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第十話 不運さえも虚無へと帰す


 周囲は炎で黒くなり、その様子はまさに防壁にあった焼け跡。


 あの血のように見えた染みは焼け後だったのだろうか。などと思考を巡らせるが、それよりも賭けに勝てるかどうかの方が今の白仙にとって最重要なことであった。


「式術。神蝕」


 左目に違和感。ではないが確かに神衆長のマークが現れたことを感じる。


 神衆長のマークがあるからこそ認められ、力を借りれる可能性のある存在。


 それこそが白仙の状況打破の『賭け』であった。


「よし、紫雲。オサキノグライ! 来い、オサキ」


 白仙の式術によって黒い靄のかかった紫雲。


 やがて紫雲の刃が美しい銀色から黒ずみ、漆黒の黒へと変化していく。


『白仙か?』


 紫雲から声が発せられる。


 これこそ白仙が助けを求めた先。オサキノグライと呼ばれた神。


 疫病神などのようないい神とは真逆の存在であるオサキノグライ。名前の由来はそのモノの未来を喰らい尽くし、身を肥やすことから名付けられている。


「ああ。ちょいとばかし力を借りたいのじゃが。まさか断ろうとなどせんよな?」

『神衆長から降ろされたと聞いたが?』

「左目を見ればわかることじゃろう?そんなこと」


 そう白仙が反論すると、紫雲の刃が変形し黒い靄のかかった生き物として蠢き、その先端は白仙の目の前にやってくる。


『ふん。自分のキャリア上げのために力は貸そう。決して白仙のためではないからな!』

「勝手に言っておれ。今からくる炎を全部無に帰せ」

『ちょ! 炎ってもう来てんじゃん! もっと早く言ってーよっての』


 本気で焦った声を出し、口調が素に戻ってしまったオサキは目線を白仙から前方に戻し、すでに炎の放たれた竜と迫りくる炎を捉える。


 瞬間。オサキの黒い靄が体積を増させ、大きく口を開く。


 その大きさはゆうに二階建ての民家を三軒。食い潰せるほどの大きさ。


「喰らい尽くせ」

『言われなくとも! そうしますけど!?』


 もはや口調を訂正することなく開き直ったオサキが刻一刻と迫ってくる炎に向け、口を開いたまま向かっていく。


 接触。


 そして目に見えていた結果に白仙は内心ほっとしていた。


 神といえど、自身がこの異世界に降り立って度々死にかける辺り、絶対と言い切れない節が多くあった。


 だから、今回もオサキが虚無へと還せないものなどない。と思いつつも隅では疑いの気持ちがあった。


「オサキ。別名、音なしの霧」


 音なしの霧。それはオサキノグライが発見された当初の名前。


 江戸時代初期の小さな村で発生した霧が原因の怪異。




 当時、その村は江戸から遠く離れ、いわゆる田舎とされる場所で、食料を得るためには森へ入らなくてはならないほどであった。


 オサキノグライはその森に住んでいた。


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