第三話
「学級……委員?」
「あぁ、そうだ。学級委員だ」
「学級委員って、あのクラスを統括する学級委員で間違いないんです?」
「あぁ、その学級委員だ。」
何を言っているんだこの人は。率直な感想はそれだった。
学級委員?学級委員だと?あの、「クラスのリーダー」な学級委員?
務まるわけがない。考える必要すらない。
一般平凡クソ陰キャの俺には、クラスを円滑に運営していくようなカリスマなど何ら持ち合わせていない。
正気か?この女。春の陽気にあてられて気でも狂ったか?
何をどう評価して俺に学級委員になれと言ってきたんだ。しかも、公衆の面前で。クラスメイトの目の前で。
普通に考えて無理。拒否。ありえない選択肢だ。
クラスの皆だって望まないはずだ。この俺が学級委員など──
そう思い辺りを見渡せば、幾人かは退屈そうに黒板を見ており、また幾人かは期待を込めた目で俺を見ていた。
……え?何でそこで期待されるの?
俺だよぉ?見るからに陰の者。頭はボサボサ、猫背極まって表情筋はギッチギチに硬い、冴えない男子高校生筆頭な俺だよぉ?
「何、今は丁度委員決めの時間でな」
困惑して声も出ない俺を慮ってか(慮るならそもそもそんな提案しないで欲しかったが)、安曇野先生が優しい微笑みを携えながら説明を始めた。
俺からすれば、獰猛な肉食獣の笑みにも思えるぞ。
「委員決めを行うにあたって、先ずは取り仕切って貰うための学級委員を決めることになっているんだが……男子生徒の立候補者が出ない状況なんだ」
「このまま無為に時間が過ぎるか、勇気ある誰かが挙手をするかを待っていたんだが……そんな時に君が現れたというわけさ」
勇気ある誰かで良いじゃ〜ん!それただの貧乏くじじゃ〜ん!
そんな「私は君のことを信頼している」みたいな優しい目で見られても靡かないよ俺?
そんじょそこらの陰キャじゃないよ?
周りの奴らから「めんどくせーなとっととyesと答えろよ」という目線を向けられたとしても断る程度のリスクマネジメントはできるからね?
この学校の「委員会」は少し特殊な形態を取っている。
中学校なんかはクラス全員が何かしらの委員に所属していたが、この学校ではクラスの中でも限られた数人しか所属しないのだ。
それもその筈、この学校の委員会は「学級委員会」「風紀委員会」「統括委員会」の3つしか存在しない。
私立という事もあり、生徒の自主性を尊ぶ校風が作用してか、委員会はある意味で校内の自治機構の側面がある。
「学級委員会」は各クラスの自治。
「風紀委員会」は自学年の生活態度などの取締り。
そして「統括委員会」は自学年全体の統括を行う立場だ。
いろいろ組織図はあるが、面倒である事に変わりはない。
聞こえは良いが、要するに学級委員など「雑用係」のようなモンなのだ。
内申点は稼げるかもしれないが、仕事量にリターンが見合ってないのは誰から見ても明らか。
ごく限られた真面目くんしか立候補者せず、その多くは推薦なんかで決まる役職。
当然、安易に頷いて良い筈がない案件だろう。絶対に断る。
「あ、因みに女子の委員はそこの廻栖野だ」
「やります」
安曇野先生が黒板の前に立つ絶世の金髪美少女を指さした瞬間、反射的に口をついて言葉が出てきてしまった。
……?
「良い返事だ。よし、学級委員は決まったな?これより一週間のうち、君ら全員の生活態度を学級委員に見てもらう。その中から優良だと判断出来るものを推薦する形で風紀委員は定められる。もし風紀委員になりたい奴が居たら、彼らへ存分にアピールしたまえ」
状況が飲み込めない俺を置いて行くように、現実はスイスイと先へ進んでしまう。
え?俺この一瞬で学級委員になったの?
一年生の頃、絶対になるもんかと固く心に誓ったあの悪しき風習の権化に?
「おい、いつまでボーッと突っ立ってるんだ灰ヶ峰。前に来て先生を手伝ってくれ」
「あっ、はい」
荷物を席へ乱雑に置き、黒板の前へと来させられる。
そして、先生が用意したのであろうプリントを、廻栖野さんと二手に分かれてクラスメイトへと配るお仕事(絶対にもっと効率良い方法あるだろ。前から後ろに渡すとか)に従事させられた。
自分が学級委員にさせられてしまったという現実を未だに飲み込めない俺は、惚けたような放心状態のままHRの終わりを迎えた。
ガヤガヤと教室に喧騒が訪れ、新たな生活に胸を躍らせる少年少女達が早くも交流を深め始める中、俺は一人の美少女と共に安曇野先生の眼前にて立ち竦んで居た。
「では改めて。学級委員よろしく頼むぞ。廻栖野、灰ヶ峰」
その「してやったり」とでも言いたげな、整った顔に一発拳骨をぶち込んでやりたい衝動に駆られる。
「はい!尽力致します!」
明るい、太陽のような笑顔を携えながら彼女はそう答える。
何この子可愛い。顔も良くて性格も良さそうなの、世界のバグ?
「灰ヶ峰、返事は」
「えっ」
彼女の言葉に満足気に頷いたかと思った安曇野先生が、徐に名指しで返答を促してきやがった。
いやそもそも最初から名指しなんだけれども。
「いや、あの、その場の空気で了承してしまいましたけど、普通に考えて俺には荷が重いっていうか全然自信ないっていうかやるべきじゃないっていうか向いてないっていうか、絶対に無理だと思うんですよね。新しく向いてる人に対して推薦を募るべきでは?ほら、こんな経緯で決まったらクラスの皆も納得してないでしょうし」
「君、自分に不利益が被るとなれば途端に饒舌になるな」
「…………」
「一度決まったものはそうそう覆せない。それは社会に出ても同じさ。諦めて、一年間粉骨砕身の思いで働いてくれ」
「そんな……」
陰キャは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の先生を除かねばならぬと決意した。
「ははは……これからよろしくね?灰ヶ峰くん」
陰キャには接し方がわからぬ。陰キャは、只の凡人である。本を読み、机に伏して暮らしてきた。けれども異性に対しては、人一倍に敏感であった。
「よっふ……よろしくおねがうぃしましゅ……」
噛んだぁああああ!!!
二度も噛んだ!いや、三度か!?
後光の如き美しさにあてられ、冷静沈着という俺の仮面がこうも容易く剥がされるとは。
美少女、侮れぬ……!
「うんうん!やる気も出たみたいだな?早速で悪いが、頼み事があるんだ」
少しばかり声のトーンを下げ、深刻げに騙り始める安曇野先生の様子に、自ずと緊張感が走る。
学級委員は雑用係と言ったが、これは本当に本当に雑用係だ。
クラスの事となればどんな些細なことであろうと重要な事であろうと先生に頼まれがちな役職。
進級早々の、未だ浮つくこのタイミングにですら頼み事をしてくるのだから、それを察して余りあるだろう。
「頼み事、ですか?私にできることであれば何でも!」
ん?今何でもするって(略)
そう易々と安請け合いしてはならないぞ廻栖野さん。ロクな事になりはしない。人生経験豊富(16年)な俺が言うんだから間違いない。
「内容によりますが、まぁ、出来そうなら……」
「ははっ、何。大したことじゃあない」
やはりファーストインプレッションだ。そんなに重い仕事は来ないだろう。
何だろう、次の授業の準備とかかな?
「一年生の後半から不登校になった新しいクラスメイトを登校させてやって欲しいんだ」
そう言って先生はおちゃめにウインクした。
いや重ッッッッ!!!!
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