表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

第二話





新入生代表挨拶。とりあえず、新入生として一番最初に認知されるのはこれを務める生徒だろう。わかりやすく、新入生の中では頭のいい部類の人なんだな、とレッテルを貼られ、しかし同じクラスの人以外からはそんなことすぐに忘れられる、そんなイベントというほどのものでもなんでもない一幕だ。


しかし、今年の紅陽高校の新入生代表挨拶は、少しだけ違った。壇上に立ち、正面を堂々と見据え、普段は代表挨拶なんてものは聞き流していそうな衆目の視線を独り占めしているのは、再会を果たした、俺の友達の小花和ハルその人だった。


「ーーー最後に、この良き日を無事に迎えられた事を、支えてくれた全ての人に感謝いたします。新入生代表、小花和ハル」


彼女が自分の名前を言い、代表挨拶を締め括ると、少しの間を置いて、万雷の拍手が鳴り響いた。特別なことは言っていない、と思うが、だからこそ彼女が特別だということを証明しているように見えた。彼女の顔と名前は、新入生にたちまち記憶されたことだろう。挨拶を終え、彼女が体育館の席に戻ってくる。戻る際の短い時間でも周囲は主に男子がザワザワと彼女のことを話している。


彼女の席は俺の真ん前で、彼女が座る瞬間に俺の方を見て微笑んできた。


「……噛んでなかったでしょうか?」


「た、たぶん大丈夫」


「そうですか、ならよかったです。緊張しちゃいました」


小さい声で話しかけてきた彼女は、心底安堵した顔で言い、そして折目正しく座り、正面を向いた。


あんなにも注目を集めた事に本人は自覚がないのだろう、話しかけられた俺は、どんな関係だ?だとか、こんな美人と知り合いとか羨ましい、みたいな男子からの嫉妬の声と、あの子とじゃ全然釣り合い取れてないよね、等、女子から悲しい評価を下された。でも、それも無理はない。それだけ彼女はあらゆる人の目を引くほどに素敵な女の子に成長していた。


「あはは、ドンマイやで、ユウ君」


「いや、まぁうん。事実だし気にしてないよ」 


隣に座るアオイさんが小声で話しかけてくるが、ほわっとした笑顔で言っているので、慰めなのか、面白がってるのか、よく分からない。


「ウチはユウ君の良いところちゃんとしってんで、元気出してや〜。つらくなったら、ウチの胸で泣いてええよ〜」


またもや、周囲の視線が痛くなった気がする。『俺もあの胸の中で一日中泣いていたい』

『ていうかデカすぎるだろ、あんな素晴らしい物を誰かが独占するのは許されない』

『母性の海……』

よくわからん評価も混じりつつ、怨嗟の感情が飛んできているのはわかった。


「しかし、ユウ君にも目を見て話せない子がおるんやねぇ」


「えっ」 


「そんなん目を見ればわかるで〜……なんて、ユウ君の真似〜」  


そう言ってアオイさんはにへらと笑って、そろそろ静かにせんとあかんで〜と言い、正面を向いた。緩急自在、マイペースな人だ。


しかしなんてこった、まさか友達にすら見抜かれてしまっているとは。そんなにわかりやすく態度に出ているのだろうか。


別に、目を見て話さなければ死ぬわけでも何でもないし、むしろ見すぎるのは失礼な時もあるだろう、と自分に言い聞かせるも、幼少期から築き上げてきたアイデンティティーの若干の崩壊が、よりにもよって再開した友達によって引き起こされそうとしている事に、戸惑うしかなかった。


入学式のプログラムがつつがなく進行し、生徒は各々これからの新生活を過ごす教室に戻っていった。俺のクラスは1-D組。リクとアオイさんと、そして。


「はい、それじゃ席について。さて、まずは入学式おつかれ様です。小花和さんは立派な挨拶でしたね。そして入学式始まる20分前にも言いましたが、改めて入学おめでとう。今日から君たちの担任になる多田です。教えてるのは英語です。これから長い付き合いになると思いますが、どうぞよろしく。何かあればすぐに相談してください」


そう、小花和ハル、彼女も同じクラスだ。


「新入生代表の生徒がいることだし、みんなも切磋琢磨して、勉強もスポーツも自分のしたいことも、全部楽しんでください。その為の支援は惜しみません」


多田先生は30代前半くらいだろうか、比較的若い男性教師の割には棘がなく穏やかな喋り方で、シンプルな言葉を投げかけてくる。いい先生だな、という印象を抱く。こんな子供にも真摯に語りかける姿を見て、こんな大人になりたいな、とふとそんな事を思った。


「まぁ、一部のニ、三年生の中では私の事を鬼教師とかいう人もいますが、真面目に勉強を教えてるだけなので、あしからず。ちゃんと勉強してくれれば特に何も言いません」


そう言って多田先生は笑った。おれ含め、生徒はどんな顔をしていいものか、と困惑している。


「さて、今日は授業等は勿論ありません。お互いに同じクラスの仲間として切磋琢磨していく為にも、残りの時間、まずは自己紹介からしていきましょうか。皆さんにはまず自分の名前と、知ってる人もいるかと思いますが、この学校は全生徒が部活か同好会に所属しなければなりませんので、既に決まっている人はそれと、後は、入学に際しての抱負を簡単にお願いします。出席番号順にいきましょうか、それでは赤城サトル君から」


「は、はい。俺は赤城サトルって言います。部活は、軽音楽部に入ろうと思ってます。普段弾いてるのはベースです。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」


最初に呼ばれた赤城君という男子生徒が、少し緊張しつつも応えた。最初の人というのはその後話す人がどれくらいの熱量や長さで話すかの指針になる。無難に答えた赤城君は、ほっとしながら座った。皆も長すぎず、シンプルに答えればいいな、と少し緊張感が抜けた様子だった。そして順々に自己紹介が進んでいく。


「はい、それでは次、天坂アオイさん」


「はいはぁーい。ウチは、天坂アオイ言います。関西から引っ越してきたので、少し言葉へんかもしれませんけど、よろしゅーお願いします。部活はまだ悩み中ですけど、調理部とかあるならそこにしようかな?ってな具合です〜、どうか仲良くしたってください〜」


『……おっとり関西弁いいな……』

『あぁ……いい……』

『おっとり関西弁で叱られたい……』


時折雑念が流れ込んでくるのはさておき、やはり属性マシマシな彼女を好意的に見る男子も多いようだ。優しい子だし、きっとクラスの人気者になるだろう。ふりふり、と後ろの席の俺に向けて手を振る。


「さて、それじゃ次、小花和ハルさん」


ハルちゃんの名前が呼ばれ、一瞬どきりとする。ダメだ、やっぱりなんだか調子がおかしい。


「はい。はじめまして、小花和ハルと言います。部活等はまだ決めていませんが、この学校はとても活気があると思うので、どの部に入っても楽しんでいけたらと思います。どうぞこれからよろしくお願いします」


はぁ……と男女ともにため息が漏れる。芸能人とか見たらこんな反応になるんだろうか。見た事ないからわからないが、とにかく、ただの自己紹介でここまで場が華やぐのだから、ハルちゃんも一週間もすれば学校中の噂になるのは間違いないだろう。せっかく再開したが、随分と遠い人になってしまいそうだった。


「はい、それじゃ次は久我ユウ君」


ハルちゃんの後、加藤さん、木村君ときて、いよいよ自分の番が回ってきていた。


「は、はい!」


落ち着け、ハルちゃんに心乱されてる場合じゃないぞ。最初の挨拶は大事!


「はじめまして、久我ユウっていいます。部活はいい部が沢山ありそうでまだ悩んでます。みんなと沢山話せたら嬉しいです、よろしくお願いします」


まばらな拍手の中、席につく。無難すぎたかもしれないが、大滑りもしなかったのでよしとしよう。


「はい、それじゃ次は鴻上リク君」


「……はい」


リクの名前が呼ばれ、立ち上がると、周りに少なくない緊張が走った。金髪で制服も初日から着崩しているリクは第一印象はどう見てもマイルドヤンキーのそれだ。そこそこ学力のあるこの高校にはあまりいないタイプだろう。どんな事を話すのか、暴れ出したりはしないだろうか、と周りの注目がより集まる。


「……鴻上リクっす。部活はまだ決まってないけど、多分そこの久我ユウと同じとこに入ると思います。頭悪いんで勉強ついていけるかわからんすけど、頑張るんでよろしくお願いします」


そう言って、ふーっと一息ついてリクは座った。ザワザワとした声と共に名指しされた俺に視線が集まる。


『舎弟か……』

『舎弟なのね……』

『きっとこれから毎日購買にパンを買わせに行くんだ……』

『鴻上×久我……に見せかけた久我×鴻上ね……私には分かるわ』


何が分かるのかわからんが、おそらく全部間違っているのは分かる。穏やかな学園生活に、若干の不安要素が残った。まぁ、リクが昔と変わらず仲良くしてくれるのであれば、それでいいか。


「鴻上君は今日学校に来る途中で困ってるお婆さんに声をかけて助けてあげてましたね。それに、よく地域の美化活動でも見かけますし、素敵な事は無理しない程度に継続出来るといいですね。それじゃ次、佐藤君」


先生のフォローが入り、リクは若干バツの悪そうな顔をした。それを見て、周りの子達も少し笑った。ヤンキーがいい事をした時に、普段いい事をしてる人よりも、より取り上げられるようなものだろうか。そもそも、リクはヤンキーじゃないと思うが、少しは周りの誤解も解けたようだった。


そんなこんなで、最後の吉田さんの自己紹介が終わり、これでクラス全員の自己紹介が終わった。


「皆さんありがとうございます。その人を見ながら自己紹介を聞いてみて、第一印象のイメージ通りだった人も、そうじゃなかった人もいるかもしれませんが、それが当たり前です。簡単には人のことはわかりません」


そう断言し、多田先生は続ける。


「友達になるならちゃんと相手の中身を見ろ、とよく言われますね。それは確かにそうですが、とにかく、見た目も中身も、その人のことをちゃんと見てあげましょう。外見だって、その人が、変わった自分を見て欲しい、これがかっこいいと思ってる、これが好きな自分が好き、といったような中身の表れなはずです。逆に、自分の見た目をコンプレックスに感じてる人もいるかもしれませんが、友達なら、その悩みに一緒に向き合ってみてください。それが出来ればきっと、その子のことも自分自身のことも前よりもっと好きになれるはずです」


説教臭くなっちゃいましたね、と苦笑いを浮かべる先生につられ、生徒も笑った。


「ちなみに私が髪を切っても、気がつく生徒は一人くらいのものです、やっぱり天然パーマなのがダメなんでしょうかね。みんなも、友達が髪切った時にはすぐ気が付けるくらいにはしっかり見てあげましょうね……おっと、時間ですか。それでは、この後は教科書等の配布場所に移動になりますので、廊下に男女毎に並んでください」


そんな風にしてHRはチャイムの音と共に終わった。


「いい学校ですね、ユウ君。改めて、三年間よろしくお願いしますね。先生の言っていたように、ちゃんと私のことも見てくれないとダメですからね」


とてとてと歩いてきたハルちゃんはそう言って笑った。


先生、ちゃんと相手を見ることにはある程度自信がある俺ですが、この子に限っては、なかなか難しそうです。













関西弁がわからん…いい教材とかあったら教えてください

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ