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幻録~板前転戦記~  作者: 神南祐一
1/1

始まりの日

趣味とオタクで生きる板前、伊南煌太の異世界戦記。

冬の昼下がり。平成が終わって早数ヶ月。

「もう年末…嫌じゃの…」

職業、板前。今年で10年目。何年やったとしても忘年会シーズンの忙しさは嫌気が差す。そんなことを思いながら、地下鉄を降りた伊南煌太はポケットからマルボロを取り出した。

駅から職場まで徒歩1分の道で吸うこの一服が土曜であることを実感させる。勤め先が官庁街の近隣に位置する為、平日はランチもやっている。挙げ句、店が面している通りが12月中、並木が電球で装飾されるために無休で営業している。月に2度ほど道場で刀を振る…抜刀術を嗜んでいる…事を楽しみにしていた煌太は忌々しい豆電球め…と内心毒づきながら、排水溝に隠した吸殻を横目にエレベーターで店に上った。


土曜の営業は夜だけ。近隣の官庁やら会社も暦通りに休んでるとなれば、来るのはネットやら口コミで来た一見と常連客に限られる。が、さすがは年末。商売繁盛、満員御礼である。高級志向の料理屋であるにも関わらず、注文が切れることはなかった。

親方の指示、部下の質問、ひねくれたオーダー。いつもの事ながら年末の仕事量は平時の倍はある。

そんな日常を終え、明日の仕込みを大雑把に片付け、付き合って9ヶ月を超えた恋人に帰りの道すがら電話をかけた。彼女の声を聞くと今日も終わると実感するのはここ数ヶ月、小一時間かけて歩いて帰るからだろう。おかげでアニメもゲームも全く先へ進まない。正月に消化しようくらいに考えていた。

今日までは。


「寒い…」

そう呟いて起き上がった。

待て。この布団は知らない。むしろ部屋まで知らない。新世紀的なアニメのような展開に煌太はただ狼狽える。ただどう見回しても地下の秘密施設ではないし、汎用人型決戦兵器が出そうな雰囲気ではない。むしろ大河ドラマの世界だ。なにせ着ている服まで和服なのだから。

そんなことはどうでもいい。取り敢えず部屋を調べる。枕の上、という脇には刀がかけてある。見た感じでは中世あたりの感じだ。男の子なら刃物に心踊るはず。多分に漏れず煌太もその手の類いだ。包丁研ぐと惚れ惚れ…って待て。こんなことしてる場合ではない。我に返った途端、今日の予約、買い出し、仕込みを思い出して部屋を出た。

「またかよ…見知らぬ天井ときて、次は見知らぬ廊下ってか?」

左右に延びる廊下の幅はざっと1メートル程度。正面は壁ではなく戸板のような引き戸になっているらしい。勢いに任せて開けると目眩がした。異世界か何かに飛ばされたと理解するに、オタクの煌太は時をかけずして飲み込んだものの、目の前に広がる…といっても敷地を塀で囲っているのか何かの木とちょっとした畑、納屋らしき建物とまさかの馬小屋…この光景は理解するまで一瞬はかかった。やはり昨今流行っている異世界転生だ。いや。異世界召喚か。と言うことは板前だった俺は信長のシ●フよろしく時の権力者の下で料理人でもするのか?などと考えていた。この男、やはりオタクである。

「授業も受けるだけ意味はあったね…ってか出勤というか予約あったんだけど…出来ねぇよなぁ…」

この期に及んで店を気にする重度の社畜精神の持ち主でもあった。朝靄の中で空を見上げると、声をかけてくる人物がいた。


「ようやくお目覚…」

巫女服の幼子だった。幼子の娘の割りに落ち着いた話し方と思ったのも束の間、思い切り話を遮った。

「お前が俺をここに飛ばしたのか?いやもしかして転生か?召喚の可能性も捨てきれない。そうするとお前さんは神とかその手の類いだな。あ、何かのアニメじゃ存在Xとか呼ばれてたな。とりあえず状況と今後の展開を聞いて置こうか。」

一息に捲し立てた途端、目の前の黒髪が綺麗な幼子、もとい神っぽい存在はあからさまに慌て始めた。そんなことはさておき、煌太は縁側に腰を降ろした。

「えっ、いや、今、状況て、転生って何?いや自分の立場、解ってるの?」

しどろもどろを絵にかいたらこうなるであろう対応をしてくれた幼子は狼狽どころの騒ぎではなく、逆に状況が解らなくなっていた。煌太は幼子が落ち着くのを待たず続けた。

「ま、いいや。出来れば元の世界に帰りたい。今日がいつなのか別として、俺のいた世界線の昨日に戻りたい。あ、もしかしたらクエストとかあるの?」

神なのか、悪魔なのか、存在Xという言葉を考え付いたデグ●チャフは語彙力あるね。あたふたと言う形容詞に感動しつつ幼い巫女の言葉を待った。

「すいません。取り乱しました。問い合わせて見たのですが、出来ないそうです。と言うか…経験者ですか?」

落ち着いて話せばそれなりに大人びても見える。今の発言から見える疑問点をぶつけた。

「問い合わせたってどうやって?情報統合思念体みたいな?あなた何者?で、帰る方法とか無い感じ?」

端末も機材もなく問い合わせたとは何かと。メガネをかけたセーラー服を着た長●ゆきを連想していた。

「情報統合思念体?あの…とりあえず説明しますね。」

長い、ながぁい説明を簡潔にすると

・世界線は別

・文化的には大体、日本

・武家政権がある

・神っぽいものが実在する

と言うことは理解できた。つまり似た世界へ異世界召喚されたと言うわけだ。

「あなたの立場はいわゆる武士(もののふ)にあたります。」

しかし気になることがある。周囲の反応だ。どういう設定になって居るのか?

「いいんだけどな、この世界の他の人達はどうなってる?突然、俺が現れるんだろ?」

黒髪が笑いながら揺れた。

「大丈夫です!先代の意思を継ぐ武辺確かな荒武者が現れると思ってます!」

この神らしき幼女は助かる。言葉の端々にヒントがある。先代が居たとはかなり大きな手掛かりだ。居ないと言うことは帰れている可能性もある。

「先代がいたんだね。何者?どこにいる?」

これが大きな手掛かりとばかりに食い付いてしまった。

「100年ほど前になくなってます。伊南さんとの共通点もありますよ?」

過去にいたと言う程度。しかし共通点がある。板前だったとか?

「既にいないのか…共通点は?帰れてるの?」

即答だった。

「薩摩示現流の使い手で島津某という侍でした。」

唖然とした。ってか確かに示現流、やってますけど本物と一緒にされてはかなわない。

「お迎えですよ!早く着替えて下さい!」

黒髪の巫女は悪魔かもしれない。やはり存在Xか。

門の外に馬が来たのが解った。

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