介錯人
あなたの『正義』って、何ですか?
――1979年、春――
キ、キキキーーガシャン……ピーポー、ピーポー。
「あなた、あなたーー。」
「かわいそうに……、まだお子さんも小さいのに。」
「実家で剣術道場を営んでいるんですって。」
――1989年、春――
「さすが、先生のお孫さんだ。中学生とは思えない剣術捌きだ。」
「今度『師範代理』の襲名を受けるらしい。」
「この前、偶然空き巣を見かけ一撃で倒したらしい…。」
「あの子の強さならみんな納得だよな。」
「高木恭平、日々の鍛錬及び剣術の実績により『師範代理』の襲名を命ずる。」
「ありがとうございます。これからも日々精進し、自分の剣技を高めていきます。」
「これからは、人のために力を使いなさい」
――1996年、春――
「おじいさん、恭平です。」
「入りなさい」
「恭平、お前に話しておかなければならないことがある。」
「?、なんでしょうか?」
「お前は、今まで日々の鍛錬を怠ることなく、『活人剣』として正義という言葉に恥じることなく精進してきた。」
「はい、ありがとうございます。」
「お前は大学を卒業し、これからは道場を盛り上げてもらいたいのだが、そこで、代々伝わる正義の本質を教えねばならない。」
「本質??それは、何でしょう?」
「お前には常々人のための力を正義とし、自分の欲のための力を悪として教えてきた。」
「はい。その言葉に恥じない行いはしてきたつもりです。」
「うむ。しかし、その『活人剣』だけでは、家族を食べさせることは不可能な時代でもある。」
「………。」
「そこで、我が家には裏の仕事がある。」
「裏の仕事?」
「そうだ。もちろん、公にすることのできない仕事だ。」
「えっと、それはどんな仕事なんですか?」
「『介錯人』だ。」
「介錯人?」
「その名の通りだ。自決した時の介錯を務める仕事だ。」
「そ、それは。」
「そもそも江戸時代の頃より、我が『高木家』では罪人の介錯などを務めてきた。」
「は、はぁ。」
「これにより、お前にこの仕事を任せることにする。」
「は、はい。慎んでお受けします。」
「では、さっそくアメリカに飛んでくれ。」
「えっ?アメリカですか??」
「現代では、日本よりも海外の方から依頼されることが多い世の中だ。詳しい事は、知人であり仲介人の『サクセス・テルウェル』に頼んである。」
「はい、わかりました。」
――アメリカ・ロサンゼルス空港――
「高木恭平様ですか?」
「はい、そうです。」
「私、『ダグラス・ラプレ』の執事をしております、サクセス・テルウェルと申します。『サクセス』とお呼び下さい。」
「サクセスさんですね。わかりました。この度は宜しくお願いします。」
「では、主人の待つ屋敷へご案内します。
」
(ダグラス邸)
「こちらの部屋になります。さぁ、どうぞ。」
「失礼します。この度の介錯人を務めさせて頂きます、高木恭平です。」
「ようこそいらっしゃいました。わたしが、ダグラス・ラプレです。」
(車椅子の老人…)
「今回の仕事の内容は把握されてますか?」
「いえ、介錯することだけしか聞いておりませんが…。」
「そうですか。では、詳細はサクセスに聞いて下さい。あなたの父上も世話になったベテランですから。」
「父の事はあまり覚えていませんが、周りの者がしっかりした、好青年だったと聞いております。」
「父上様のことはご冥福をお祈りいたします。」
「ありがとうございます。」
「父上様の健悟様は、あなたと同じような立派な青年でした。」
「どれぐらいお世話に?」
「初仕事から5年程です。それから、日本に戻り結婚し子供を授かったとお聞きしました。それなのに、あんなに早く逝くなんて……。」「はい。それからは、母と祖父が育ててくれました。今では、とても感謝しています。」
「それはよかったですね。では、そろそろ仕事の内容を説明させて頂きます。」
「はい、お願いします。」
「今回は依頼人でもある、ダグラス・ラプレの介錯をお願いします。」
「介錯とは実際どういったことを?」
「はい。主人はこの世を去る時は自決を望んでいます。その時、苦しみを和らげるために……、つまり、平たく言えばとどめを刺して頂く仕事です。」
「とどめを?それは……。」
「はい。首をはねて頂きます。その後の処理は私の方でさせて頂きます。」
「そ、それは、人を斬れということですか?私に、殺人鬼になれと??」
「本来、自分の欲のために使う力は悪とされ、『殺人』とは悪の象徴とされてきました。」
「………。」
「しかし本人が『死』を望み、それを見届ける代理人の前で力を振る『正義』もあることお分かり下さい。」
「それは…、本当に『正義』なのですか?」
「正直な話、本当のことは私にもわかりません。」
「少し時間を下さい。」
「分かりました。三日後の朝、介錯をお願いします。」
(自室にて)
「これが、おじいさんの言っていた『裏の仕事』…。人を斬ることなんて、僕に出来るのか……??」
(次の日)
「おはようございます。朝食の準備は出来ております。」「ありがとうございます。すぐに行きます。」
「おはようございます。ダグラス・ラプレさん。」
「おはようございます。恭平さん、昨晩はよく寝れましたか?」
「いえ、あまり眠れませんでした。」
「そうですか……。それは仕方ないですね。今日は私と一日話をして頂けないでしょうか?」
「はい、わかりました。」
「それは、よかった。では、後でわたしの部屋へ来て下さい。」
(コン、コン)
「失礼します。恭平です。」
「どうぞ、入って下さい。」
「失礼します。」
「今日は一日私の話を聞いていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、わたしも話をしたいと思っていました。」
「そうですか。では、先に私の話から…。」
「はい、お願いします。」
「庭をご覧下さい。立派でしょう?」
「はい。素晴らしい庭ですね。」
「私は、一代でこの富と名声を得ました。今は子供達にほとんどを委ねましたが、毎日幸せな隠居生活を過ごしています。」
「………。」
「しかし、去年の春に妻を亡くし、医者からも『癌』を告知されました。」
「癌?」
「はい。末期だそうです。そこで、あなた達の噂を耳にしました。」
「噂?」
「はい。自分の意思でこの世を去る手伝いをしてくれる『介錯人』という人達がいるということを………。」
「それが、僕達の仕事ですね。」
「そうです。そして、その仲介人として『サクセス』という名も知りました。」
「では、サクセスさんは本当の執事ではないんですか?」
「はい。先代の健悟様が早期にお亡くなりになったことを聞き、その息子が来るまでの間世話をしてもらうために、執事という肩書きを名乗ってもらっています。」
「今回のことに、息子さん達はどう思ってらっしゃいますか?」
「もちろん、知りません。後の処理もサクセスさんがしてくれるそうです。」「どうして『自決』を望んでらっしゃるのですか?」
「先程も話した通り『自殺』となると、世間的に思わしくありません。しかし、病魔に蝕まれながら生きていきたいとかはもう思っていません。ですから、この方法を選んだのです。」
「この仕事の事はどうやって知ったのですか?」
「裏の人達から聞き、調べました。この業界に長くいると、そういう事も耳にする機会があるんですよ。」
「本当に私でよろしいのでしょうか?」「サクセスさんからも聞きましたが、初めてのようですね。」
「はい。正直、自信がありません。」
「父上は、普段は明るい人でしたが、仕事の時は冷静な人だったと聞いております。」
「父が殺人鬼だったなんて………。」
「殺人鬼?」
「私は、人のために力を使う事、人を守る力が『正義』だと教わって来ました。それが、人を斬ることも『正義』だなんて………。詭弁にしか聞こえません。」
「それは、違います。たしかに、事情を知らない周りから見れば『殺人』に見えるかもしれません。しかし、己の欲のために使う『殺人』と、人のために使う『介錯』を一緒にしてはいけません。」
「えっ?」
「『介錯』とは、あくまでも『自決』の際のお手伝いなのです。本人が『死』を覚悟し、それに臨む覚悟を見届け、最後に苦しみから解放させる仕事が『介錯人』の務めなのです。」
「………。」
「あなたも覚悟が必要でしょう。ゆっくり考え、あなたなりの答えを導き出して下さい。」
「わかりました。今日は、ありがとうございました。」
(…自室にて)
「答えか………。」
(次の日)
「おはようございます。今日は、街をぶらついてみてはいかがでしょうか?」
「街、ですか……。」
「部屋に籠もっていては、良い答えもなかなか思い浮かばないものです。」
「そうですね。少し、外の空気を吸ってみようと思います。」
「アメリカか…。半年前、友達と来た時は楽しかったな。」
「きゃっ!?」
(ドンッ)
「な、なんだ?」
「ソーリー。ヒールが折れちゃって…。」
「大丈夫ですか?」
「!?。あらっ、珍しいわね?日本人??ごめんなさいね。」
「あっ、いえ…。」
「痛っ」
「えっ!?大丈夫ですか?」
「足、挫いちゃった。」
「肩をお貸しします。とりあえず、ベンチの方へ…。」
「ありがとう、助かるわ。」
「病院に行かなくても、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。それに、ここで知人と会う約束あるから、このベンチで待つことにするわ。」
「そうですか。では、俺はこれで失礼します。」
「ちょっと、待って!?」
「えっ!?」
「あなた、時間ある?」
「えっ、はい。時間ありますけど、何故です?」
「知人が来るまで時間あるから、ちょっと話でもどうかなっと思って!?」
「はぁ、まぁいいですけど………。」
「あなた、学生さん?それとも、ただの観光客?」
「いえ、仕事でこっちに………。」
「そぅ、かっこいいわね。」
「いぇ、そんなことはありませんけど………。」
「何か、悩みとかあるようね。」
「えっ!?どうして!!」
「何か、元気がないみたいだからさぁ。もし、よかったら話聞いてあげようか?」
「えっ!?けど、………。」
「任せない!!こう見えても、お姉さんは経験豊富なんだから!?ほらっ、早くー。」
「えっ、あ、はい。えっと、実は仕事の事で………。」
「仕事?それって、どんな??」
「あ、いや、それはちょっと言えませんが、今まで教えられてきた事とは反対の事をしなければいけなくなりまして。」
「あぁ〜、何か矛盾することね。」
「はい。どうしたらいいのか分からなくなってしまって…。」
「社会に出れば、必ずといっていいほど直面する壁ね。けど、仕事なら文句は言えない世の中よ。」
「はい、それは分かっています。しかし、どうしても納得できない自分がいてるんです。」
「たしかに、今までと反対の事をしなければいけないとき、納得できないこともあるわ。けど、何もしないまま終わっては駄目なことは分かるわ。あなたは、何が足りないか分かる?」
「足りない……自信?」
「たしかに、それも必要かもしれないけど、あなた覚悟を持ちなさい。」
「覚悟?」
「そうよ。何も分からないなら、理解できるまでとことん悩みなさい。そして、周りの人達や上司が、何故あなたにその仕事をさせようとしているのか、考え理解しなさい。」
「………理解??」
「そうよ。あなたに任せるのは、何かしら理由があるはずよ。」
「………理由!?」
「後は、自分で考えなさい。すべての答えを聞くと、また同じことが起こった時何も考えなくなるからね。」
「えっ!?あ、はい。ありがとうございました。」「ふふっ、いいのよ。頑張ってね。」
(ダグラス邸)
「おかえりなさいませ。街はどうでしたか?」
「はい。少し、頭がすっきりしました。」
「それはよかったですね。」
(次の日)
「おはようございます。昨晩は眠れましたか?」
「はい、少し眠れました。」
「そうですか。それでは、明日の仕事に使う刀を用意しました。どうぞ。」
「刀!?」
(重い…)
「素振りできる部屋も用意致しました。明日は、その部屋で仕事をして頂きます。」
「分かりました。では、少し素振りさせて頂きます。」
「では、こちらです。」
(なんだ!?畳1枚と国旗?)
「この仕事は、日本の古くからの伝統に則って行わせて頂いています。」
「わ、分かりました。」
(ブン、ブン)
「いよいよ明日、ここでか…。」
(ブルッ)
「ちきしょう!?覚悟を決めろ、俺!!」
(次の日)
「おはようございます。体調のほうはよろしいでしょうか?」
「はい、なんとか大丈夫です。」
「では、参りましょう。」
「はい、よろしくお願いします。」
「国歌が流れましたら、入場して下さいませ。」
「わかりました。」
(ブルッ)
「大丈夫だ。これは、仕事だ。それに、刀を振り下ろすだけですべて終わる…。」
♪♯♭♪♭♯♭♯♪
「流れてきた。ふぅ〜、行くか。」
(ギィ〜、バタンッ)
「それでは、これより自決式を始めます。この式の進行は、私『サクセス・テルウェル』が務めさせて頂きます。」
「では、自決人『ダグラス・ラプレ』の最期の言葉を遺してもらいます。」
「私は、一代で富・権力・名声を手に入れ、子供達にも恵まれました。しかし、家内が亡くなり私も癌を告知され、何も出来なくなりました。仕事で家を空けることの多かった私は、あの世で家内に尽くしたいと思ってます。そして、今日は家内の命日でもあります。本日は、この場を借りて逝かせて頂きます。」
「ありがとうございます。本日は『介錯人』高木恭平様に介錯をしてもらいます。」
「よろしくお願い…、します。」
「高木様、よろしいでしょうか?」
「えっ、あっ、はい………、いや、すみません。」
(バタンッ)
「あっ、高木様…!?」
「やはり、あの子にはまだ早かったんでしょうか?」
「ダグラス様、申し訳ございません。少々お時間頂いてもよろしいでしょうか?」
「いえいえ、今日中なら私は構いません。少し長く生きることになっただけですから………。」
(ガタガタ…)
「高木様、大丈夫ですか?」
「すいません。寸前になって怖くなってきちゃって………。」
「たしかに、初めてならばそれも分かります。しかし、主人も同じですよ。」
「えっ?」
「自決人は、まず腹を斬ります。日本で言う『切腹』ですね。そして、痛みから解放させるために介錯をしてもらいます。」
「切腹?」「はい。だから、介錯人は手伝いになるのです。しかし、自分で体に刃物を深く入れる恐怖は、恐らくあなたの恐怖より大きいものです。それでも、あなたが恐怖に負けるのならば、今すぐお引き取り下さい。」
「えっ……?」
「自決してから無理だと言われると、主人を苦しみのどん底に落とすことになりかねません。そうなれば、それこそ殺人となりましょう。」
「…………。分かりました。私が責任を持ってダグラスさんを苦しみから解放します。」
「お願いします。」
(バタンッ)
「これより、自決式の続きを行います。」
「覚悟は決まりましたか?」
「はい。ダグラスさん、申し訳ございませんでした。でも、もう大丈夫です。私が責任を持って、あなたを解放します。」
「良い顔になられましたね。よろしくお願いします。」
「自決執行!!」(グサッ)
(ウグッ)
「失礼します。」
(斬!!)
「執行完了しましたので、これにより式を終わりにしたいと思います……。」
(自室にて)
「はぁ、はぁ………。終わった。」
(コン、コン)
「サクセスです。本日はお疲れ様でした。」
(ブル、ブルッ)
「怖かった…。けど、ダグラスさんは本当に幸せだったんでしょうか?」
「それは正直分かりかねますが、ただ健悟様は日本に戻る時おっしゃっていました。『人の幸せは、他人が決めることじゃない。本人が感じることだ』と。ですから私達は、あの世で幸せでいることを祈りましょう。」
「そうですね。少なくとも逝く時の顔は、恐怖や痛みよりも幸せな表情でしたからね。」
「今日は、お休み下さいませ。」
「はい、ありがとうございます。そうします。」
(次の日)
「おはようございます。昨晩はよく眠られましたか?」
「はい。お陰様で久しぶりによく眠れました。」「それは、よかったですね。朝食が出来ております。」
「ありがとうございます。」
――三日後、日本――
(めーん!?)
(どーう!?)
「良い顔になったな。」
「はい、いろいろ勉強になりました。」
「これからは、仕事と道場両方に励んでもらうことになる。」
「はい。日々精進していきます。」
僕は、この時まだ知らなかった。この先に、とんでもない事件に巻き込まれることに………。
第一部 完
あなたにとっての『答え』は見つかりましたか?