1.結局ラブコメ主人公は勝ち組だ
どんな気持ちでこの日を迎えれば良いのか。
幾度となく訪れる春の陽気も、俺にとっては何ら感慨をもたらさない普遍の一コマでしかない。
小学生で6回。中学生で3回。そして、高校生で2回目となる、計11回目の新学期というものも、春の陽気を感じる時と何ら変わらない感情でしか感じ取れないのが俺の性だ。
結局、高校も中学とそう変わらないのだと気付くのに時間はかからなかった。
人は何故集団を形成するのか。それはある意味で卵が先か鶏が先かという問題だろう。
類人猿と呼ばれるヒトの先祖──或いはそのまた先祖にあたる動物が、群れという集団の単位によって生活を行う事で、様々な危機的状況を脱して行った。
故に、群れるという行為が生存バイアスの元に正当化され、子孫の元に正統化されて行ったわけだ。
先人の知恵。動物の本能。生きる為の手段。
それが"群れる"という行為の本質に他ならない。
ヒトがこの母なる大地を踏破せしめたのも、一重にこの"群れる"という行為を効率的に行ってきたためだろう。
群れるだけなら多くの動物に見られる行為だが、ヒトのそれは規模や質が全く違ったわけだ。
ある一説ではヒトをここまで強大な種族へと導いたのは、宗教による力──もっと本質的な部分で言うならば、社会という構造を作り出したためだと言う。宗教の元に上下が生まれ、社会を育み、生存への最適化が行われた。
つまるところ、群れるということはヒトがヒトであるアイデンティティと言えなくもない。人はヒトとヒトとが支え合って成り立つ字であり、ヒトは1人では生きられない。
ATフィールドのない世界ではヒトはヒト足りえないのだ。
そんな"ヒト"の定義の元に置いて。
この俺、灰ヶ峰 鋼は──人でなしだ。
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桃色の花弁がヒラヒラと宙を舞う。
常人はこれを見て「エモい」とか「綺麗」だとか思うらしいが、俺は別に何も思わない。寧ろ、この鮮やかさが何処か俺を嘲笑っているかのようにも感じえて気分が悪いまである。
しがない私立高校──偏差値はそれなりにある──に通うしがない男子高校生であるしがない俺は、この桜・嘲笑・並木を歩きながら、今日何度目かも分からないため息を吐いた。
そこそこ長い春休みを経た新学期かつ新学年という現実は、俺の心に重しのようにずっしりとのしかかっていた。
惰眠を貪り、深夜も深夜まで起きたところで何ら明日に影響せず、日が落ちてから起き上がることのできる生活が暫くの間中断させられるというのは、誰がどう考えても人生における損失だろう。
社会人となり、働き始めれば40年も50年も"規則正しい"生活を強いられるようになりかねない。
そう考えれば、たかだか3年しかない学生生活を『有意義』に使うことに何の否やがあるというのか。
烈火のごとく喚き散らす我が母上の言葉を浴びながら、急ぎ足で家を出させられる必要は一体どこにあるというのだろうか。いや、ない。
とぼとぼと猫背になりながら歩みを進める。教科書入れた学生カバンってビビるくらい重いんだよな。こんなもん持って毎朝歩けってもうそれ筋トレだから。プロテインとか持ってた方が良いかな?
始業の時間まであと5分だが、このペースで歩くと校門まで行くのに8分程度。教室に行くまでに2分の計10分はかかってしまうだろう。
走ればギリギリ間に合うかもしれないが……仕方がない。ここは断腸の思いで──遅刻する。
走るわけがない。当たり前だ。走って間に合うか五分五分だぞ?5分だけに。
労力に対するリターンが少な過ぎる。不利な賭けだ。ここは損切りをするべき案件だろう。
リスクヘッジというやつだよ。かかる労力と、帰ってくる利益を天秤にかけて判断する。利口な選択だ。
あーあ、新学年は皆勤賞取ってやろうかな〜とか思ってたんだけどな。仕方ないよな〜!
神の思し召しだ。睡眠は青少年の育成に必要不可欠な要素、疎かにしてはならないからな。
誰に向けてかも分からない言い訳を頭の中で並び立てながら、遅刻することを決定した瞬間。
ドン、と──強い衝撃が俺の背中を押した。
不意に来たインパクトに、クソ雑魚体幹の俺は為す術もなく前方へ押し出される。
足がもつれ、咄嗟に出そうとした前腕は重たい重たい学生カバンに阻まれて。
そうして俺は、新学年の登校初日から大きく派手に──すっ転んだ。
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「痛゛っだ……」
思わず漏れ出た声の情けなさに自分で驚く。
受け身を取ることも出来ず顔から転んだ俺は、幸いにして若干の横回転を加えることに成功。肩から着地する事となった。
だが当然、衝撃までをも殺すことはできず。
「だっ、大丈夫ですか?」
?????
痛みに喘ぐ俺は、突き飛ばした下手人の顔を未だ拝んでいない。
だが、しかし、明らかにその声は──女の子の声だった。
……?
登校初日に女の子とぶつかるってそれ何てラブコメ?
──なんて俺ははしゃいだりしない。
こんな遅刻ギリギリの時間にやってきて、しかも俺を突き飛ばすような質量を持った相手だ。
きっとそれなりにふとましい、お世辞にも可愛いだの美人だの言おうものなら皮肉となって逆に失礼……みたいな人物だろう。
とは言え女子は女子。最低限の礼節を持ちながら──少しばかり、好感度を稼いでおこうじゃあないか。バッチリと、爽やかに返答をして。
「えっ、あっ、っと、だ……大丈夫です」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!死にたい!死ね!頭打って死んでれば良かったのに!
何処が爽やかなの?えっ、あっ、とか言わないぜ爽やかな奴はよォ
そんな自虐を脳内で繰り広げながら、顔を上げ後ろを振り向いた。
太陽に照らされ輝く金髪。パッチリ二重の大きなお目目。
ナチュラルメイクが引き立たせる素材の魅力は、さながら風に揺れる向日葵のような快活さを感じさせ──
「お怪我とかありませんか?すみません……急いでて前を向いてなくって……」
──絶世の美女と呼ぶに相応しい存在が、そこに居た。
……登校初日に女の子とぶつかるってそれ何てラブコメ?
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