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1-1.手数料無料丁半

 俺は自由に勝つことも負けることもできる、この丁半では。そして、今日は勝つと決めた日だ。だから四万程勝った。因みに昨日は負けると決めた日だったから、わざと負けた。


 黒い手袋を嵌めた手が賽子を拾う。俺以外の参加者は金を出しているが、俺は逆に金を片付けた。ポケットに金を雑に入れると、これ以上今日は勝たなくていい、と断じ、賭場を立ち去ろうとした。


「随分とご武運で」


 受付の後ろのバックヤードから出てきた男が俺の方を向いている。どうやら俺に話し掛けた様だ。


「お客様はここ最近、よく勝っていらっしゃる」


 言葉自体は尊敬表現を含んでいるが、声色は敵意に満ちていた。俺は無視して帰ってもよかったのだが、好奇心が俺を立ち止まらさせた。もしかして、この男は俺に勝負を持ち掛けるのかもしれない。


「どうですか、その幸運に身を任せて大勝負、というのは」


 やはり。


 気付いたときには、俺は目の下にラインを貯えた男達に周りを囲まれていた。見せ付ける様に懐に手を突っ込んでいる者も居る。恐怖させてやろう、とでも思っているのか。


 俺は、ふん、と鼻を鳴らした。その勝負、断らないさ。


「もう一人、お強い方がいらっしゃいましてね。その方にもお話しさせて頂いたら、是非勝負したい、と仰られました。その方との勝負、受けて頂けませんか」


 俺に決定権がある様な言い方をしているが、俺を囲んでいる時点で強制的に受けさせる了見が丸見えだ。下らない男達だな。何というか、機関銃を持ったチンパンジーだな、こいつらは。頭の悪さを暴力でカバーできると思ってやがる。博打でその様な考えは通用しないぞ。


「一振り百万。一振り百万の熱い勝負をしませんか。ねえ、是非、絶対」


 俺は左足に乗せている体の重心を右足に移した。このチンパンジー、絶対、と言ったぞ。それを言うのなら、この様なまどろこしい真似をしなければいいのに。俺を殴って脅せばいいだろう。


 でも、まあ、このギャング達は間抜けだが、話自体はいい話だ。大金を賭ける勝負を相手から用意してくれるだなんて。しかし、不満な所が一点ある。そこを直してくれるのならば、喜んで受けよう。


「百万は少な過ぎる」


 俺は賭け金の増額を要求した。


 

 ✳︎


 

「何だ、それ。初めて聞いた」

「あ、知らないんですか。ポケベルってのは薄い板で、離れた人同士でもそのポケベルでメッセージを送れるんですよ」

「薄い板で?線には繋がなくていいのか」

「ええ、ポケットに入れれるんですって。テレビと同じで電波を使うらしいですよ」

「テレビはデカい箱だ。凄え装置が入ってんだろって感じはする。薄い板じゃ無理だろ」

「手に入る様になったら買って使いましょうよ」

「外国に居る奴にも繋がんのかな」

「まあ、地続きだからいけんじゃないですか」

「そうか。テレビにビビってたら今度はポケベルか。日進月歩だな。ゲッポ・・・、駄目だ、思い付かねえ」


 若の声を聞きながら額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。甲に濡れた感覚が残るが、直ぐに気に掛からなくなるだろう。この汗は、かんかん照りの暑さに由来するのか、それとも隣で蟀谷を揉む若から発せられた圧力が毛穴から汁を押し出すのか。いや、後者はないか。


「ライターを宿に忘れちまった」


 喫茶店の前のプランターに植えてある花が干からびていた。当然だ、突き刺さる陽射しを直立不動で長時間に亘り受け止め続けているのだから。


 あ、若から話し掛けられたんだった。返事をしないといけないな。


「そうですか」

「こういうときにポケベルがあったら宿に連絡できるのにな」

「あそこのサ店で電話、借りますか?」

「サ店でライター、サテライタ。よし、思い付いた」

「何ですか、サテライタって」

「サテライトってことだ」

「サテライトって何ですか」

「知らん、衛星だっけか」

「あぁ、衛星。ははは、若、面白い。面白いこと言いますね」


 つまらないことを言う人だ。察するに干からびている花の方が幾ばくかマシなユーモアを持っている。俺が立場上の格差による緊張を感じていることを案じて、それを緩和させるための発言だったのだろうか。いや違うだろう。若はいつもこの調子だ。この様な男だが堅気と明かに違う雰囲気を醸せるのは、さすがギャングといったところか(あ、勘違いしないでほしい。俺は若が嫌いではない)。


 今回、俺と若が東を訪れた理由は二つある。一つは博打の代打ちとして探していた人材を迎え、西に連れ帰ること。その人とは今日の朝に会ってきた。明日に連れ帰る予定だ。


 もちろん、このような理由だけで若がわざわざ出向く必要はない。興味深いのはもう一つの理由。フルズの賭場でイカサマが行われている、と匿名で通報があったからだ。だから若も面白がって俺に付いて来た。若は暇なのか。


 この種の情報の信憑性はかなり低い。それはなぜか。客がイカサマに感付いたとしたら直接クレームをつけるだろうから、通報したのはフルズの構成員となる。だが、なぜフルズの構成員が俺達に通報するのか。俺達に何をしてほしいのか。通報は単にイカサマをしているという旨だった。その様な通報をするとういことは、フルズをよりクリーンな組織にするため俺達に査察を余所乍ら依頼している、という結論に辿り着いてしまう。


 しかし、フルズは東で最大の勢力を誇るギャング集団である。クリーンなギャングなんて有り得ない。健康志向を売りにするジャンクフードと同様、愚にもつかない。


 よって通報はイタズラと判断するのが妥当だ。念のため、見物も兼ねて賭場に向かってはいるが期待はしていない。きっとイカサマは見つからず、テキトーに遊んで、金なんて賭けるべきではなかったと後悔しながら帰途に付くことになるだろう。


 口内がスティッキーになっているのを疎ましく思いながら、乾燥した唇を舐めた。蝉時雨、いや、この喧しさは蝉爆弾という表現の方が適切か。兎に角、癪に障る蝉の鳴き声を聞かされながら、ぼんやりと違うことを考えていた。若って、博打に強いのかな。


「ちゃんと予備のライターを用意しているから大丈夫だ。そもそも宿に仮に電話してもよ、あ、ヤドカリ」

 

 俺は、面白いですね、と返答した。心の中では、つまんねんだよ、と返答した。


 

 ✳︎


 

 《カジノパレス・入場料、手数料、利用料、一切無料!》


 入り口の上の看板でこの文言が光っていた。これには大衆に受け入れてもらう意図があって、敢えて俗っぽくしているのだろう。建物が和風であることが爆笑だ。


「入ろうか」


 若が言った。入場料無料なら何の気兼ねもなく入れる。


 俺達は賭場に入ったが、入った瞬間に俺の嫌な予感が的中したことが分かった。室内は案の定、冷房が効き過ぎている。汗が氷に変わった。頭痛までしてきそうだ。そのうえ、煙草や家具、食べ物などの匂いを一手に引き受け、更に内部でカビを育てている冷房は不快な特有の臭いを放出している。ここはパレスの名を冠しているのだからもっと快適に云々という文句を言いたくなった。


 この賭場を運営しているフルズというギャング組織の構成員は、組織に所属している証として、左目の下に刺青を入れる。形は長方形で、太さは一センチ程度。この刺青はラインと呼ばれる。そのラインは突き当たりにある受付らしき場所に控えている若い衆の目の下にも一本あった。白いラインだ。若い衆は頭を下げながら威勢良く歓迎の挨拶をした。


「ご足労ありがとうございます」


 そして顔を上げたのだが、その顔が幽かに曇った。明かに若を若と認識したうえでの反応だ。この若い衆は末端構成員の様だが、若のことを知っていてもおかしくはない。西の有力者が突然現れたものだから緊張してしまったのだろう。フルズとニシマツは敵対している訳ではないのだから、そこまで緊張する必要はないのに。


「遊びたいんだ、いいかな」


 若い衆は反対側の角にいる男に視線を送った。恐らくその男は兄貴分なのだろう、顎をしゃくって了承のサインを返した。若い衆は頷き、若の方に向き直る。


「どうぞ、空いている所にお座り下さい」


 そのとき俺は右肩側の壁にルール説明の紙が貼ってあることに気付き、一瞥した。そして、二度見することになる。なぜならショッキングな文言がトップに書いてあったからだ。


 《〜丁半の遊び方〜》


 丁半・・・。


 空いている座布団に向かう若の方を振り返って確認する。そこでは白いラインを貯え、黒い手袋を嵌めた壺振りが黒い壺に賽子を二つ入れ、盆の上に置き、壺を振って客が賽子の目の合計が偶数か奇数かを予想する、至って普通の丁半博打が行われていた。


 俺は胸に違和感を抱えたまま、一先ず、普通に博打に参加し、遊ぶことにした。若の隣の座布団に座る。始めは勝つなどからきし思っていなかったが、実際にやってみると違った。五回の勝負でもう一万両程勝っている。かなり調子いいぞ。


 俺が参加してから六回目の勝負が始まった。壺振りが壺を振り終えて、左右の膝の上に握り拳を作る。ここからは客が頭を使う時間だ。合計が偶数か奇数か。前回とその前はどちらも丁、偶数だった。よし、ここは半だ。半でいく。


 俺を含め客全員が壺振りの手前辺りへ三千両札一枚を放った。そして、俺は手許にあるカステラ一本程のサイズの木札を縦にする。これは俺の予想が半であることを表す。


 若も木札を縦にした。一方、他の客は七人全員が木札を横にしている。俺と若対他の客全員だ。


 壺振りが紙幣を回収し、皆の予想が完了していることを確認すると、勝負、と宣言して壺を開けた。


「イチニの半」


 出目は半。俺と若の勝ちだ。負けた七人分の二万一千両が俺と若で折半される。つまり俺のもとに最初に出した三千両札と一万両札が一枚、五百両玉が一枚、渡される。若も同じだ。俺達はたったの二、三分で一万五百両も儲けてしまった。


 俺の調子がいいなあ。ここ数回は順調に勝ちを重ねているぞ。若を除く七人の客の様子を窺ってみると、勝っているのは一番奥の眼鏡を掛けている男だけの様だ。


「グニの半」


 俺はまた勝った。勝ったのは俺と若と一番奥の眼鏡の男だ。順当に調子の良い者が勝つ結果となった。他の客も俺達の流れに相乗りすればいいのに。俺は次も当てる予感を天から授かった。


 そういえば、勝負中も幾つか違和感を覚える所が見受けられたが、まあ、勝っているからもうどうでもいいか。よし、次も勝つぞ。


「ヨイチの半」

「シソウの半」


 わお!凄い!また当てた!


 俺は当て続けた。俺には今まで博打で勝った経験などない。だからこそ心がホッピングアイ並みに跳ね上がった。


 しかし、俺は分を弁えている男だ。もうこれ以上勝ちが続かないことは、ちゃんと理解している。もうそろそろで切り上げようかな。


 他の客の口からは怨声が漏れていた。まさかここまで半が続くとは思わなかったのだろう。だが、これからも続くぜ。俺の予感が叫んでいる。そして・・・。


「ゴロクの半」


 当てた、半五連発!木札はずっと縦!


 やった!嬉しい、うれぴー!


「イチロクの半」


 おお・・・。へえ・・・。


 俺は大好きな御主人に腹を撫でられている犬の気分だ。大型犬って訳だ。それなりに凶暴なのだが恍惚の表情を浮かべ涎を垂れている。


「サニの半」


 ・・・半。


 恐ろしい、ここまで半が出るとは。俺は未だに半だ。当てているのだ。


「サブロクの半」


 !


 俺の気持ちは、つまり、お手手の皺と皺、幸せ。黒い壺が開けられる度に幸せが訪れる。一言いいですか。最高です、この賭場。


「カノ、普通にしてろ」


 俺は若から注意されてもニヤケがこびり付いて取れなくなった顔を上げられなかった。この様な顔、とても他所様に見せれない。


 そういえば昔、兄さんが言っていた。博打をしていると稀にダイヤモンドを見掛けることがある、と。でも気を付けろ、輝きが炸裂するダイヤモンドはショーケースの中にあって決して手に入れることはできぬ、と。博奕打ちというものは高い見物料を支払って見れるかどうかすら定かではないダイヤモンド展示場を彷徨いているに過ぎぬ、と。それ即ち、博打に参加をしている時点で、悪徳商法に喜んで引っ掛かる、傀儡なのだ、と。


「グシの半」


 はあっ、俺は、ダイヤモンドを、手に入れたぞ・・・。


「いい加減にしろ」


 若に頭を叩かれた。

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