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野球家族

作者: イッコ

夕食が終りフッと一息ついた頃、突然父と姉が叫んだ。母と一緒に台所にいた私は思わず二人を見る。テレビ画面には、知らない野球選手がホームランを打って走っていた。姉と父は興奮してテレビよりも大きな声で喋っている。皿洗いをしていた母も気になるのか、私に話しかけた。

「春菜。さっき誰が打ったの?」

「…さあ。誰でもええよ。」

温かなお茶を含みながらのんびりと答える。リビングに通じる台所からはテレビが見えないのだ。

「何いってるの!今年こそは優勝してもらわなきゃ。」

まだ先ほどのホームランの映像が繰り返し流れていた。今日もきっと試合が終わるまで賑やかなのだろう。私は居間からそっと離れ姉との共同部屋へ避難することにした。


部屋の中で、好きな音楽を聴いてベッドに寝転んだ。それでも、一番声の大きい父の声は消えることはなかった。父は家族の中で、一番野球に詳しい。というのも、父自身野球をしていたのだ。高校生の頃は、毎年甲子園に出るような学校にいたらしい。そこではずっと二軍で、甲子園ではいつも応援だった。それでも高校生活は楽しかったようで、お酒に酔った時にはいつもその話をする。

そんな父は今でも野球をしている。町の草野球チームのピッチャーをしているのだ。そんなことを言うとすごいスポーツマンに思えるかもしれない。しかし、父は姉よりも運動神経がないのだ。なにより中年太りの大きなお腹をみていると、スポーツをしているようには見えない。

そんな父についていく事を決めた母と二人の間に生まれた姉は当たり前のように野球一色に染まっている。今日のようにひいきしているプロ野球チームが勝つと毎回毎回、大騒ぎする。ひどい時は、テレビと一緒にチームの応援歌を何度も歌う。小学生の頃は、試合終了後に風船を飛ばすことだってしていた。こんな家族だから私も野球が好きかと思うかもしれない。しかし私はここにはっきりと宣言する。私、宮島春菜は野球が大嫌いだ。

 

今日の試合が終わったのは夜九時を回った頃だった。試合結果は、機嫌よく部屋へやってきた姉の様子ですぐにわかる。こういう時同じ部屋っていやだなと思う。そんな事を考えているとは知らず陽気に姉は話しかける。

「どうしたん?」

「…何でもない」

「へんな子やなあ」

ぐふふと奇妙な笑い声を出す。

「とりゃあ!」

「うわ!抱きつくな。…なんか酒臭いんですけど!」

姉はそのまま小さい子にするように髪をぐちゃぐちゃにした。どうやら、父の酒を拝借して飲んだらしい。どうしようもない姉だ。これでも私より数倍頭が良くて、近所で有名なお嬢様高校に特待生で入学したのだから絶対におかしい。嫉妬心が加わり暴れて蹴りを入れたが、現役ソフトボール選手には全くきかない。そして散々遊ばれた後、すっと現実に戻り「そうや。録画したドラ見るんやった」と部屋を出た。一体なんだったのだ!怒って枕を投げたが、閉まったドアにぶつかり情けない音がした。


草野球というと、暇な人たちが娯楽でのんびりとやっていると思うかもしれない。だけど、それは誤解で非常に忙しくて娯楽なんていっていられない。野球の試合をするために野球連盟に入る場合が多いからだ。この野球連盟は、大小規模は違えどやっていることは同じで、リーグ戦を行っている。リーグ戦の行われる期間は二月から十一月の間で月に三回の試合がある。さらに連盟に入っている同士が仲良くなれば練習試合がくまれる。それらの事がほとんど土日に含まれているのだから、仕事をしながら野球をするのは大変忙しい。それは父の入っている草野球チームでも同じで、試合の度に大変賑やかになる。今日のように姉が試合を見に行く時は特別だ。というのも朝起きてすぐに戦争が繰り広げられるのだ。

「早うでてよお」

トイレのドアを何度も叩いた。すると、姉のドアを蹴る音と大きな声が響いた。

「うっるさい!もうちょっと待って。」

「そういってもう5分ちかくたってる」

壁を蹴る音と二人の喧嘩が始まる。

そんな下らない言い争いをしていると試合の時間は近づき父も姉もさらにそわそわしだす。

「…お姉ちゃんその格好で外に出ていくん?」

「ちょっと地味やろか?」

どこのお店で買ったのかスパンコールでキラキラと輝く虎の絵のシャツだった。姉は時々そんなとんでもない服のセンスをみせてくれる。

「…おねがいやからこの服はやめて。」

「へっ?は?なによお」

こうして姉の服を替わりに選んでいると試合の時間が迫ってくる。先に車に乗った父の「いいかげんおいてくで」と雷が落ちるまでかかるのだ。


ようやく母と私だけになり家の中が静かになった。私は家でゆったりとテレビをみながら、この休日をどうすごすかを考えている。まあ。そんなことを考えているうちに、一日何もせずにすごすことも多いんだけど…。そんな事も母の一言でつぶれてしまう。

「お父さん。財布を忘れたみたい。もって行ってくれる?」

「なんでよお。せっかくの休日やのに」

「だって今日、母さんもでかけるのよ」

母さんはにっこりと笑って、趣味のハワイアンキルトで作られた鞄を指差す。今日はどうやらキルト教室があるようだ。私は「しゃあないなあ」と言ってしぶしぶ頷く。こういう時って自分に年下がいたらと思ってしまう。


今日の試合場所は、私が住んでいる町から自転車で約二十分ところにあるグラウンドだ。野球場につくと、父と同じユニホームを着ている知り合いにあった。背が高いので、遠くからでもすぐに判る。

「夏目さん!」

「おお。春菜ちゃんか。こっちに来るなんてさしぶりやなあ」

「うん。今日は忘れ物届けに来てん」

「そうか。どうせやったら試合見ていってな」

私は何と答えたらいいのか思いつかず、笑った。だって、野球に興味がないのですぐに帰りますとは言えない。夏目さんは、父のいるチームの中では、一番若くて今年三十歳。二年前に結婚して年上の奥さんがいる。野球歴は、小学生の頃にしていた野球チームだけだ。それでも中高とバスケットをやっていて足が速い。

「そや。お父ちゃん呼んでこよか?今日はグラウンド整備の係りやから。」

関係者以外グラウンドは入ることはできない。普通の靴だとグラウンドの土に悪いのだ。どうしようかと考えていると球場二階の観客席から姉が来た。

「うわっ。珍しい。春菜が野球場に来てる」

「うわって何よ。…今日は用事で来たの」

喋りながら父の財布を見せた。すると呆れ顔に顔になる。

「そやったら、早よう言いに行かへんのよ。」

姉は一階に降りてきてグラウンドにいた父と同じユニホームを着た人に事情を話しかけている。

「相変わらずパワフルなお姉ちゃんやな」

夏目さんの楽しげな口調に気がついたら喋っていた。

「よかったら。あの姉差し上げますよ。家でもあんな調子ですけど」

「そりゃええなあ」

私の馬鹿みたいな冗談に笑ってくれる宮島さんは、とてもいい人だと思う。


「かっとばせえ!」

フェンスごしに立って、大声を出す姉の横で思わず私はため息をついていた。本当は、こんなはずしゃなかったのだ。父に会っては財布を渡すことはできた。私はすぐにでも野球場を出て行きたかった。だけど、久しぶりに野球を見に来たと喜んでしまっている父や夏目さんの様子に、結局はそのまま試合を見る事になってしまったのだ。周りを見るとカラフルなベンチが野球場を抱え込むように何段にもなっている。そこに私と姉二人の観客しかいないので、姉の声援がなければとても静かな空間となるだろう。選手たちの方に目を移すと、いつのまにか父のチームの攻撃が終わっていた。姉の声援が小さくなってようやく隣に座った。しかし、顔は真剣そのもので、目を放そうとしない。

「父さん勝つやろか?」

「まだ同点やな。」

「夏目さんヒット打ってたで、すごいな」

姉のなげかけてくる会話にすべて「そうやな」「うん」の二つで適当に返した。興味がわかないからしょうがない。姉にもそれが伝わったのか、話しかけなくなった。私はため息をついて下を見ていた。

 

小学四年の頃まで、私の世界は野球が全てだった。いつも喋ることといえば野球に繋がっていた。野球が好きな女子は、クラスでも珍しく私を含め数人だけで少ない。そのせいで、友達の数は女子よりも多かった。そんなことも一人の男の子によって、変わってしまう。その男の子はモテる人物を絵に描いたような人物で、かっこよくて運動も勉強もできた。今から思えば、私も気になっている女子の中の一人だった。

ある日の昼休み。いつもの野球の話をしているその中にその男の子といた。私は、その男の子を気にしながら必死になって野球の話をしていた。だから気がついてしまった。男の子は喋っているのを、馬鹿みたいというように冷めた目線でみられていたのだ。それに気がついたとたん野球への熱と興味は急激に冷めていった。


試合はいつの間にか進んでいて、誰もいなかった観客席には次にグラウンドを使う人たちが数人やってきていた。

「今何回?」

「八回裏。こっちの攻撃で一点負けてる」

姉は不機嫌な声で答えた。つまりは裏の守備と9回の裏表で試合が終わるのだ。私はあともう少しで試合が終わる事がわかり嬉しくなった。グラウンドを見ると一塁に一人いる。そして、グラウンドの隅には、父がバットを持って素振りの練習をしている。

「次、お父さんが打つんやね」

「うん。頼むで」

姉は手を合わせえて祈っている。父がバッターボックスにたった。そこでも二回バットを勢いよくふる。気合は十分のようだ。姉もそれに便乗して声援の声が大きくなった。ピッチャーは足を上げ勢いよく投げた。父はバットを短く持つ。どうやらバントをするらしい。ワンアウトで一塁に一人いるので妥当だろう。ボールはバットにふれずキャチャーのグローブへと吸い込まれた。判定はボール。姉は緊張をゆるめフーと息をはいた。

二球目をピッチャーが投げた。今度は上手くバットに当たった。キャッチャーがあわててボールを二塁に投げようとする。しかし、主審はすでに二塁に滑りこんでいた。一瞬悔しそうな顔をして一塁にボールを投げた。足の遅い父はアウトになってしまうがバントは成功。ツーアウト二塁。逆転のチャンスだ。

「よっしゃあ。かっこいいで!おとうさん」

叫ぶ姉に私もガッツポーズをしそうになる手をあわてて引っ込める。

次のバッターは夏目さんだった。遠くからでも夏目さんが緊張しているのがわかった。夏目さんの弱点はここ一番のプレッシャーに弱いところだ。姉もそれがわかっているのか「夏目さん。リラックス」と叫んでいる。ピッチャーも疲れているのか何度か肩を回してボールを投げた。夏目さんは、すぐに反応してバットに当てる。ボールはいきよいよく青空へとすいこまれていく。まさかホームランか?と胸躍らせるが、姉は舌打ちをした。

「あかん。あれは上手く伸びんで取られるわ」

姉の言葉通りボールは二塁と三塁の間に落ちてあっさりとアウトになった。私と姉は「あー。」と落胆の声をあげていた。


九回はチャンスがなく、三者凡退だった。結果は負けてしった。姉は不機嫌な声で「早う、こんな試合忘れよ」といっていた。父と姉はチーム皆と昼を一緒に食べるので私は先に帰る事にした。球場からの帰り道。久しぶりに野球を生で見たせいか興奮して頬が暑い。自転車のペダルを勢いよく回転させた。風が頬にあたり心地よくなる。お店から聞きなれたプロ野球チームの応援歌が聞こえてきた。私もそれにあわせて小さな声で歌っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 野球好きの私にはとても頷ける作品でした♪ 関西弁の口調もストーリーの進みも私的にとても好きなテンポだったので 読みやすかったです。 (お姉さんの服装のセンスに小さな笑いが…♪) 面白かっ…
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