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知識の巫女は見守るだけ。  作者: 篠由
その少年ミザントロープにつき、
2/19

01 知識の巫女はかく語る


「……と言うわけで、半分になってしまった町並みには白い壁が多く残っていたので、いつの頃からか郷は『白壁』と呼ばれるようになったのでした」


 四月の最初の日曜日。区立図書館で催されるおはなし会では、この地域に伝わる古い昔話を題材にした絵本の読み聞かせが行われている。

 一通り読み聞かせが終了し、主催者側で進行役の図書館司書が熱心に聞き入る子ども達に「何か質問はあるかなー?」と尋ねた。「ハイハーイッ」と元気に手を上げる幾人かの子ども達から指名されたひとりが、絵本を読んでいた人物に質問する。


「えっとー、消えた町の半分はどうなっちゃったんですかー?」

「消えてしまった半分については……はっきりとしたことはわからないけれど、」

「なくなっちゃったの……?」

「本当のことを知ってるヒトはきっと今はもうどこにもいません。でもね、四鏡神社に伝わる昔のことを書いたお話の中に時々、異世界……別の世界から来たと言うヒトが出てきます」

「べつのせかい?がいこく?」

「そうかもしれないし、もしかしたらもっと遠いところかもしれない。ただ、そのヒト達はみんな『気づいたらここにいた』『ここは自分の暮らしてた場所じゃない』と言ったそう。だからもしかしたら、消えた町の半分は今もどこかにちゃんとあって、いろんな偶然が重なった時に道が繋がる瞬間があるのかも。だってもとはひとつの町だったんだから、そんな不思議なことがあってもいいでしょう?」


 唇を少し緩めた微かな笑みとともにそう述べられ、質問していた子どもは安心したように破顔した。

 その後も子ども達の無邪気な質問に答える絵本の読み手に、主催者側の図書館職員はニコニコと状況を見守っている。

 絵本の読み手である女性は実はこの図書館の人間ではないのだが、言葉に窮することもなく危なげがない。

 それは彼女がそれだけの知識を持ち合わせているからに他ならない。

子ども達の疑問もなくなったのか、徐々に上がる手も少なくなって質問タイムも収束した頃。

 絵本の読み手がふと顔を上げて見た目線の先、他の多くの子ども達と比べると少し年長……中学生ぐらいの少年が目に入る。

 他の子ども達は就学前か小学校の低学年ぐらい。多くが保護者や友達同士で来ている様子だが、この少年はひとりのようだ。

 だからこそ余計に目に入ったのだろうが。

 不思議に思いつつもそれを表に出すことはなく、本日の図書館での役割を終えた絵本の読み手は最後の挨拶を述べるのだった。


   ○


「今日はありがとうございましたハナさん」


 イベント終了後、粗方の片付けを終えた図書館職員は絵本の読み手をしていた女性に話しかける。


「こちらこそ、いつもお世話になっています」


 帰り支度をしていた女性──花那(はな)は丁寧な所作でお辞儀をし、そう返した。癖のある色素の薄い髪が空気を含んでふわんと揺れる。髪だけでなく肌の色も眸の色も薄く、そのせいかどことなく存在感すら希薄に感じさせるような印象があった。

 花那自身があまり存在感を主張しない人柄であり、表情や口調に変化や抑揚のないことも要因になっているのだろうが。

 簡単な挨拶をした後、花那はほとんど足音を立てない静かな足取りで帰っていく。


「無事終わったな~」

「あのひとの来てくれるイベントは滞りがなくてホント助かるわ」

「さすがは『知識の巫女』様。この世に知らないこと無いんじゃないの」


 イベントを主催していた図書館職員達は口々に言う。


「あれ、あのひとって巫女さんなんでしたっけ?確か挨拶した時に『四鏡神社の神職(しんしょく)』って仰ってましたけど」


 この春に入ってきたばかりの新人が首を捻って口を挟む。


「あぁ、『神職』さんだよ。『知識の巫女』って言うのはあだ名みたいなもん。昔は実際に巫女さんだったんだけどさ」

「高校生ぐらいの時に巫女さんのバイトしてたからね」

「そうなんですね。じゃあその頃からの呼び名が定着してるってことですか?でも、『知識の』って言うのは?」

「誰になに質問されても一切どもりもせず単調に返してたでしょ。大抵のことにはあんな感じなの。記憶力と脳内の処理能力がずば抜けてるって言うか」

「特に四鏡神社の歴史とか四鏡の神様の伝承とかのことは熟知してる。前にそれすごいね、って言ったら『それを伝えることも職務ですので』って言われたわ。そりゃまぁそうなんだろうけど」

「かと言って機械的じゃないのがハナさんのすごいところ。相手が子どもなら子どもでも理解できる言い方で説明する。息をするように知識が出てくる。……見習わなきゃ」


 はぁぁぁ、と溜息をつく三人の先輩に、新人はぎょっとする。つまるところ先ほどの女性は、図書館の司書も舌をまくほど読み聞かせや対人対応が優れているらしい。


「あのー、すみません」


 職員の詰め所で肩を落とす司書と見守る新人司書。その空気を変える控えめな声が届いた。


「はい、どうしました?」


 ぴゅっと慌てて新人が出ていくと、待っていたのは中学生ぐらいの少年。


「すみません、さっきのおはなし会を聞いてたんですけど」

「そうでしたか。ありがとうございます」

「はい、それで……お話に出てきた神様の神社に行ってみたくて。どこにあるか教えてもらえますか」

「は、えっと……」


 まだこの区に来て日の浅い新人は当然地理に明るくない。それ以前にこういう時の対応をわかっていないと言うのもあるが。


「簡単な地図がありますのでお渡ししますよ」

「あ、ありがとうございます」


 まごつく新人の後ろからさっきまで項垂れていたひとりの先輩司書が現れた。二つ折りにした紙を出し、少年が見やすいよう開く。


「現在地はここ。出て左にちょっと行ったら細い路地がありますから、そこを通って道なりに進んで行くと鳥居が見えます。車なら大きい道でないと通れませんけど、徒歩ならこれが一番近道」

「ありがとう。徒歩なのでそれで充分です」

「この辺りの子じゃないの?」

「はい、たまたま遊びに来てて」

「春休みだものね。どうぞごゆっくり」

「ありがとうございました」


 どうぞと差し出された簡易地図を受け取り、少年はぺこりと頭を下げて去って行った。

 四月の上旬である今は中学生ならば春休み中。親戚の家に来ていたとか、そんな感じだろうか。

 今日のような読み聞かせのイベントに来るのは、幼稚園か小学校の低学年ぐらいまでの子どもが多い。それよりも年長の今の少年は少し珍しかったが、地の住人でないなら娯楽を求めて参加していたとしても不思議はなかった。


「先輩、ありがとうございました」

「はいはい、ここ国道沿いにあるから今みたいに尋ねてくるひとは結構いるのよ。説明用の簡単な地図は大量生産してあるから、必要なら渡してあげてね」


 イベントは終わったが、日曜日はまだまだ続く。

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