イエス乙女 ノータッチ
「生粋の獣人や雑種に比べて純人が脆いのは知っちゃあいたが、ここまでだとはなぁ・・・」
「うぅ・・・。そんな事言われたって・・・」
それは呆れたというよりむしろ、信じられないものを見たような声音だった。
自らの錯乱防止になるべくその顔を直視しないように気をつけながら、シグの斜め前辺りを歩き続ける事およそ半日。
空腹も手伝って早々と足に疲れが出始めた正午頃、頭上からポツリと不穏な呟きが落とされた。
「血の匂いがする」
「・・・え!?」
まさかの襲撃や事件的な何かを想像した私が、身を硬くして身構えていると不意に身体がブワリと浮き上がった。
「なんだこりゃあ!」
「・・・は・・・?」
またしても“高い高い”の要領で持ち上げられたと思ったら、シグの視線は随分と下に向けられている。
正確には私の膝下の辺りに。
「傷だらけじゃねえか!歩いてるだけで何をどうしたらこうなるんだ!?」
「あれ?・・・うわっ」
自分じゃ自覚なかったけど、かなり神経が高ぶってて痛みに鈍感になってたらしい。
・・・そして春物の膝丈ワンピと底の薄いシューズの組み合わせは、野外活動には絶望的なまでに向いていなかったもよう。
剥き出しの素足の部分が硬い草の葉に触れて、いつの間にか細かな傷がびっしりと刻まれ━━━━その上、
「・・・気が付いたら、なんか段々痛くなってきたし」
なんか足がチクチクするなーとは思ってたけど、ここまで傷だらけになってたなんて・・・。地味に痛い。かなり痛い。
しかも傷という傷にうっすら血が滲んでて見た目が悲惨。
「しょうがねえなぁ、どれ」
そう言うとシグは人間一人分の重さなんか全く感じていないみたいに軽々と、私を片方の膝に座らせる形でしゃがみ込んだ。
見た目的に跪くような格好だ。
そしておもむろに足首をガシリと掴んで口を寄せ━━━━、
ベロリ。
「○◇☆◎△※!?!?」
頭が真っ白になった。
「暴れんな、コラ!人が応急処置してやってんだろうが」
「なめ・・・っ、べろっ、てなめっ・・・、なんでナメんの!?」
「なめとくと傷の治りが早ぇからに決まってんだろ。それに血の匂いをプンプンさせたままだと他の厄介な獣を引き寄せちまうぞ。━━━野犬や山猫の類いに襲われたいか?」
いや、でも、流石にこれはちょっと・・・。
「・・・い・・・いるんだ、そんなの」
「てな訳で、続きだ」
「ぎゃっ!!」
わたわたと取り乱す私を完全無視でシグの『応急処置』は続く。
なんかまるで大きな犬になめられてるみたいな感覚で、不思議と嫌悪感は湧かなかったけど、絵面的にはどうかと思う。
大きな男(しかもお爺様)にガッツリ押さえ込まれてベロベロ足をなめられるとか。
しかも顔が!顔が、近くで、息が、舌が━━━━━っ!!!
◎☆※◇△☆!?!?
・・・未だかつてない勢いで、ガリガリと削られる乙女の羞恥心。
この行為はおよそ数分間続いた。
「よし、こんなもんか」という声が聞こえ、ようやく地獄の羞恥プレイから解放されると安堵したのも束の間、何故か再びブワリと身体が浮き上がりシグの腕に抱え上げられた。
しかも片腕に座らされるあれ、赤ちゃん抱っこ。
━━━━そして冒頭の例の台詞。
「・・・お前さんの生まれ故郷とやらは一体どの辺りにあるんだろうな。『にほん』と言ったか?何かしら突発的な事故に巻き込まれてすっ跳ばされたのは間違いなかろうが、このひ弱さ、箱入りにも程があるぞ」
「顔が近いです、お爺様」
「ああん?」
翡翠の眼に至近距離で顔を覗き込まれ、耐えきれなくなった私が手のひらでギューと押し戻すと、シグは面白そうに口の端をニヤリと引き上げた。
「しばらくこのままで進むぞ」
「私、歩けるよ。下に降ろして」
「だーめだ。こちとら馬を抱え上げる程度の力はあんだよ。お前さんなんざ猫の仔を抱いてるようなもんだ。うっかり血塗れにする方がマズイんだ」
「う・・・わ、分かった」
そんな風に言われると、強くは出られない。
それにいつになく高い視点は、いつもより遠くのものが良く見えて新鮮だ。
私の視力が両目2.0だから尚更そう感じるのかもしれないけど、迫力の大パノラマ。360度どっちを向いても草の海。
「地平線が丸い・・・」
この景色何処かで見た事があると思ったら、地理の教科書に載ってたモンゴルの草原にそっくりだ。
━━━━なんて事を考えてたら、遠くで何か動くものが目に入った。
「・・・ねえ、シグ。あれ何?」
「ほぉ?━━━こりゃ幸先が良い。風の民だ」
「?」
「交渉次第で取り引きが出来る相手だ、上手くやりゃあ騎獣が手に入る。お前さんは適当に俯いてションボリしてろ。いーか?大人しくしてるんだぞ?後は俺の腕の見せ所だ」
意味がワカリマセン。お爺様。