然と続ければいいのだ。


 俺は心の中でほくそ笑んだ。カイライ、周到に準備した様だが、それは水泡に帰すぞ。俺は気付いてしまったからな、お前の仕掛けに。悪いが騙された振りをしてお前を泳がさせてもらう。


「始めてくれ」


 俺は自信満々に、まだ始めないのか、といった態度を示した。客が十両玉を取り、回転させる。そして数秒後、十両玉の動きが安定したので客が茶碗を被せた。


「ドラゴンはどっちなんだ」


 カイライが俺に話し掛けてきた。俺は十両玉に全意識がいっていたので少し狼狽えてしまった。えーっと、ドラゴン、あ、そうか、こいつ、今来たばかりだから知らないのか。


「イッチだ」


 俺が答えるとカイライは直ぐに、全く迷わず、籠の中のチップを全てグラスの近くに置いた。見た感じだと恐らく十万両分のチップ、俺の設定したマキべギリギリのチップだ。


 くそ、十万もかよ。俺がマキべを十万に引き上げたのは客の賭け金を大きくするためだ。マキべが二万だったときは中々客が二万勝負をしなかったが、マキべを十万にすると二万勝負が頻発した。だから、マキべを十万にしたのだ。しかし、このリスクもある、どこかの馬鹿が十万特攻してくるリスクが。だが、今回に限っては大丈夫、カイライの仕掛けは見抜いているからな。


 カイライがチップを置いた後、他の五人の客達もチップを置き出したのだが全員カイライに倣った。五人とも大量のチップをグラスの近くに置いたのだ。それは異様な光景だった(俺の知ってる客の賭けは少額だった)。


 こいつら、やはりカイライの手先か。恐らくこいつらのチップも十万相当だろう。となると、計六十万、六十万のドラゴンリセット勝負か。もし俺が負けたら二百四十万の損害、小さな額ではない。俺には数百万もの大金を失える余裕はないぞ。


 冷や汗が蟀谷を流れた。緊張感が身を包む。しかし、恐れることは何もない。だって、分かってるのだから、表に切れ込みがあることを。いつも通り耳を澄ませればいいのだ。


 俺は茶碗の音に集中した。そこまで大きくない音だが訓練を積めばよく聞こえる。


 リリリリリリ、リリリリリリ。


 音が途切れている。間違いなく途切れている。この途切れは十両玉の縁の切れ込みによるものだ。ということは、表が卓に接地していて、天井を向いているのは裏。裏だ。十両玉は裏。そして、カイライの予想を外させるにはイッチが必要、つまり、黒のトランプを配ればいい。黒は俺のトランプの一番上にある。


 俺は手に持つトランプの一番上の一枚を茶碗の方に滑らせた。トランプは茶碗と卓の間に刺さる。


 カイライはそのトランプを静かに見詰めていた。自分が逆に嵌められているとも知らずに何を思っているのだろうか。


 しかし、こいつは本当に手の込んだことをしたな。今の十両玉の音、俺の十両玉とそっくりだ。相当拘って作ったことが窺える。このクオリティーの音なら騙されていてもおかしくはない。よく作ったよ、無駄だったがな。


 音が止まった。客が手を伸ばし、茶碗を掴む。カイライはきっと俺がその下の十両玉を見たら驚くと思っている筈だ。だが、実際は、ふふ、滑稽な奴だ。俺が驚くわけねえだろ。トランプを見てお前が驚け。


 茶碗が持ち上げられた。十両玉はもちろん裏を、裏、え、は、・・・は。十両玉がピカピカ光っている。表だ、あれ、表だ。は、何で、どういう、あれ。おかしい。表、音、・・・意味が分からない。


 俺は肘で水を倒していたことに今気付いた。しかし、拭いている場合ではない。あってはならないことが起こっているのだ。水が床を濡らそうが放っておけばいい。


 客がトランプの端を捲って自分だけで確認した後、ひっくり返した。黒、ドラゴンリセット。俺の知っている客が驚嘆の声を短く上げた。


 ・・・なぜだ。音を聞き間違えたか。その様なことあり得るか、この俺に。間違える訳がない。しかし、現実は切れ込みのある表が上を向いている。あ、そうか、裏にも切れ込みがあったのか。こいつは表と裏のどちらにも切れ込みを入れやがったのか。そうか、そういうことか、その発想はなかった。くそ、騙され・・・。


 ・・・何だ、それ。両面に切れ込みを入れる必要などあるのか。何のためだよ、両面って。俺を騙すのなら表にだけ入れれば十分だ。両面の必要はない。だが、俺は切れ込みの音から判断したから裏にも切れ込みが入っていることになる。


「早く清算しろよ」


 端の客が言った。俺は従うしかない。今回のゲームに不正があったという証拠はないうえ、客の中にはいつもの客が一人混じっている。いつもの客の前で俺の負けをなかったことにすることはできない。くそ、どうしてだ。なぜ裏の筈なのに表になっていたのか、そこでどの様な不正が行われたのか、全く分からない。


 俺は納得できない気持ちのまま足許のチップが入ったケースに手を伸ばした。しかし、今回は額の大きい計算になるので沢山のチップが必要になる。いつもと違い、ケースを膝の上に置いて精算することにした。


 腰を浮かせ、ケースに両手を伸ばす。ケースはやや重い。足を踏ん張って持ち上げたのだが、足許が濡れていたため滑ってしまった。椅子の上に尻餅を付き、持っていたケースの中のチップを自分の体にぶち撒ける。体でバウンドしたチップはガラガラと音を立てて床に落ちていった。何をしているのだ、俺は。


 そしてその瞬間、理解した。俺は何をしていたのだ。何もしなければよかったのだ。俺は勝手に自滅したのだ。卓の上の十両玉は、全く摺り替えられた物ではなかったのだ。あれは、俺の十両玉だ。そう、何も起きていないのだ。


 俺はなぜだか十両玉が摺り替えられたものだと思い込んでいたが、それがそもそもの間違いだった。実際は摺り替えなどされてない。カイライに勘違いさせられた。俺はまんまとカイライのミスリードに引っ掛かってしまったのだ。そ、そういうことかよ。


 今までのは全て俺の勘違い。メーガの不自然な行動やゴツい男の密告も相まって俺は勝手にカイライを疑い、そして今日、カイライの罠に見事に嵌まった。馬鹿か、俺は。


「もうチップはいい。両替してくれ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺のチップは十万だ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「俺もだ」

「・・・」


 負け、俺の。くそ、潔く、認めるか。それしかないか。痛手だが、ここで揉めると俺の信用がなくなり、誰もゲームに参加してくれなくなる。このゲームは俺の重要な収入源、さっさと払ってしまおう。しかし、今は百万程しかないな。


「分かった。払う。ただ、現金がない。今あるのは百万だけだ。残りは別日に払う」

「取り敢えず出せ」


 俺は頭が痛くなった。マジかよ、百万取られるのかよ。俺は鞄から百万を取り出し、カイライの前に置いた。


「財布の札も出せ」


 カイライが容赦なく言う。くそ、カツアゲじゃねえかよ。今日は車で来たから現金がなくなっても大丈夫だが、畜生。俺は財布の六万も出した。


「俺達の籠に残っているチップもあるが、これはメーガのあの両替の袋の中に入っている金で足りる。だから、お宅が別日に払うのは百三十四万だ」

「・・・そうだな」

「お宅の面倒を省くため、俺が他の五人の代わりに金を貰う。いいな」

「ああ」


 俺は両手をだらりと下げ、やる気なさげに言った。もう、何でもいい。


「ちょっと、皆、悪いが外してくれないか」


 カイライが他の客を見回して言った。客達が部屋を出て行く。な、何だ。部屋には俺とカイライだけになってしまった。


 皆が立った後、最後にカイライが立って部屋の出口に向かった。俺は一人きりにされるのかと思ったが、カイライは部屋の扉を閉め、戻って来た。この部屋の扉を最後に閉めたのはいつだったか。閉めたら途端に外の騒ぎが小さくなる。何をしているのだ、カイライは。


「分かっているとは思うが」


 カイライが口を開いた。


「口止め料だ」


 そして、手の平を俺に示す。指が五本だ。


 口止め料だと、こいつ、くそ、全て分かってるからバラすってか。こいつ、何だ、それは。誰が払うか。払ってやるものか。いいよ、喋れよ。好きなだけ喋ればいいさ。十両玉の音を聞き分けれるのは相当の訓練を積んだ俺だけだ。幾ら切れ込みがあると吹聴しても誰も信じない。


 あ、でも、信じそう。こいつは俺に大勝した。それをいつもの客に見られた。説得力十分だ。皆が納得してしまいそうな気がする。納得したら、不味い、今までの金を返せと騒ぎになるかもしれない。町を離れないといけなくなるぞ。仮に別の町に移ったとしても俺の噂が流れてくるかもしれないし、くそ、どうしたらいい。


 ・・・払うしかないのか、口止め料を。気に入らねえが、くそ。


 待てよ、指五本、指五本だけでは幾らか分からない。もしかしたら大した額ではないのかもしれない。そうだ、聞いてみよう。


「それって」

「五百万だ」


 ・・・う、うう、くそ、くそ、くそ、くそ。


 俺は卓を叩いた。


(終)

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