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第一話



「相手の目を見て、人の話をよく聞いて、それに真摯に答えることがコミュニケーションの基本です」


誰から聞いたのかも覚えてない。両親に言われたのか、またはどこでも言われてるの似たようなことを勝手に咀嚼したのか、それは覚えていないけど、とにかく、友達の少なかった(今でも多くはない)幼少期の俺は、この言葉を神の啓示のように信じていた。救いを求めていたと言っても過言ではない。


しかし、このコミュニケーション手段はあくまで自分と相手、お互いが、ある程度成熟した人間でないとあまり効果がない事に気がついたのは、既に中学に上がろうかという頃だった。

小学生の会話なんて、殆どがその場でのライブ感、勢いで成り立っているもので、後は走るのが早いとか勉強が出来るとか顔が良い悪いだとか、後は悪口とか誰が誰を好きだとか。何を言ったより誰が言ったのか、それだけが大事なことだった。


何を喋っても一定の成果を挙げる子達は相手の話を聞く、なんてことはなく、脳と口が直結してるように、思ったことを口に出す子が殆どだった。自分が苦労している友達作りや、人との楽しい笑い話、そんなことを何も考えないでやってのけるのが僕にはとても羨ましかった。


そんな中でも俺は、相手の話を聞く、そんなことを丁寧に、愚直に実践した。結果出来た友達は、よくからかわれて泣いていた、同じく友達が少ない物静かで可愛い女の子と、誰にでも喧嘩を売るやんちゃな男の子だった。


仲良くなったきっかけは覚えてないし、みんな似ていないけど、それでも、三人で一緒にいると、とても居心地が良かったのを今でも覚えている。


そのうち、両親の仕事の都合で中学に上がる少し前に俺は転校することになった。


父親に聞いた限りでは、高校に上がるまでにはまたUターンして戻ってきそうだったので、男子の制服はカッコよくて女子の制服は可愛い、頭もそこそこ良いあの高校に一緒に通えたらいいよね、なんて話をした。男の子の方は、俺の頭で受かるかなー、と言って、女の子の方は、あの制服が似合うようにきっと可愛くなってみせる……!等と力を込めて語っていた。離れても友達だよ、と言ってくれる友達が出来たことが、あの時の俺には泣きたくなるほど嬉しかった。


さて、転校先では、悠長に話を聞いて仲良くなる、なんてものを実践している時間はあまりないと考えた俺は、勿論話しかけられた時には、目を見てしっかり話すのは基本にしつつも、自分がどういう人物なのか、というのをわかりやすく誇示する為に、ひたすらに研鑽を積んだ。


勉強も、運動も、勉強以外の知識も付けようと本を沢山読んだり、3つ歳の離れた、双子だがまるで正反対の兄と姉の影響を受けて、兄が得意な運動ではコーチをお願いし、文化的、言いかえればオタク気味な姉には色んな知識を詰め込まれた。運動でもなんでも身長は高い方がいいかと思って、牛乳を浴びるように飲んだりもした。

結果、同年代の中ではそこそこ色々なことが出来る様になったはずの俺だったけれど、中学で俺がどんな奴なのか評価すれる時は決まって「ストイックでよくわからんけど牛乳が三度の飯より好きな奴」だったのは流石に心が折れそうになった。給食の牛乳をよく分けてもらっていた、牛乳が大の苦手なのに胸が大きい女の子に、卒業の際に多大なる感謝をされたのが、戦果と言えば戦果だろうか。それなのに身長も平均より少し高いくらいなのがこれまた悲しいけど。いやいや、まだまだ成長期、頑張れ自分と言い聞かせる。


父親が言っていたように、高校に上がるタイミングで家族は再度小学生の頃の地元に戻ることになり、高校に上がるタイミングだし、こちらに残りたいなら、お前も一人暮らしするか?なんて剛気なことを父親は言ったが、男子高校生の一人暮らしは日々の生活がおそらく大変であろうことはなんとなく理解していたし、金銭面の負担もかなりかけてしまうだろうなと思い、父と母と共に地元に戻った(双子の兄と姉はこのタイミングで都内と関西の大学に進学した)


そして、友達と約束していた、学力がそこそこで、制服のカッコいい高校ーーー正式名称は紅陽高校ーーーに入学が決まった。学力的にも丁度よく、通学も比較的楽だから選んだ学校だけれど、あの時の約束を少し信じたかったのかも知れない。小さい頃の約束なんて、果たされない方が多いだろうし、二人がこの学校に進むとも思えない。女の子の方はとても頭がよく、この学校より上の学力の所を受けるだろうし、男の子の方は、もう少し下の学力の学校を受ける気がする(かなり失礼だとは思うけど男の子の方は自他ともに認める運動特化の子だった)


いずれにせよ、あらゆる媒体で青春のど真ん中のように表現される高校生活がやってくるのだ、どんな形であれ楽しめるように、そして沢山友達を作れるように、頑張ろう!




そして、入学式の日がやってきた。中高一貫の紅陽高校は、そのままエスカレーター式で上がってくる生徒も多いようで、自転車を漕ぎながらの登校時、新しい鞄と制服の、同じ一年生と思われる人達であっても、すでに知り合いで固まっているのがある程度見られた。校則はある程度学生の自主性に任せる、との事で、上級生らしき人達は各々好きな用に制服を着こなし、カーディガンやセーターなどで気持ち程度の個性を出していた。小学生の頃には大人のように見えていた彼等は、昔ほどではないにせよ、やはり本当に一、ニ年産まれるのが早いだけなのか、等と勘ぐってしまうくらいには大人びて見えて、通学の為に金を貯めて買ったクロスバイクも、おろしたての制服とも相まってピカピカの一年生です、とアピールしているようで、なんだか気恥ずかしかった。


校門を抜けて、自転車置き場に自転車を停めて、校舎の方に歩いて行くと、玄関の前にクラス分けが張り出されているようで、人の波が出来ており、中々近づけそうになかった。入学式の日だし早めに登校したつもりだったけど、みんな考えることは同じのようだ。


「やーやー!そこの新入生らしき子!漫画とか好き?漫画同好会に入らない?」


「軽音楽部もよろしく!初心者でも大丈夫!音楽好きな気持ちが一番さ!」


「鍛えてるっぽい体してるしバスケ部に是非!スタミナある奴は強いぞ!背も一年生ならこれからどんどん伸びる!」


人が少なくなるまで待っていようと人の波の後ろで立ち尽くしていると、今度は先輩方の部活勧誘の波に攫われてしまった。興味のないものは基本的には遠慮しがちになるものなんだろうけど、悲しいかな、小学生の頃から染み付いた習性、しっかり相手の目を見て話しを一つ一つ聞いてしまった。


「私達が新入生の時ってこんなキラキラしてたのかしら……相手の目を見てしっかり話を聞いて……うう……大体が冷たくあしらわれるから……ありがとうね、漫画同好会是非覗きにきてね……漫画読みに来るだけでもいいから……」


「音楽なんて礼儀知らずのチャラい奴がやるなんて思われてるかもしれないけど、君みたいなしっかりした子はきっといい音楽を奏でるよ……放課後待ってるよ!」


「人間性もスポーツには大事な要素だ……少し話しただけでも君は部にプラスになる、そんな気がするよ!放課後体育館で待ってるぞ!」


なんだか、俺の習性も悪いことばかりではないみたいで、おおよそはチラシを渡したら次に行くような人達だったけど、こんな風に熱意を持って語ってくれる人たちもいた。チラシの山から一枚を手に取り、どの部活も楽しそうだな、とこれからの未来にワクワクしている自分がいた。


「相変わらず、人の話をよく聞くお人好しの所は変わんねーみたいだな、ユウ」


「えっ?」


背後から俺の名前を呼ぶ声がする。新入生であり、しかも地元から離れていた俺を知る人間なんて、心当たりは二人くらいしかいなかった。


「……リク!」


「おう、一応気がついたみてーだな、久しぶり」


そう、約束を交わした片割れの、やんちゃな男の子がそこにはいた。もう男の子、なんて風貌ではなく、高身長や、すでに着崩している制服も相待って、俺よりも何倍も大人びて見えた。そして、髪の毛は金髪。派手で少し威圧的だけど、随分カッコよくなったな、と思った。ワイルドな雰囲気が好きな女の子からは人気が出そうだ。


「目を見ればわかるよ。本当に久しぶり。約束、守ってくれたのかな?」


「バッカ、恥ずかしいこと言うんじゃねえよ。紅陽が一番家から近いからだっての……まぁ、約束のことも、ほんの少しは頭の隅にあったけどよ……」


「そっか。また一緒の学校に通えて嬉しい」


「……あーはいはい、そーかよ。しっかし、話をちゃんと聞くのはいいけどよ。勧誘の紙、渡されすぎだろ。話しかけるタイミングすらなかったぜ」


「そうなんだよなー。活気があって、どの部活も魅力的で迷っちゃうよ」


「はぁ……まぁいいけどよ。ここは何かしらの部活か同好会に入らないといけないみたいだから、気楽そうな部活あったら教えてくれ」


「リクは運動めっちゃ出来るんだから運動部入れば良いのに……って髪のこととかで色々言われちゃうのかな」


「そーかもな。あとは上下関係とかそういうのもめんどくせーや」


「上下関係は大事だって。でも、金髪似合ってるし、そういうのも含めて受け入れてくれる先輩がいるとこに入れるといいね」


「……そーだな」


「個人スポーツ気味なやつ一緒にやろうか?テニスとかバドミントンとかさ!」


「……それでもいいけどよ、ユウさしおいて俺だけレギュラーになっちまいそうだな」


「何をー!俺だってそんな運動神経悪くないし、中学時代は鍛えてたんだぞ!」


「そーみてーだな。ここ数年で色々あったんだな」


「それは、リクだって一緒でしょ。ここ数年の話もいっぱいしてもらうからなー?まぁでも、根っこの部分は変わってなさそうだね」


「……そんな風に言うのはお前だけだよ」


「そうかなぁ?あ、そろそろクラス分け見れそう」


リクの見た目は大分変わっていても、久々の会話が苦にならないのが、とても嬉しかった。そのままの弾む気持ちで、クラス分けを見に行く。どうやらリクとは同じクラスのようだ。そして、約束をしていた、もう一人の片割れの子の名前を、つい探してしまう。AからFまでのクラス分けの中、順を追って確認していくと、約束の子ではないが、同じクラスになんだか見覚えのある名前を見つけた。


「同姓同名かな……?」


「どーした?ユウ」


「はぁはぁ……あかん少し寝坊してもーた……あっ!ユウ君!よかったー、知り合い見かけて少し安心したわぁ……」


おおよその新入生がクラス分けを見て教室に進み、人通りがまばらになってきた所に一人の女の子が走ってきた。その体のとても大きな双丘は、ブレザーで窮屈そうにしながらも、しっかりと主張をしていた。走りながらそれが揺れる様子を見て、道ゆく男子達は、ありがたそうなような、気まずそうな、そんな顔をしていた。


「まさかアオイさんも紅陽に入学してたなんて……」


「こんな知り合いいたのか、ユウ。お前の知り合いなんてこっちじゃ俺とアイツくらいかと思ってたが」


「いや……中学の時の友達なんだけど……何で紅陽に……」


「はぁはぁ……ウ、ウチも、地元で進学するんやろうなーっておもっとったんやけど、おばあちゃん最近体調悪くてなー?そんで、おばあちゃんの実家がこの辺にあって、面倒見るために一緒に住むことになったんよ、それで、高校も近い所がええかなーって思って紅陽になー?ユウ君もここ入るって言ってたし、そんなら楽しそうだなーっておもっててん」



息を整えながら、器用に、それでいておっとりしているように聞こえるのに内容自体は捲し立てて話すのは、さすが関西の人だなぁと思いつつ、思わぬ再開に驚いた。


彼女は俺が中学の頃に牛乳大好きという評判を作るにあたった一因の、給食の牛乳をもらっていた胸の大きい女の子だ。席が近かったのと、牛乳の件で有難られたのもあって、よく色んな話をしていた。中学の中では友達と呼べる数少ない内の一人だった。柔らかそうな女性的な可愛らしさと、黒く長い綺麗な髪に、大きな胸、それでいて人懐っこい笑みと話し方で、前の中学でとても人気のある子だった。


「えへへ、ビックリした?ウチと学校一緒で嬉しい?ウチはすごく嬉しい、あ、ブレザー似合う?」


少し体を突き出すようにして、可愛いと評判の制服を自慢してきた。そしてクルクルと回り出す。まるでアイドルのような仕草に少し笑ってしまった。


「うん、俺も嬉しい。一人ぼっちかと思ってけど、知り合い二人もいて、勇気湧いてきたよ!制服もよく似合ってるよ!」


「えへへ、ありがとうなー? 知り合いって、そこの金髪の人?こっちが地元やもんねユウ君。昔のお友達?」


「うん、こっちの数少ない友達!ほら、リク挨拶して!」


「数少ないとかわざわざ言う必要ねえだろ……えっと……鴻上リクだ、よろしく」


「ワイルドな友達やねぇ。あ、ウチは天坂アオイ言います、ユウ君とは中学で色々ギブアンドテイク?な関係やったんよ〜、これからよろしゅーね」


「あぁ……後で、ユウの中学時代のことでも教えてくれや」


「ええよー、その代わりユウ君の昔の事とか色々教えてーな?」


「二人だけで盛り上がんないで、ていうか、二人とも変な事言わないでね!?なんか恥ずかしいから!」


そう言って三人で笑った。楽しみと不安で半々くらいだった気持ちは、楽しみの方に比重が傾いていっている。



「久しぶりですね、ユウ君」


談笑していると、背後からまたもや名前を呼ばれた。先程も述べたように、俺にはこっちの知り合いなんて本当に少なく、こんな風に名前を呼んでくれる相手に、残る心当たりは一人しかなかった。



「……ハルちゃん?」


振り返ると、こげ茶色のボブカットの髪を風に靡かせ、美人というには可愛すぎて、美少女というには大人びすぎている、まるで夕陽が沈む瞬間、ほんの一瞬を切り取った、そんな奇跡のようなバランスで成り立っている女の子がそこにはいた。少し遠慮しがちな微笑みと、優しさが滲む色素の薄い瞳は、彼女と認識させるには十分だった。高くも低くもない身長の細身の体格と、制服からちらりと覗かせる白い手足は、触れたら壊れてしまいそう、なんてありがちな形容は陳腐なものではないように錯覚させた。


「はい、貴方の数少ない友達の一人の、ハルですよ。って何で疑問系なんですか?」


「…………いや、あんまりにも、綺麗になってたから、つい」


友達じゃなければドン引きされるだろうと思えるほどには、思った事がそのまま口に出てしまった。


可愛くなってみせると言っていた昔の約束を律儀に守ったのか、守りすぎたといっても良いほどに綺麗になった彼女の外見の変化に驚いてる部分も勿論ある。それでも、彼女は元々普通に可愛かった。今の言い方では昔は可愛くなかったみたいでじゃないか、と一人反省会を繰り広げる。よく男子にからかわれていたのも、好きな子に構って欲しい、そんな幼さ故の行動でもあったのだろう。だから、彼女の可愛さに、そこまで驚くことではない。驚くことではないはずだ。


こんなにも彼女の外見に意識がいくのは、ひとえに、彼女の顔を一瞬しか見られなかったからだ。


「……ふふ、ありがとうございます。あの時の約束、少しは有言実行出来たって思っても良いんですかね?あれ、でも、そんなに褒めてくれるのに、一目で私だって分かったのは、綺麗になったって言うのはやっぱりお世辞って事でしょうか?」


「……元々ハルちゃん可愛かったし」


いつもの調子が出てこない。視線は下を向き、彼女の顔を捉えられず、可愛いと評判の制服の上をなぞるだけだ。どうした、目を合わせて、話す。それが俺の信じるコミュニケーションのはずだろう。さぁ、先程一瞬だけ視界に捉えた、彼女の目を、もう一度。


「それに……どんなに変わってても、目を見ればわかるよ」


そうだ、目を見れば、わかるのだ。


「……ユウ君は全然変わりませんね」


そう言って彼女ーーー小花和ハルは、花が咲いたような顔で笑った。


その目が、瞳が、あまりにも綺麗で、俺の視界はまたもや宙を泳いだ。


なんてことだ。目を合わせて話す、それを愚直に守ってきて俺が、よりにもよって、幼馴染の女の子と目を合わせられないなんて。一体俺はどうしてしまったのだろうか。


これは、そんなアイデンティティーの崩壊に悩む俺と、その周りの人達の物語。



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