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知識の巫女は見守るだけ。  作者: 篠由
その少年ミザントロープにつき、
4/19

03 恙無く一日が終わらない

 しゃんと背筋を伸ばして真向かいに立つそのヒトは、身長だけならトミオよりも高いが線は細い。それに全体的に色素が薄い。ひとつに纏めた柔らかそうな髪は木々に囲まれて昼でも薄暗い神社の中で見ても茶色く見えた。

 外見的な特徴はあるのに、不思議と存在感は希薄な女性。


「おはなし会に来るお子さんはもう少し小さい子が多いので、わたしも印象に残ってました。この辺りの方ではありませんよね?」

「はい、たまたま遊びに来てて……そっか、巫女さんなんですよね」


 そういえば図書館の職員達が巫女さんがどうとか言っていたのが聞こえてきていた。


「いえ正確には……まぁ、そうですね。守里花那と申します」

「もりさと、さん」

「ハナでも結構です」


 復唱してみてカタコトみたいになってしまったのでそう言ってもらえて助かった。別に何度も名前を呼ぶ機会もないだろうから構わないのだが。


「はなさん。……僕の名前はトミオです」

「トミオくんですね。中学生ぐらいですか?」

「入学式が来週だから、もうすぐ中学一年です」


 自分も名乗って年齢も伝えると、巫女さんの申し出でさっきの神話を詳しく教えてもらうことになった。

 異形の脅威から郷を救われたことに感謝して神社が造られたことは先に聞いていた通り。その後四柱の兄弟神は神の住む国を離れて白壁を見守り続けていること。当時の人々が築いたとされ今も街中に残る白い壁と、最後の異形を退治する時に用いられた四つの鏡にちなんで兄弟神を『白壁の四鏡』と呼ぶこと。

 こちらの疑問に打てば響くように答えがあり、更に丁寧な解説までつけてくれるところがさすがだ。

 四つの社に四つの鏡が納められていると図書館で聞いたことを思い出し、トミオは顔を上げて正面の一番大きな建物を見た。

 四柱の長兄を祀る社らしい。


「長兄の神は記憶を司ると言われています」


 トミオの視線を追って正面の社を見た花那が言う。


「記憶?」

「ヒトの記憶を消したり、思い出させたり操作する力をお持ちです」

「……それは、何だか怖いですね」


 ヒトの力が及ばないことをしてしまう力があることに、素直に恐怖を感じる。


「そうですね。神は優しくないわけではありません。が……甘くもないので。特に、ヒトに対しては」


 相も変わらず感情の読めない声色なのに、不思議と実感が籠っている気がした。


「ヒトを甘やかさない……か」

「はい、甘やかすことはありません。ただし、すがるものを必要としている手を無下に払いのけることもありませんが」

「え……と?」

「この街は遥かな昔から、さまざまな異形のモノを呼び寄せてきました。白壁の四鏡が留まってくださっているため脅威はありませんが、ヒトの手に余る出来事が起こることは時たまあります」

「ヒトの手に余ること?」


 風が木の葉を揺らす音がやけにざわざわと耳につく。トミオが自分より高い位置にある花那の顔を見上げると、声と同じく平淡な表情で見つめ返された。


「たとえば自分の力ではどうにもできないことが起こった時、なにかにすがりつきたい気持ちが生まれるのは自然なこと。それが心から願うことなら……どんな形でも。わかりやすく目に見える形ではなくても。必ずしも望んだ形ではなかったとしても。白壁の四鏡は決して捨て置いたりはなさいません」


 理屈ではなくただそう言う場所なのだと、告げる言葉がトミオの胸に落ちる。それに対して、なにかを返すことはできなかったが。

 巫女さん……『花那さん』にお礼を言って神社を出たトミオは特に慌てることもなく歩く。夕方になってきたからか少し風が出てきたなと結構どうでもいいことを考えながら。

 一応向かっている場所はあった。駅である。

 駅前のコンビニに立ち寄り、所持金を確認してから軽食を買った。イートスペースに腰かけて、買った軽食を開封する。

 窓に面したカウンターで外を見ながらもくもくと食べた。向こう側に見えるのは駅前のロータリーなので景観がいいとは言えないが、活気はある。

 ずらりと並ぶタクシーやバスを乗り降りする学生、駅前交番で住人に対応しているお巡りさんの姿を見るともなしに見る。気づけば食べ終わっており、散らかったゴミを捨ててコンビニを出た。

 駅に近づき時刻表を確認する。しばらくそのまま立ち尽くし。


「……っ」


 小さく息を詰めたトミオは弾かれたように身を翻した。


   ○


 夕方、四鏡神社の日曜日の職務時間が終わろうとしている。


「お疲れさまでした。ハナさん」

「お疲れさまでした。今日もありがとうございました」


 仕事仲間の神職数名と挨拶をし、帰宅の準備をする。


「戸締まりよろしくお願いしますね。気をつけて」

「はい、ありがとうございます」


 仕事仲間達が帰るのを見送り、花那は少し残ってその辺りを簡単に片づける。

 今日は神社の責任者である宮司が不在なので、普段は宮司がやっていることを花那が代理ですることになっていた。と言っても、主に戸締まりなどだが。

 これも花那には別に珍しいことではないので恙無く終了した。本日の奉職を終えて花那が帰宅すると、四鏡神社からは人の気配がなくなる。

 この時点で、陽は沈みつつあった。

 帰宅とは言っても、実は花那の家は神社の裏側の鳥居をくぐって歩いて数十歩のところにある。

 中に入った花那はまず、仕事着である常装から着替えた。これでようやく花那の認識的には終業である。

 ここは自宅だが、更衣場も兼ねているのだ。

 実のところ、神職という仕事は女性にとって働きやすい職種とは言えない。もともと男性がつくことの多い職種で、そのため神社によっては社務所内に女性用の更衣場所がないことも珍しくないと聞く。

 『と聞く』という他人事のような表現をするのは、花那が自分の勤める神社のことしか知らないからだ。

 四鏡神社に限って言えば、件の伝承にあるように守りの一族から巫女が輩出されたこともあり女性だからと冷遇されることはない。今現在においては女性の職員は花那だけだが、過去には他の女性が勤めていたこともある。

 ただ男性が勤める割合のほうが圧倒的に多いのも事実で、とりあえず歩いてすぐのところにある宮司の家の離れを女性用の更衣場にしたのが今もそのままになっているのだ。

 正確には更衣場兼神職寮という感じで、花那にとっては家でもあるわけだが。

 動きやすい家着に着替えた花那は、夕食の支度をするため台所に入る。すると、途端すり寄ってくる気配がふたつ。

 にゃごにゃごと鳴きながら花那の足にじゃれついてくるのは勿論猫だ。甘えるような鳴き声は訳すと『ごはんちょうだい』である。


「はいはい、ちょっと待ってくださいな」


 この二匹の猫は、花那が世話をしている。勿論宮司の許可は得ている。

 花那は猫が好きだ。家庭でペットとして飼う動物として犬と並んで人気があるのが猫だと思われるが、花那は完全なる猫派。これは昔から。より好きになる要因もあるにはあったがそれはさておき。

 にゃごにゃごと甘えてくる毛玉を宥めながら自分と猫達の夕食を用意する。

 猫達とともに夕食を済ませ後片付けを終えると、寝巻きとタオルを持って母屋に向かった。

 更衣場兼神職寮にもお風呂はある。もとは宮司の家の離れ座敷なのでなかったのだがリフォームして作ったらしい。あるのだが、今は使っていない。不経済だから。

 宮司が不在の家は当然ながら無人。お湯を溜めて入浴を済ませた後、また中庭を挟んで建っている離れに戻る。

 あとはお腹も満たされ幸せそうな猫二匹と戯れて適度なところで就寝するまでが、終業後の花那のルーティーンである。

 今日もそれに違わず一日を終えるはずだった。だが腰を下ろして構い始めてからいくらもしないうちに、だらしなく伸びていた猫がむくりと身を起こして尻尾でぴしぴしと床を叩き出した。

 もう一匹のほうもきょろりと目を開き、髭を揺らしてそわそわしている。


(え……?)


 普段表情の変化に乏しい花那が思わず目を見開く。猫達がこういう反応をする原因に心当たりがないわけではなかった。具体的なことはわからないのだが……。

 花那の決断は早かった。わずかの逡巡の後すくっと立ち上がる。二対の眸に見送られながら、足早に玄関に向かった。

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