2-6.妙な行動
ジェイがトランプをゆっくり捲る。自分だけで確認したら一時停止し、皆の顔を見回してからひっくり返した。
「イッチだ」
ジェイが嬉しそうに言う。それに続いてタエキ以外の二人も喜んだ。
「よっしゃ」
「最後の最後で勝った」
「言ったじゃねえかよ。この流れでソーイな訳あるか」
メーガがタエキをからかう。俺はその間に精算だ。最後くらいは大きく勝たせてやる。
「よし、これでオッケーだな。じゃあもうお終いだ」
「いやあ、勝った勝った」
「お前、トータルでマイナスだろ」
「じゃあな、タマホクさん」
「ああ、また来てくれ」
四人がメーガの許でチップの両替をする。俺はその間もメーガの手許をしっかり見て、メーガが金を盗んでないか監視した。信用ならないからな、こいつは。もともとカツアゲで生計を立てる様な輩だ。本来なら全く俺の金に触れてほしくないが、やらせないと仕事をくれくれうるさいからな。仕方ない。
「そんじゃあな、メーガ」
四人の客が部屋から出て行った。俺は卓の上の道具を片付けながらもできるだけメーガへの意識を切らない様にする。
「何で幾つもトランプ持ってんだ」
メーガが手を止めて俺に言った。トランプに興味を持つとは珍しい。俺は一瞬何を言うか考え、テキトーにあしらうことにした。
「予備だ」
メーガが頷きながら、へー、と言う。変なことを聞いてくる奴だな。
待てよ。こいつはなぜ俺がトランプを複数個持っていることを知っている。卓の上に置かれているトランプはいつも一つ。ということは、こいつ、いつの間に鞄の中を覗いたのだ。
「予備なら一個ありゃよくね。何で四個ぐらいあんだ」
メーガが食い下がってきた。予備という理由だけでは納得できない様だ。こいつは俺を怪しんでいるのか。なぜだ。
「・・・予備の予備だよ」
「ふーん、あっそ。ほら」
メーガは金を専用の財布に、チップを袋に入れて俺の方に投げた。俺の物だぞ。雑に扱うな。
俺はトランプを片すために手を鞄に入れていたのでそれを受け取れなかったのだが、俺の足許に飛んで来たそれが十両玉の入った籠にぶつかり、籠が倒れ、十両玉が少し飛び散った。くそ、こいつ、何やってんだよ。どうでもいい十両玉じゃねえんだぞ。どんだけ調整に時間を費やしたんだと思ってんだよ。
「あ、ごめ、悪いな」
メーガが椅子から立ち上がり、俺の方へ来た。俺はなぜメーガがこっちに来たのか分からなかったが、メーガは意外にもしゃがんで十両玉を拾い出したのだ。メーガが拾うとは。自分勝手で傍若無人なメーガがどうして気紛れを起こした。
「ほい」
十両玉を全て戻したメーガが立ち上がってポケットから手を出した。メーガは壁を見詰めながら俺から離れる。怪しい態度だ。考えてみるとメーガがポケットから手を出したのも怪しい。なぜしゃがんでる最中にポケットに手を入れる。入れ辛いだろう。それでも手を入れないといけない理由があるとしたら何だ。もしかして、こいつ、やりやがったか。
「おい、待て」
メーガがビクッと立ち止まった。そして、ゆっくりと振り向く。
「な、何だよ」
「ポケットの中見せろ」
「何で」
「いいから見せろ」
「・・・」
「見せれねえのか」
「見せるよ。見せる」
メーガが両手をズボンの左右のポケットに入れ、裏地を引っ張り出した。親指と人差し指で裏地を持っている。ここから見ればポケットは空に見えるが、果たして本当にそうだろうか。
「手を離せ」
暫くの間の後、メーガが裏地から手を離した。手は空だ。ということは、本当にポケットは空の様だな。てっきりメーガが十両玉を盗んだのかと思ったが杞憂だったか。俺は手をひらひら振って、もういい、という意思表示をした。メーガは裏地を戻し、部屋から出る。メーガはまだ本来の仕事が残っているのでそこら辺を彷徨きに行く筈だ。
俺は片付けを続けた。全ての道具を鞄に入れると、鞄を肩に担いで部屋を出、マスターに一声掛けてから店を出る。今日はわざわざ電車で来た。帰りに一杯引っ掛けるためだ。いつものあのバーに向かう。
俺は外の道を歩いているのだが、もう緊張しなくなった。今までは鞄の大金を誰かに奪われるのではないかとビクビクしていたが、もう慣れた。それに、万が一、奪われたとしても中ゼミが取り返してくれる筈だ(本当にそうしてくれるかは分からないが)。なら、ビク付く必要はない。
俺はいつも百万両を持ってゲームを始める。それは勝つか負けるかは分からない感を客に演出するためだ。実際は客が勝つも負けるも俺次第なので、一両も持って行かなくても困ることはないのだが、そうしたら誰も俺のゲームに乗って来なくなる。だから、百万という大金を持って行くのだ。
バーの前に着いた。入店し、真っ直ぐカウンターに向かう。マスターが挨拶しに来たので、俺はハイボールを注文した。すると直ぐに俺の隣に座って来る者が居て、その人物の顔を見てみると、何だっけ、このゴツい男の名前。酔ってたからな、あのときは。名前を忘れてしまったが、あのゴツい男だった。
「久し振りだな、タマホク」
ゴツい男は酔っている様だった。背もたれに腕を掛けて仰け反っている。ふう、と天井に向かって息を吐くと俺に顔を向けた。
「いい情報があるんだ」
ゴツい男は憎たらしい表情を俺に披露している。腹の立つ顔だ。
「何だよ、それ」
「あんたに関する情報だぞ」
「だから何だよ」
「タダじゃ教えれねえな」
「は」
ゴツい男が手の平を俺に突き付けた。五本の指が立っている。ということは、五万か。高過ぎるな。
「そんなにすんのか」
「五百両だ」
え、安い。たったの五百両だと。安い。いや、待て。もともと五万両と思っていたから安く感じるヤツだ。実際、五百両って、安いな。そんくらいなら払うか。
俺は財布を取り出し、五百両玉をゴツい男に渡した。ゴツい男はそれを直ぐ胸ポケットに仕舞う。
「毎度あり」
よく考えたら金を払う必要はなかった様に思える。五百両分の情報に殆ど価値はないだろう。勢いで払ってしまった。失敗した。まあ、いいか。
「そんで何なんだよ、情報って」
「あんたのことを嗅ぎ回ってる奴がいるぞ」
ハイボールがやって来た。俺は一口付けてゴツい男に続きを促す。
「俺にあんたのことを聞きに来た奴が居るんだ」
「何を聞かれた」
「最初はあんたのゲームのことを聞かれた。そんで、そいつがあんたのゲームをしに行った後、また聞きに来た。そんときは今まであんたのゲームで起こったこととかメーガのこととかを聞かれた」
「メーガ。へえ、はあ、そうか」
俺は判断に迷った。そいつは俺のことを嗅ぎ回ってると断定していいのだろうか。そいつはただ気になったことを知っている者に聞いただけの様にも思える。どちらかといえば、どうだろう、ただ気になっただけではないかな。
「知りたいだろ、そいつが誰か」
「いや、まあ、どっちでもいいな」
「え、何でだよ。普通知りたいだろ」
「そいつ、別に俺のこと嗅ぎ回ってねえだろ」
「ははーん、成る程。そう思った訳か。違うんだな、それが」
「何でだ」
「情報には続きがある」
「お、そうなのか」
「・・・」
「・・・言えよ」
「これは超重要な情報だ」
ゴツい男が今度は三本の指を立てた。また金か。面倒臭いな。それで値下げしたのかよ。俺は財布を取り出す。
「三万両だ」
「え、は、さ、三万。万なのか」
「万だ」
「高過ぎだ」
「いや、安い。あんたも聞けば安いなって思うぜ」
「・・・これで金の要求は最後か」
「ああ」
「これで全部言うんだな」
「勿の論だ」
俺はこのゴツい男に集られるのが気に入らない。しかし、気になる。もし本当に俺のことを嗅ぎ回っている奴が居たら知っておきたい。俺は渋々三万をゴツい男に渡した。
「毎度あり」
ゴツい男が金を胸ポケットに仕舞った。
「じゃあ整理するとだな、俺はそいつと三回会った。一回目と二回目に何を聞かれたかはもう教えた。そんで三回目だ。こんときは何も質問されなかった。一つお願いをされただけだ。そのお願いってのがな、とんでもないお願いだったんだよ」
「何だよ」
「驚くぞ」
「早く言えよ」
「言うぞ、いいか。そいつはな、俺にな、今までの会話は全部秘密にしてくれ、って言ったんだ」
「・・・」
「凄えだろう」
「まあ、そうだな」
「まあ、じゃねえよ。俺に口止めしたんだぞ、そいつ。あんたにバレたくないからだ。何か企んでるに違えねえぞ」
「口止めか。確かに気になるな。お前、何で口止めされたのに喋ってんだ」
「あんたは三万くれたからな。そいつは一両もくれなかった。俺がそいつとの約束を守る筋合いはねえ。ふざけんなってんだ」
「口止め料払わなかったのか。馬鹿だな、そいつ」
俺は考えを巡らせた。そいつは俺に何かしようとしているのか。何だ。強奪か。俺の金をメーガが居ないときにでも暴力で奪おうと企んでいるのか。しかし、ここらは中ゼミのシマで俺は中ゼミの認可を得てる。本気か。中ゼミを敵に回すなど正気の沙汰ではない。
「そいつには注意した方がいい。実はだな、そいつと一回目に会ったときだ、俺はダーツとあんたが教えてくれた十両玉を回転させるヤツで二連敗している。そいつを舐めない方がいい」
「そいつ、博奕打ちなのか」
「ああ、多分な」
「ギャングじゃねえのか」
「ギャングっぽくはなかったな。まあ、でも、見た目で判断しちゃいけねえが」
博奕打ちが何かを企んでいるだと。俺のゲームに何かする気なのか。それは困る。俺のゲームは完璧だ。誰にも犯させない。
「そいつ、俺んとこに来たんだよな。どんな顔だ」
「えー、そうだな、でも、顔に特徴ねえんだよな」
ゴツい男は困った様に言った。しかし、俺からすればこれは一番欲しい情報だ。こいつ、何で前もって思い出しておかねえんだよ。
「じゃあ、格好は」
「えーっと、どんなんだっけ。青のチェックだったかな。シルバーの腕時計してたのは覚えてんだけど」
俺はこいつに腹が立った。役に立たない奴だ。金返してもらおうかな。あ、青チェックにシルバー腕時計、そういえば居たぞ。
「カイライか」
「え」
「分かった、そいつが誰か。カイライ、別に普通だったぞ。やり手には思えなかったが」
「あいつ、カイライって名前なんだ」
「待て、お前、カイライがメーガについて聞いたって言ったよな」
「ああ、言った」
「何でメーガ・・・」
カイライが俺のゲームに何かするとして、なぜメーガについての情報が欲しい。関係ないだろう、俺のゲームとメーガは。
「ん、・・・あ」
そういえば今日、メーガが妙な行動を取っていた。俺の籠を倒し、十両玉に触った、しゃがんで。取られてないよな、俺の十両玉。取られてない筈だ。なにせポケットは空だった。
いや、よく考えたら隠せるのはポケットだけとは限らない。そうだ、靴だ。しゃがんだから手と靴が近付く。入れたのか、一枚、靴の中に。あり得ないことではない。
メーガは、まさか、俺の十両玉の仕掛けに気付いているのか。だから、俺の十両玉を盗んだのか。メーガはかなりの回数、十両玉の音を聞いている。それで気付いたか。いや、音の大きさは僅かだぞ。気付けるのか。しかし、メーガは色々と身体能力に優れているから聞き分けれるのかもしれない。
・・・え、本当に狙われてるのか、俺。マジでカイライはメーガを使って俺に集ろうとしているのか。困ったな、俺は個人で細々とやっているから損害が大きいとどうしようもない。
「へっへっへっ、三万は安かったろ」
ゴツい男が嬉しそうに酒を飲んだ。確かに三万なら安い情報だ。聞いておいてよかった。
「お前、俺に喋ったことは黙っておけよ」
「勿論だ、黙ってる。その代わり」
ゴツい男が指を一本立てた。また金か。一万、いや、まさか、十万か。十万も払えってのか。
「一杯だけ奢ってくれ」
「・・・このハイボールやるよ」
「ふざけんな、口付けただろ。あれ、付けてないっけ」
俺は視線をカウンターに沈めた。自分が狙われているなど思いもしなかったが不安はない。もし何かをされるとしてもノーモーションでは不可能な筈だ。必ず怪しい動きがある。それを見逃さなければいいだけの話だ。
カイライ、何を企んでるのか知らねえが、そもそも企んでいるのかどうかも知らねえが、簡単に俺に通用すると思うな。絶対に返り討ちにしてやるからな。
(終)