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第二話


 マジ?現実?りありぃ?

登校中に美少女とぶつかるって二次元だけの話じゃなかったの?

 あまりに唐突な非現実性に、返答を忘れて呆けてしまう俺。

消化できない困惑と期待とをせめて嚥下しようと、真っ白になった俺の頭をフル回転させた。

――顔、良……。えぇ、顔良すぎない?どういう遺伝子?人類の秘宝?人外じみた顔の良さだな。


「えっと……あの……」


「えっ、あっ、すみませ、大丈夫です!痛くないんで!はは!」


 あまりにも顔が良すぎて見惚れてしまっていたようだ。

まじまじと顔を見続ける俺に困惑したのか、少し困ったように眉を下げながらもはにかんだ彼女。

……やっちまったか?やっちまったな。

普通に考えて、いくら美少女と言えどもまじまじと自分の顔を見られて良い気持ちになる人間はいないだろう。

ましてや、相手が初対面でさほど顔も良くない俺のような陰キャとなれば、ぶつかった申し訳無さを差し引いたとて生理的嫌悪感が勝るのは自明。

そもそもありもしないフラグを早々に叩き折ったのはこの俺だ。はは、ウケる。


「大丈夫そうなら良かったです……!」


「ははは……」


「じゃ、じゃあ。すみません、遅刻しそうで」


「い、いえ。こちらこそノロノロ歩いてて申し訳ない」


「また時間あるときにお詫びをさせてください!では」


 そう言うと彼女は脱兎のごとく早々と立ち去っていく。短距離走でもしてんのかと言うばりの綺麗なフォームだ。いや、実際短距離走してるようなもんか。

一般的な感性を持っているならば、登校初日に遅刻はありえべかざる事象だ。最大限急ぐのは当然だろう。


「痛てて……」


 流石に受け身を取れずにずっ転けた為に、頬や手の甲にそれなりの擦り傷が出来てしまっている。

別段この程度ならば放置したところで何の問題も無いが、遅刻の百戦錬磨を自称する俺がこのチャンスを見逃すわけがない。

降って湧いた幸運。向日葵のような彼女には感謝しなければならない。

 単に遅刻しただけでは何ら大義名分のないただの過失でしか無いが、ここに「負傷」という要素が加わるとどうなるか。

そう――不可抗力となるのである。


Q.なぜ遅刻したんですか?

A.登校中に怪我してしまって保健室に行ってたんです


 この完璧な論理ならば、登校初日に遅刻したとしても何か不利益を被ることはそう無いだろう。皆勤賞は取れないだろうが、精神的な不利益からは逃れる事ができる。

電車の遅延証明書と同じ論理だ。こちらに非のない遅刻は遅刻ではない(遅刻ではある)。





 のんきに、口笛でも吹きそうなほどのんきに始業のチャイムを聞き届ける。

靴箱に張り出されたクラスの振り分けを横目に確認し、自分が今後1年間過ごすクラスの番号を覚えた俺は、その足で教室ではなく保健室へと向かった。

まさか先生方も、初日から怪我する生徒が出るなどと思っていないのだろうなどと思いながら保健室の扉へと手を伸ばし――俺が開けるよりも先にガラッと勢いよく開いた。


 盛大に扉を開いた人物は飛び出そうとしたのか一歩を強く踏み出し、目の前に存在する俺に阻まれる。

鼻下にまで伸びた前髪に、手入れされていないボサボサの後ろ髪。

乱雑に切り落としたのか、肩程度で切りそろえられた髪達は重力に逆らうかのように上方向へと跳ね上がっていた。

顔は髪に覆い隠されて伺い知れないが、お世辞にも陽気なタイプでないのは一目瞭然な女子生徒が、現れたのである。


「うおっ」


「――っ!」


 何を言うでもなく、俺をすっと横に避けたまま廊下を猛ダッシュで走り去って行った。

なんだアレ。どういう事?


「日之影さん……!」


 保健室の先生が明らかに”困っています”という声色で彼女の名前を呼ぶが、その時には既に視界の中に彼女は居なかった。

まるで関係ない筈の俺までつられて困惑の表情を浮かべざるを得ない状況だ。なに、今日もしかして厄日?


「えっと……お取り込み中ですか?」


「あ、ごめんなさいね。なんでもないの」


「なら良いんですが……絆創膏ってあります?登校中に擦ってしまって」


「あら……このくらいなら消毒は必要なさそうね。傷口洗ったら手当するわ。そこで洗ってきてくれる?」


「あ、はい。わかりました」


 大人しく保険医の指示に従って傷口を洗い流す。

――これも、何かのフラグなんだろうか?もしライトノベルならば、ここで保険医やらに話を聞いてイベントを進めるんだろうか。

一年生の俺なら。或いは、今までの俺ならばここでスルーを決め込んで波風立たない学生生活を送ろうとしただろう。

 だが、なぜだか今の俺は首を突っ込んでみようかなという気持ちになっていた。

行きに美少女とぶつかる、なんて定番のイベントを経験したからだろうか。ここで何か行動を起こせば、この何の変哲もない退屈な毎日が変わっていく……そんな気がしていた。


「あの……さっきの子なんですが」


「え?日之影さん?」


「どうかしたんですか、彼女」


「君、彼女の知り合いってわけじゃないわよね?」


「まぁ、はい、そうですね」


「う~ん……個人の問題ではあるし、あんまり人様に言いふらすのも、ね?」


 それはそうだ。ぐうの音もでない正論だった。

なぁ~にが退屈な毎日が変わっていく、だ。普通に考えてそんなに口が軽いはずもないし、知ったところで俺が何か出来ることなんて無い。

自意識過剰とはこの事だろう。俺しか俺の内心は知らないが、少しばかり恥ずかしくなる。

 軽い手当を済ませたら、何事も無く保健室を出る。

頬に絆創膏(ちこくしょうめいしょ)を貼り付けて、静けさが支配する廊下を歩む。


 正直言って、新学年というものには多大な不安がある。

俺だって好きで一人で居るわけじゃなく、気がつけば一人に成っているだけの真性ボッチ。

孤独を好むわけでも、孤高を誇るわけでも無かった。

人並みに友情を欲し、人並みに友達を作ろうとして、人でなしの俺は誰とも関われなかったのだ。

 性格が悪い自覚はあるし、上手く喋ることが出来ない自覚もある。

故に”期待”をしてしまっていたのだ。創作物(フィクション)で起こるようなことを実際に経験して、舞い上がっていた。

ここから、俺の物語が始まるのだと。ラブコメ始まってしまうんではないかと、誰しもが通りそうな勘違いを人並みにしてしまった……それだけのことだった。


 教室に備え付けられた後扉をガラリと開けば、先程まで教室内にあったであろう喧騒が一斉に止む。

これから一年共に過ごすクラスメイト達が全員こちらへ目線をやり、その威容に足が竦んで一歩も動けなくなった。


「……灰ヶ峰、初日早々に遅刻か?」


 黒板の横にあるパイプ椅子に腰掛けた女性がそう問いかけてくる。

切れ長の目に艶やかな長髪。うちの学校で密かな人気を有する数学教師。安曇野(あずみの) 藍音(あのん)先生だ。

彼女がこの時間に教室にいるということは……今年の担任教師が彼女であるということの証左なのだろう。

 そして黒板の前には何故か、あのぶつかってきた金髪美少女が立っていた。

え?同じクラス?


「へ、へへ、いや、あの、とぅっ、登校中に怪我して保健室に……」


「ほう?……大怪我をしたというわけでもないならば遅刻であることに変わりはないが、初日だ。多めに見てやろう」


「はぁ、ありがとうございます」


 ラッキー。遅刻ですらなくなったぜ!傷害という免罪符は万能性があると認めざるを得ないだろう。

っていうかクラスメイトの視線が痛ぇ。なにが痛いって俺がつい(・・)吃ってしまったときに向けられた

『え?何こいつキモ』の視線が痛い。そうだよ俺はキモいよ悪いな!生まれつきだよ馬鹿野郎!

 今年も友達は出来なさそうだな。そんな覚悟を決めながら、空いている席を探す。

早々に見つけ、静かに、邪魔をしないように歩きはじめ――


「ところで灰ヶ峰、君――学級委員にならないか?」


 ――は?


「は?」

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