勘定
亭「仕方ないな…お客さん」
客「おう 亭主 今日もいい天気じゃな」
亭「へえへえ お天気は結構ですが ちょっとお願いが」
客「なんじゃ」
亭「いえ あのお勘定のほうは出立の時で
まとめていただきたいというので結構ですが
実は酒屋が現金でしてな あの上酒を切らさんようにするには
お金を持っていかななりまへんのや で
酒代だけでも一つ
お下げ渡しをいただきたいものと」
客「ああ 勘定の事を申しておるのか
うーん今日までの宿代はみんなひっくるめてどれほどになるかな」
亭「いえ 酒代だけで結構でございます」
客「いやいや同じ事じゃ もう六日目になる
まとめてどれくらいかな」
亭「ええ有難うございます なんじゃかんじゃで纏めて
一両三分になります」
客「ふーん 酒代もみんなまとめて一両三分か それは安いな」
亭「お安くなっとります」
客「うん それならばお茶代も加えて 二両もあればよいな」
亭「はあ さいでおます ありがとうさんでございます」
客「ところがそれが無いのじゃ」
亭「ええ」
客「持ち合わせがないのじゃ」
亭「無い…ともうしますと」
客「なーんもない 一文無しじゃ はははははははは」
亭「笑いごとやおまへんがな あんた
お泊りの時に 金を五十両も預けておけばよかろうにと
おっしゃいましたが」
客「ああ 預けておけば よかろうなあと 思うたので
そういうたまでじゃ」
亭「…そんなあほな事があるかいな
ほな 最初から一文無しで泊まってはったのか」
客「まあまあ 何とかなると思うて」
亭「何ともなりますかいな」
客「いやいや そうともかぎらん
まるっきり当ても無しに泊まったわけでもない」
亭「何か当てがありましたんか」
客「当ては三つあった」
亭「三つも…」
客「こうやって逗留して毎日ぶらぶらしてる間に
何処かでお金を拾わんとも限らん それが一つ」
亭「頼りない一つやな」
客「それから人間は老少不定じゃ
儂が逗留中に死ぬことが無いとは言えん
そうすれば勘定は払わんでも済むなあ
これが二つじゃ」
亭「はあ 心細い二つですな
そしたら三つめは」
客「お前たち一家が死に絶えたら払わんでも立てる」
亭「な 何をいうのや この人は
うだうだおっしゃらぬように もし…何とか」
客「それが何ともならん」
亭「弱ったな 本当にあんたは ええ 勘定が払えなんだら
着物や持ち物を抵当に入れてもんやが
まあ この着物では 何処の古着屋へ持っていっても
銭にはなるまいな うーん
前に 表具屋が泊まったなあ あれは勘定が無かったが
あの時はちょうど衝立がボロボロになってたんで
あれを張り替えさせたが
あれで勘定の抵当に仕事をさせたてなもんやったが
うちはよう 一文無しがよく泊まるなあ
嫁が貧乏性屋と言うたはずや
お客さん あんたはいったい商売はなにでんねん」
客「わしは絵師じゃ」
亭「え」




