乙女の情は獣限定
その後、強制転移で文字通り『崖っぷち』から救出されたシグを、自宅のバスルームに追い立ててシャワーで身体を洗い流させた。
多少傷にはしみるかもしれないけど、手当ての前に清潔にするのが先決だと思ったから。
ところがだ。バスルームから出きたシグは人型じゃなかった。
「・・・なんで山猫?」
救急セットを手に居間で待ち構えていた私は、ちょっとだけ肩透かしをくらった。
モフモフは嬉しいけど今はちょっと。
「シグー?怪我の様子を診たいから人型に戻って。その姿だと手当てしにくいのよ。湿布が貼れないじゃない」
━━━だというのに。何が気に食わなかったのか、シグはつーんとした態度でそのままゴロリとソファーの上に寝そべってしまった。
「あのねぇ・・・」
しゃがみこんで顔を近付ければ、プイッと横を向かれ、反対側に回れば視線を反らされる。
うわ・・・、本格的に拗ねてる!
これはあれか、もしかしてさっきシグより外套の心配をしたからか!
「・・あ、あのね・・・その・・・。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん」
つんつーん!!
バッシバッシと不機嫌そうに尻尾がソファーの肘掛けを叩く。
『あーぁあー、どうせ俺ぁ外套以下の存在だぜ』
というぼやきが聞こえてきそうな態度だ。
いやその・・・ほら、ね?
シグならシトラス山脈の天辺から転がり落ちてもピンピンしてそうだし━━━という台詞は辛うじて飲み込んだけど。
・・・まいったなあ。どうしよう、これ。
「えっと、その、ね?・・・今日のご飯はシグの好きな献立にするから、機嫌直してよー」
山猫シグに『フンだ!』と言わんばかりのジト目を向けられると、ちょっとばかし心が痛む。
『猫様』につれなくされると悲しくなるのは猫好きの性というか・・・。
これが人型だったら屁とも思わないんだけども。
「デザートもつけるから!ね?ね?」
「そのジジィをあんまり甘やかすんじゃないよハネズ。どんどんつけあがっちまうだろ」
「ウィネスさん・・・」
更にその後、シグの怪我の具合を気にしたウィネスさんが、例のクローゼットを潜って別宅に顔を出した時、何故か私はソファーで大きな猫に膝の上を占領されていた。
初めのうちはゴロゴロ鳴る喉の振動が膝に心地良かったんだけど、かれこれ三十分近くも膝を貸してたら段々足が痺れてきて、今の状況はちょっとした拷問状態だ。
何度か力ずくで抜け出そうと試みたんだけど、そのたびに膝にプスリと爪を立てられたり、軽く噛られたりするもんだから、結局脱出できずに終わって現在に至るというか・・・。
「そいつが獣形を取ってんのは、その方が怪我の治りが早いからさ。おまけに獣好きのあんたの態度も甘くなるしねぇ。ようは甘えてんのさ」
「なるほど・・?」
確か“向こう側”でも猫のゴロゴロいう音に治癒力を高める効力があるって聞いたような気がする。
「じゃあシグはずっとそのままの姿でいるといいよ。自前の毛皮があれば服もいらないしねー?」
私がそう言うと、山猫シグは私の台詞に抗議するように耳をピクピクッと動かしてから、のっそりと立ち上がって母屋へ繋がる“扉”━━━というか、 居間の壁に開いた穴に向かって歩き出した。
穴の手前で一度振り返り、尻尾を大きく一振り。
「・・・ご飯ね、はいはい」
なんだかんだで山猫シグのジェスチャーがなんとなく解るようになってしまった私。
「食事の時ぐらい人型に戻ってよ?お皿から直に食べるのは行儀悪いんだからね」
私の小言に『へいへい』と言わんばかりの態度で、ゆらりと尻尾が答えた。




