1-1.14番
無機質なステンレスの卓で私達はミニブリッジを興じていた。皆と無駄話をしながらトランプを出す。ただ、面白くない、このトランプ遊びは。もう同じゲームを何度していることか。だが、そうはいっても、トランプ以外でここでできることは情報交換か下らない噂話か、それくらいだからトランプだってやらざるを得ない。
「おい、アバズレ、おい。無視すんなよ。てめえのことだ、39番。教えてくれよ、え、てめえ、センセーにどう可愛がってもらったんだ」
「てめえよ、随分とセンセーの前じゃお喋りなんだな、39番。私達の前では死に掛けの犬みてえに震えてる癖によ」
私は視線を手札から42番達に移した。42番達は今にも喧嘩騒ぎを起こしそうだ。
あーあ、やっぱり。こうなるか。でも、こうなって当然。二週間も房に閉じ込められてたんだもんな。騒ぎにならないでほしいけど、触らぬ神に祟りなし、余計なことをして懲罰房送りはごめんだ。無関係を貫く。
「何だよ、キモいな。久し振りに出れたからはしゃいでんのか。キモい奴はキモいお仲間達の前でだけはしゃげよ」
39番は42番達に対抗する。やめとけって。挑発すんなよ。喧嘩して刑期が延長されたらどうすんだ。無意味だろ。それが分からないなんて本当にここは頭が空っぽの奴が多いな。
「全然悪怯れてねえな、39番」
「チクってタダで済むと思うのか」
「は、チクってねえよ。証拠あんのか。私がチクる訳ねえだろ、ボケ」
「てめえ、こっち見て笑ってたじゃねえかよ」
「何だよ、それだけか。訳分かんねえ。そういうの自意識過剰っつーんだよ。お前らなんぞに興味ねえわ」
「私がプルノ作ってるとこ見てた奴でチクりそうなのはお前ぐらいなんだよ」
「じゃあ始めっからそんなの作んじゃねえよ。センセーにバレたときのリスクに考えが及ばなかったのか。脳みそ腐ってんのかよ、42番」
「お株を奪われて悔しかったんだろ。てめえのプルノはゲロみてえだったからな。私達に嫉妬したんだろ」
「何の話だ。完全に妄想に取り憑かれてんな、お前らは」
「・・・てめえ、殺すぞ」
「やってみろよ、チキン」
39番が42番達に詰め寄った。不味いな、大喧嘩に発展しそうだ。このままじゃ全員が房内監禁になるかもしれない。早く何とかして、14番。あいつらのせいで私達が不利益を被ることになるぞ。
今回のブリッジの参加者は皆、首を曲げて39番達の言い争いに熱視線を送っている。一方で私は真っ直ぐ向いた先に39番達が居るので首を曲げる必要がない。この状況は悪戯のチャンスだ。
私はこっそりEとWの手札を覗いて、♡KをEが持っているという情報を不当に得た。そうか、Eか。なら私は♡Qを出そう。これで、多分私の勝ちだな。よし。
私は一瞬だけ捥ぎ取った勝利を喜んだが、直ぐにその感情は消えた。このゲームで勝って何になる。・・・何になる。・・・早く出たい。
「おい、お前達、離れろ」
気が付くと14番が39番達の許に居た。先程まで私達の近くの卓で退屈そうに頬杖を突いていたのに、いつの間に行ったんだ。
「てめえ、関係ねえだろ、白髪ババア」
「引っ込んでろよ」
「39番にしか話はない。お前達は下がれ」
「うるせ」
捲し立てようとした39番が腹を押さえながら床に崩れた。その39番を14番は容赦なく蹴飛ばし、髪の毛を掴む。
「チクりなんてもうするな。そうしないといけないときがあれば私がする」
そう言うと14番は蹲る39番を近くの椅子に座らせ、42番達に正対した。そこから一歩近付くと42番達は一歩後退る。すっかり14番にビビってるな。
「もう39番に構うな」
「・・・」
「納得できないのか」
「いや、・・・もういいよ」
そう言って42番達は階段を上って自分達の房に帰って行った。さすがのあいつらも14番には食って掛かれないか。ふん、私もいい同房者を持ったなあ。
「何をしている」
42番達と入れ替わる様に現れたのは、ここで唯一オレンジ色の服を着なくていい人物、センセーだ。14番が39番を締めたところをセンセーに見られてしまった。
「暴力か」
「そうです」
「後ろを向け。手は背中だ」
14番は事情を説明することなく、センセーの言葉に従った。センセーは14番に手錠を掛けるが、恐らくセンセーは理解している、14番がトラブルを最小限に留めたことを。14番は懲罰房送りになるが、きっと早く帰って来るだろう。
14番はセンセーに連れられてここを出て行く。私達はその様子を静かに見届けていた。本当に物好きだな、14番は。馬鹿な39番達を庇っても得などしない。なぜ庇いたいのだろうか。
「なあ54番、14番の刑期ってどんくらいなの」
Sが私に尋ねた。同房者である私なら知っていると思ったのだろう。私は答えてやった。
「どうだったっけ。聞いたことあるけど忘れちゃった」
「でも、そろそろ仮釈じゃないの。あれでしょ、刑期の三分の一を終わらせれば仮釈になるんでしょ」
「お前、マジか、知らないの。三分の一で出れる訳ないでしょ。実際は八割だよ」
「あ、そうなの。三分の一じゃ駄目なんだ」
「それに14番は何回も懲罰房送りになってるからね。申請しても許可下りないでしょ」
そのとき39番が、くそ、と叫んで立ち上がった。39番は皆の注目を集めたが何をする訳でもなく、再び座る。
そうだ、それが正しい。ちょっとは賢くなったか、39番。そう、ここでは何もしないのが正しいのだ。何かするとしても私の悪戯くらいに収めるべき。ここから一秒でも早く出る、それだけを考えていればいいのだ。
そうか、14番はあれかな、風紀委員気取りなのかな。そうすることによって刑務所内の自分の立ち位置が確保されるという考えなのかな。しかし、そうすればそうする程シャバは遠ざかる。それに気付いてないのか。
「よっしゃ、3メイク」
そう考えると、14番は愚かな女だ。
(終)