第四話
想像してた五兆倍くらい重たいのが来たよ。何?引きこもりを引っ張り出して欲しい?
いやいやいや、普通に無理だろそんな事。俺たち只の高校生ですよ?
引きこもりないし不登校なんて現代日本における代表的な教育問題に一石を投じるような力、持っているわけがないでしょう?
あまりに非現実的なその「お願い」に絶句せざるを得ない俺をよそに、先生はニコニコ笑顔で俺たちの返答を待っている。
流石に手に余る。これを承諾するような生徒は居ないだろうことは、安曇野先生だって理解している筈だ。――一体何を企んでいる?どういう意図があってこんな無理難題を提示した?
学級委員としての資質?いや、資質を問うくらいならばそもそも遅刻してくるような不真面目生徒に対して学級委員になれなどと宣わないだろう。
思考を回す。安曇野先生にとって、最も望ましい答えと、俺にとって最も望ましい答えとを天秤にかけ意図を図り判断を行う為に。確実に……断る為に。
「わかりました!頑張ってその子と友達になります!」
「廻栖野は話が早くて助かる。友達になる……かどうかは君らに任せるが、不登校児をそのまま放置というのもな。一年のときに当時の担任が訪問などを重ねたようだが、結果はこの通りだ」
そう言いながら、唯一空いている後扉近くの席へと悲しげに目をやる安曇野先生の様子は、本気でその生徒のことを憂いているのだと感じさせた。
……断るべき、なんだろう。先生が駄目なら生徒から、なんて言うほど簡単な問題ではない事は純然たる事実だ。
安請け合いする廻栖野さんに対する無責任さと、それを臆面もなく頼み込んでくる安曇野先生への落胆とを嚥下する。本気で言っているんだろうか、この人達は。
「お言葉ですけどね、先生。そりゃちょっと厳しいと思いますよ。いや、厳しいなんてもんじゃない」
俺は吐き出すように、既に承諾している廻栖野さんなんて関係ないとばかりに、否定の言葉をひねり出す。
「そもそも何ら問題のない学生生活を送っていたら不登校になんてならないんです。多少行きたくないという気持ちを抱くなら健全な範囲ですが、本当に全く来なくなるなんてのは利益と損失がつり合っていない」
「“最低限度文化的な生活”ってやつへの片道切符なんですよ、学校は。勉学がどうこうなんて表面的な話じゃなく、学歴社会という現実に向き合った際に導かれる自明の真理なんです」
「――高卒以上じゃなけりゃ何かしらの問題を抱えた使えないやつ。そんなレッテルを貼られてしまう事は、今どき小学生高学年でも理解している。故に、ほとんどの人間が高校には進学して、どうにかこうにか卒業しようとする」
「それを諦めて、自分の世界にひきこもるなんて事になるのは、いじめなんかに代表される致命的な外的要因が殆どだ」
「そうじゃなくたって人一倍怠惰であるとか、学校にそもそも価値を見いだせない逸脱者でしかない。それを無理やり連れてきたって、トラブルの種な上にまたすぐ来なくなるだろう事は先生だって分かっているはずです」
「――どういうつもりなんです?こんなの、一高校生に頼むような事じゃない。しかるべき機関が出張ってくるべき案件でしょう」
俺はまくしたてた。周りで雑談していたクラスメイト達が、その異様な光景に沈黙するほどに必死に、誰の言葉をも挟ませず。
当然、こんな大量の言葉を一度にぶつけられた当人――安曇野 藍音は当惑している。俺はそう思い、この日初めて彼女の顔をまじまじと見つめた。
「くっ……はは、ははははっ!」
当惑するどころか、爆笑された。
「え、いや、今の笑うところじゃ無いっていうか……」
「そこまで真剣に考えてくれるなら安心だ、灰ヶ峰。私の目に曇りはなかったな」
「は?」
もうずっと何言ってるのこの人?日本語通じてない?
「学校としても、手は尽くしたんだ。君の言う“しかるべき機関”が動いている。当然だ」
「じゃあどうして」
「それでも尚、彼女が学校に来ないからさ。こちらが取れる手法が、同じ学生からのアプローチしか残されていない。それだけの話だよ」
「それじゃあまるで……」
「ああ、これでも来ないのであれば……彼女は遠からず退学となるだろう」
それじゃあまるで、地獄に垂れる蜘蛛の糸だ。
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