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傀儡の博奕打ち 〜天才ギャンブラーと女戦士によるギャングの壊滅〜  作者: 闇柳不幽
(零または肆)最愛の友人
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1-4.独占ドッグレース

 よし、遠いな。これだけ遠ければ十分な筈だ。きっとカタタの目も誤魔化せる。だから、重要なのは割り箸の方だ。リリイ・ルウは大丈夫だと言っていたが、俺は一度もこの目で確かめていない。・・・まあ、他人の金だし、気にしなくていいか。気楽にいこう。


「君が代打ちか」


 座っていた俺に話し掛けたのは年季の入ったゴツいおじさん、恐らくこの男が話に聞くカタタだろう。静かに俺の返事を待っている。


「ああ」

「このスーツケースは君のか」

「ああ」

「中身を確認していいかな」

「ああ」

「君もこちらのを確認してくれ」


 カタタが、おい、と言うとカタタの近くに控えていた中ゼミの構成員が俺に鍵を手渡した。受け取った俺はここに来たときから置いてある中ゼミのスーツケースの許へ行き、他の観客に見えない様に開けた。確かに金が詰まっている。表面の札束以外が全て白紙の可能性もあるので、一応下の段の札束も確かめたが、全て本物の金で間違いなさそうだ。俺はスーツケースを閉じ、鍵をした。この鍵は俺が持っておこう。どうせ勝つのは俺だ。


「間違いない。それでは始めるとしよう。少し待っていてくれ」


 カタタがそう言った後、構成員に向かって顎をしゃくると、その構成員がどこかへ向かった。きっとレースをスタートする様に伝えに行ったのだろう。


 今日はよく晴れている。客の入りも上々だ。この中ゼミのドッグレースはここら辺では結構有名らしい。賭場にしては珍しく家族連れがそこそこ多い。子供に博打を教えるのかな。


 この天気、視界にはどれ程影響するのだろうか。晴れている方が視界がよくなるのか。だとするとそれは俺にとって不都合だ。今はいいが、レースの開始直前にはネイサンのゲートの前に割り箸が立つ。それをカタタに見咎められてしまうと、俺の勝ちの可能性が一気に薄くなってしまう。これだけ離れているから大丈夫だとは思うが、もし見える様なら俺もカタタの気を引かなければならなくなるだろう。


 犬達が出て来た。AクラスのネイサンとBクラスの五頭の計六頭、そのうちの一頭で胴体に黒いゼッケンを巻いた犬が今回俺達が賭けた犬、ブランドンだ。もちろん、カタタが賭けたのはネイサン、白いゼッケンを巻いた犬だ。


 Aクラスの犬とCクラスの犬の実力差が大きいのは当然だが、Aクラスの犬とBクラスの犬の実力差も小さくない。普通にやって俺のブランドンがネイサンに勝つことはないだろう。だが、何とかなる。俺は幾重にも策を講じているのだから。


 カタタがレースで注目するのはそのネイサンとブランドンだけ。犬にかなり拘りの強いカタタでもそれ以外の犬には注目しない筈だ。ましてやゲートなど全く見てないだろう。俺の策に気付かない可能性大。


 今、係員らしき人物がゲートをチェックしている。あれが今回の俺達の協力者か。その協力者は一つ一つゲートを覗き、戻った。・・・あれ、あいつ、どこかで・・・、いや、気のせいか。まあ、今気にすることではない。


 俺は目を凝らした。お、あるな。あれ、割り箸だ。確かにある。ある、が、でも、どうだろう、あると思って見ると普通に見える。不味いな、バレるか。しかし、今更どうしようもない。兎に角、カタタの気を逸らそう。俺は隣に座るカタタに話し掛けた。


「約束通り、何があってもブランドンが一位になったら俺の勝ちだ。何があってもな」

「それは違うぞ。二頭が無事にゴール出来たらだ。途中でネイサンが不自然な怪我でもしたら勝負は無効だ」

「待て、不自然って何だ。曖昧だろ。お宅らの解釈次第で何ともなる」

「私は正々堂々を信念としている。金より信念の方が大事だ。フルズの連中とは違う。難癖付けて君を暴力で脅したりはしない」

「信用できるか、そんなこと。ネイサンがどんな怪我をしても、それに俺達が関わっていると証明できなければお宅らの過失だ。当然だろ」

「分かった、それでいい。だが、そういった場合の調査は時間が掛かるかもしれない。十分以内に証明しろとかはなしだ」

「・・・仕方ない」


 犬達がゲートに入った。当たり前だがまだ割り箸がある。余りカタタには見てほしくない。話し掛け続けよう。


「横並びでゴールしたらどうなるんだ。僅差の場合もあるだろ。リリイ・ルウと決めてあるのか」

「おい、犬達がゲートに入ったんだ。長時間入れておくことはできない。何かあるなら一回中止にするぞ」

「いや、いい。やってくれ」

「では始める」


 カタタが手を挙げた。すると、ベルが鳴り、ゲートの後方から甲高いモーター音がし出す。ダミーだ。そのダミーがゲートに近付いて、追い越し、レーススタート。ゲートが一斉に開く。犬達がダミーを追って一気に加速した。


「何だ」


 そして、俺の策、上手くいったぞ。カタタが動揺している。何が起きているか分かってない様だな。そうなって当然だ。なぜなら、ネイサンのゲートが開き切ってない。割り箸にストッパーの役割をされて開かないのだ。しかし、一生開かないという訳でもなく、ネイサンがゲートを無理矢理潜ろうとすると、その力で割り箸が折れ、ネイサンもスタートを切れるという仕組みだ(割り箸でなくとも力を掛ければ簡単に折れる物なら何でもいい)。


 ネイサンが割り箸を破壊し、皆に遅れてスタートした。だが、その遅れは、俺が思っていたより小さい。僅かだ。おかしい。早いぞ。割り箸が折れるのが早い。あれ、嘘だろ、ネイサンが速い。追い付かれそうではないか。くそ、失敗なのか、これ。もっと長い時間足止めしてくれないと困る。でも、どうだ、いけるか。いけそうな気がしてきた。この差ならいける。


 俺は他の観客の真似をして立ち上がった。協力者が折れた割り箸を拾いに行くのだが、それをカタタに見られたくない。カタタが犬にしっかり集中する様に俺は叫んだ。


「いいぞ、ブライアン。赤が来てるけど大丈夫だ。そのまま行け。スピード落とすな」


 ゲートの上部とコース外の機械を繋ぐアームがゲートをコース外に回収する中、協力者は何かを地面から拾っていた。よし、これで証拠は消えた。後から調べてもせいぜい穴が見つけるだけ。俺には繋がらない。


 あとはブライアンが他のBクラスの四頭と競って一位になってくれればいいのだが、それも実現している。ブライアンは二位の赤と大差を付けて先頭を走っていた。いいぞ、そのままフィニッシュしろ。


 これから赤以下の犬達がブライアンを抜く可能性はほぼないと言っていいだろう。なぜならそれらの犬は、実はBクラスの犬ではない、Cクラスの犬だ。協力者に似ている犬と入れ替えてもらった。なぜポイントナインにその様なことをできる協力者が居るのか知らないが、そいつのお陰でネイサン以外の犬は問題ではない。


 いいぞ、ブライアン、勝て。行け。二位の赤は、あれ、白だ。白が二位、ネイサンだ。いつの間に順位を上げた。かなり速い。ネイサンの足で抉られた土が高く吹き飛んでいる。Cランクとは格が違う走りをしているぞ。


 ブライアンとの差が縮まる。最終コーナーだ。依然、一位はブライアン、最後まで持つか。ネイサンとの差を維持してほしいところだが、このコーナーでのネイサンはぐーんと伸びる様だった。速過ぎる。ブライアンとの距離をかなり詰められた。


 不味い、抜かれる。最後の直線でブライアンのスピードが緩んだ。しかし、それはネイサンも一緒だ。ネイサンはブライアンの真後ろを走っている。これ以上差は詰まらないか。最後にくっと差してきてもおかしくないオーラを感じるのだが。


 このまま、頼む、このまま、このままだ。・・・よし。


 結局、そのままネイサンはブライアンの横に並ぶことすらなく、一頭分の差の二位でゴールした。一位はブライアンだ。最後まで走り抜いてくれた。俺の横でカタタが項垂れている。


 俺は一息吐くために椅子に座った。柄にもなく体に力が入ってしまった様だ。全身の筋肉が緩み、体が癒えていく感覚を覚えた。


 恐ろしく速いな、ネイサンは。ゲートの仕掛けがなければ大差で負けていただろう。カタタが大金を賭ける価値があると判断する訳だ。相手がネイサンでなければ余裕の勝利だっただろうな。


 さて、帰るか。俺は立ち上がり、自分のスーツケースと相手のスーツケースをそれぞれの手に持った。そのままカタタに何も告げずに帰ろうとすると、中ゼミの構成員が立ち塞がる。その構成員から俺を帰しはしないという意志を感じるが、まさか、一般の観客が見ている中、俺に暴力を振るうことで勝負の無効を訴える気か。不味いぞ、ポイントナインの連中は近くに居るのか。俺を守ってくれよ。


「・・・」


 無言で俺を睨む構成員だったが、カタタに注意され、渋々道を開けた。俺はカタタの方を見てみたが、カタタはレース会場を眺めている。きっとゲートが開かなかったトラブルと俺を結び付けれる自信がないのだろう。俺と話す気はなさそうだ。なら、行くか。


 俺は観客席の通路を通り、出口に向かった。この後もレースがあるので帰る客は少ない。大荷物を運ぶ俺だが、観客達はまさかこの中に大金が詰まっているとは思いもしないだろう。それでも俺は周囲への警戒を怠らなかった。


 今回、俺はポイントナインと数回の打ち合わせでアイディアを提供した程度であり、勝ちへの仕掛けはほぼポイントナイン側が作り上げたため、余り達成感はなかった。大勝ちをしたが、この賭け金もポイントナインが交渉して釣り上げたものであって、俺の金になることはない。達成感も金も得られない仕事、それは分かっていた。それでもやりたかったのだ。勝ててよかった。少しは俺も役に立てただろうか。


 無事に駐車場に辿り着き、迎えが来るのを待っていると、数秒も待たぬうちに俺の前に一台の車が停まった。車からポイントナインの構成員が降りて来て俺からスーツケースを奪う。知った顔の構成員なので俺は黙って渡したが、いいのだよな、こいつに渡して。


 その構成員はスーツケースを車に積み終えると、俺に近付き、封筒を差し出した。随分と分厚い封筒だな。


「報酬だ。あと、アドバイスがある。エル会はお前のしたことを把握してるっぽいぞ。中央には居ない方がいいかもな」


 俺は封筒を受け取る前にこの発言の意味を考えた。俺はギャング事情に明るくないが、エル会のことは知っている。ニシマツの若の代わりに将棋をやったときの相手、名前はチミズ、それにマキヤと21をやったときに居た連中もエル会だった筈だ。エル会が俺に用があるのか。俺のしたこと?


 いや、考えるのは後にして、先に封筒を受け取ってやろう。本当は、俺は受け取る権利などないと思っているのだが、こいつは、名前はスイだったか、俺に封筒を渡す様に命令されているだろう、俺が受け取らないと話がややこしくなってしまう。仕方ない、貰うか。


 封筒を受け取ると、スイは直ぐに踵を返し、車に乗り込んだ。その車は他の車と合流してどこかへ消えていく。俺は中ゼミの連中が車を追い掛けて銃撃戦でも仕掛けるのではないかと不安に思っていたが、追い掛ける車はなさそうだ。きっとあのスーツケースはリリイ・ルウの許へ無事に届くだろう。


 ・・・エル会、まさか、ニーボリのことか。ニーボリの死は俺の責任だとでも。エル会はニーボリという友人が殺されて怒っているということなのか。だから、俺を殺したいのか。まさかな。いや、ギャングならそう考えるのもあり得る。ギャングという連中は本当にタチが悪いからな。くそ、やはり関わるべきではなかった、ギャングに。


 俺は歩き出した。スイの忠告には従わない。もしかすると、またポイントナインから協力を仰がれるかもしれないのだ。黙って移動するとポイントナインが俺に連絡できなくなる。俺はエル会などには脅されん。


(終)

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