乙女の父の胸の内
白亜の街並みの通りを連れ立って歩く、背の高い青年と小柄な少女の後ろ姿が視界から徐々に遠ざかってゆき、いつしか雑踏に紛れて見えなくなっても、自分はいつまでもその場から離れる事ができなかった。
「・・・華朱」
いったいどんな奇跡が起こって、こんな巡り合わせが実現したのか・・・。
もう二度と逢えないと思っていた、━━━僕の娘。
“仕事”を口実にいつも好き勝手に家を空け出歩いて、自分はいつでもあの家庭に帰れると信じてこれっぽっちも疑っていなかった。
━━━ある日突然、『帰れなく』なるまで。
あの日、何が原因で転倒する羽目になったのか定かではないけど、気が付いたら自分は頭に大きなたんこぶをこしらえて地面に寝転がっていた。
ありったけの手荷物とついでに記憶もなくして。
“見知らぬ土地”を何がなんだかわからないまま、ボンヤリした頭でフラフラとさ迷いあっけなく行き倒れ━━━。
たまたま通り掛かった人に助けられなかったら、そのまま人生が終わってた。
・・・そして記憶の無い心細さから、自分を助けてくれた恩人父娘に気持ちが傾くのも、あっという間だった。
時折断片的に甦る記憶の欠片に振り回されて、奇妙な言動を繰り返す得体の知れない人間を見放したりせず、根気よく労り支えてくれた父娘を、僕自身が何より大事に思うようになるまで、さして時間はかからなかった。
それから徐々に記憶が戻り続け、自分が置かれている状況を正しく理解する頃には、━━━既に気持ちは覆しようもないほど確かなものに育ってしまっていた。
ここが単なる“見知らぬ土地”程度の異邦ではなく、自分にとって正しく『この世ならざる』世界だと理解して。
もう還れないのだと覚悟を決めるまで、今更のように郷愁に胸を焦がした。
不義理を繰り返したあげく、感謝の気持ちひとつ伝えられないまま生き別れる事になった、故郷の大切な家族。
・・・忘れられるはずなんてない。
だけど━━━━━。
この期に及んで僕は、心のどこかで家族に甘えていたのかもしれない。
茜ちゃんも華朱も“僕の不在”に慣れている。
だからきっと大丈夫、と。
・・・・・僕は酷い夫で、酷い父親だ。
二人が僕のことをいつも心配してくれているのを知っていながら、自らの気の向くままに放浪を繰返したあげく、こんな所に迷い込んで帰れなくなって。
それでも家族はいつも通り、普段と変わらずに暮らしているような気でいたんだ。
自分はたった二年足らずで他人に気持ちを移しておきながら、向こう側の“家族”は変わらずに僕を想っていてくれてると。
『まだ二年足らず』と、自分に都合の良いことばかり━━━━。
再会した“華ちゃん”がすっかり大人になってしまっていた事で、向こうとこっちでは時間の流れ方が違う事が判明し、日本では既に八年も経っているという事実を知って愕然となった。
・・・・・八年はけして短い時間じゃない。
家族にとって不在がちな『父親』が、過去の存在として扱われるには充分な月日が経過していたのだと、思い知らされた。
散々好き勝手をしたあげく行方不明になって、本来『父親』が養うべき家族を長年放置とか。愛想を尽かされるには充分過ぎる理由だ。
行方知れずになった原因とか、記憶喪失になってたとかの事情は、この際関係ない。
自分があまり家庭を顧みなかったのは事実だし、記憶を取り戻した今もアルビオナとの結婚を後悔していない自分には、今更あれこれ言い訳する資格なんてあるはずが無い。
だけどさ、さっきの別れ際の『私達、これっきり赤の他人だから』も相当ヒドイと思うんだけど、華ちゃんんんんんんんーーーーーーーーー!!




