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26歳の廃墟探検

ある日の夜中、A男は飲み会の帰り道、噂の廃墟の前を通り過ぎた。


二階建ての一軒家で、外見からすでに人が住んでいないことがわかるほど汚かった。


なんでも、数年前に住人が出払ってから、なにかの理由でずっとそのままらしい。


彼は廃墟が好きだった。


幼い頃にこういった廃墟を溜まり場にしていたからかもしれない。


ソファーやテーブルなど、生活感の残るあの廃墟は、彼らにとって絶好の秘密基地だった。


そんな彼も、もう26歳になる。


未だに少年の心を忘れていない事に我ながら呆れつつも、昔を思い出し懐かしんだ。


「そういえば、なぜ廃墟というものができるのだろう。」


幼い頃からの疑問だった。


「引っ越すなら、その後に誰か住人が入るか、土地を売るなりすればいいのに。」


未だに答えを知らない彼は、最早、昔と何も変わっていないと言えるかもしれない。


「近所のBさんのところも近々引っ越すんだっけ。いやもう引っ越したかな。最近Bさんを見かける事がなくなったし、もうあそこには誰も住んでいないのかもしれない。

どこに引っ越すと言っていたかな。Bさんの転勤と言っていたから、それなりに遠くへ行くのかもしれない。あの家には小さな娘さんもいたのに、また新しい学校に通うとなると大変だろうな。」


そんな事を考えていると、無性にその事が気になり出し、少し遠回りして、Bさんの家の前を通って家に帰る事にした。


当たり前だが、その家は先ほどの廃墟のように、見てすぐにわかるほど汚くなってはいなかった。


だが、もう引っ越した後だという事はわかった。


家の前に大きなダンボール箱が置いてあったのだ。


そこにはマジックペンで「ご自由にどうぞ」と書かれている。


中には洋服や小物など、引っ越しの整理で処分されたものが雑多に入っていた。


彼は何の気なしにその中をもの色する。


こういったものは大抵、大したものは入っていないものだ。


めぼしいものはすぐに持っていかれてしまうか、そもそも捨てない。


それでも彼は宝箱を漁るような気持ちでその中をかき回していた。


掘り出し物が欲しいわけではない。


他人の生活の一片に触れる事が楽しいのだ。


すると、ダンボールの奥底に、キラリと光るものが見えた。


どうやら鍵のようだ。


彼の好奇心がムクムクと膨らむ。


手にとってみると、それなりに大きい。


自転車や小物入れの鍵というわけではなさそうだ。


そう、まるで家の鍵のようなーー


彼はふと、あの廃墟の事を思い出した。


なぜかはわからない。


なんとなく、この鍵はあの廃墟のものだと確信していた。


アルコールの力で行動力が有り余っていた彼は、迷わず来た道を引き返し、例の廃墟へ向かった。


だが、いざ廃墟の前に来てみると、どうしても気が引けてしまう。


「これは不法進入になるのか?」「人が住んでいなければ誰の土地でもないのでは?」「本当に人がいないのか?」


彼は恐る恐るインターホンを押した。


反応はない。


そもそも鳴っているかどうかも怪しい。


ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていた。


例の鍵をゆっくりと鍵穴へ差し込む。


カチャリ、と子気味良い音が鳴る。


開いた。


最早、なぜあんなところにここの鍵があるのか、などという疑問は湧いてこなかった。


ただ彼の頭は好奇心と不安で一杯だった。


まるで、あの幼い頃のように。


****


「ほら、そろそろ時間だよ」


父親は娘に優しく声をかけた。


彼女の気持ちは痛いほどよくわかる。


長年住み続けてきた家に愛着もあるだろうし、学校の友達とも会えなくなるのは寂しいだろう。


彼は努めて明るい調子で言った。


「横浜もいいところだぞ。海があるんだ。それに次の家もなかなかいい感じだったろ?少し狭いけど綺麗なマンションだ。眺めも悪くない」


彼女は、父親の言葉に少し頷く程度で、ずっと黙り込んだままだった。


父親は娘の頭をそっと撫でると、荷物運びを再開した。


彼女はずっと握りしめていた拳を開いた。


硬く握り過ぎて跡がついた掌に、一つの鍵が乗っている。


それをじっと見つめ、涙が流れるのをじっと堪えていた。


すると、彼女の母親が大きなダンボール箱を持ってきた。


「ご自由にどうぞ」と書かれたそれは、車の荷台ではなく、道の脇に無造作に置かれた。


彼女は目をこすると、覚悟を決め、ダンボール箱のなるべく奥の方に鍵を押し込んだ。


「あら、まだ必要なものがあった?」母親は不思議そうに言った。


「ううん、大丈夫。もういらない」


そう言うと、彼女は車に乗り込み、新しい土地へと向かった。


****


廃墟の中は彼の思っていたほど、酷い有様というわけでもなかった。


砂埃が少し積もっている程度で、ゴミなどもなく、家具もほとんど見当たらない。


彼は少し躊躇したが、念のため土足で家に上がった。


ライトで照らさないと何も見えないほどの暗闇だったが、歩くのはそこまで難しくなかった。


二階へ続く階段は目に見えて痛んでおり、足をかけると今にも崩れそうな音が鳴ったため、二階へ行くのは諦めた。


ふと、足元で何かが動く気配がした。


すぐにライトを向けるが、何もいない。


彼は一瞬驚いたが、ネズミか何かだろうと考え直し、探索を続けた。


家具がないからか、その家はシンプルな作りに見え、部屋もそう多くはなさそうだった。


玄関のすぐ側にある部屋は扉が開いており、のぞいてみると、水道の蛇口やコンロが見えた。


どうやら元々台所として使われていたようだ。


奥にはカーテンのかかった窓があり、月の明かりが隙間から薄く差し込んでいる。


だが、それ以外には何もなく、彼は少し落胆した。


次の部屋は本当に何もなかった。


痛んだフローリングの床についた、箪笥やテーブルの跡は、少なからず彼の感性に響いたが、それだけだった。


他の部屋もこんな調子で、浴室やトイレにも、予想通りめぼしいものはなかった。


ただ古びているだけである。


秘密基地としては優秀だろうが、今の彼には無意味なものだ。


このままでは帰ろうにも帰れない。


なにより全ての部屋を見ないと、後々後悔することになるのは目に見えている。


彼はライトで注意深く照らしながら、最初の階段まで戻った。


その階段は真っ直ぐ二階へ続いており、下からでもいくつかの部屋が見えた。


おそらく寝室か子供部屋だろう。


彼は階段にゆっくりと足をかけた。


嫌な音が家中に響いたが、全体重をかけても抜ける気配はない。


彼は一歩一歩慎重に階段を上り、二階を目指した。


他人の家の慣れない階段というものは、言いようもなく上りづらい。


手すりを握る手に力がこもる。


だが、いくら人が住んでおらず、古びていると言っても、家というのはそう簡単に崩壊するものではない。


何事もなく二階へとたどり着き、彼はほっと息をついた。


そこには、長い廊下と三つの扉があり、そのうち、一番手前にある扉は少しだけ開いていた。


彼はほのかな期待を込めて、ゆっくりとその部屋に入った。


その部屋は、他の部屋と明らかに違っていた。


カーテンが開いており、ライトがなくとも楽に部屋の中を見渡せるほど、月明かりに満ちていた。


そしてなによりも、他の部屋に比べると圧倒的に生活感がある。


どうやら子供部屋のようで、勉強机と小さめの円卓が部屋の中心に据えられていた。


その上には、スナック菓子の袋や空のペットボトルが散乱している。


まるで最近まで誰かがここにいたようだ。


なにより異質なのが、部屋の隅に見える、封が切られて中身の飛び出したキャットフードと、水の入った大きな洗面器である。


ふと、視界の隅にキラリと光るものを捉えた。


咄嗟にそちらを見ると、丸く瞳孔の開いた大きな目がこちらを見つめている。


猫だ。


ガラス玉のように綺麗なその目は、月明かりに照らされ鈍く輝いていた。


それは突然、散らかり放題の円卓に飛び乗り、こちらに近づいた。


彼が歩み寄っても逃げる気配もなく、凛と胸を張って座っている。


人懐こい猫だ。


少し撫でると向こうから頭を擦り寄せてくる。


彼は床に座り込むと、円卓の上から猫を抱きかかえて膝に乗せた。


すると、猫が座っていた円卓の上に一枚の紙を見つけた。


猫の背中を撫でながらそれを読む。


そこには、子供の書いたような字で「タマといいます。かわいがってあげてください」とあった。

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